2018年1月号

人間会議

地域資源を興す ローカル・イノベーション

日比野 愛子(弘前大学 人文社会科学部 准教授)

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地域はその場所でしか得られないユニークな資源を持っている。それはたとえば、美味しい食材であったり、風光明媚な観光地であったり、多様な形で存在する。暗黙の知識や、厳しく長い冬といった自然環境そのものもまた地域の重要な一部なのである。

近年、地域が持つ在来の知と普遍的な技術知が組み合わさり、新しいサービスや製品を興す取り組みが盛んである。さまざまな資源が結び付きながら、新たに「地域のユニークさ」が作られてくる動きを、ローカル・イノベーションと私たちは呼んでいる。ローカル・イノベーションが立ち現れる社会的な背景とはどのようなものであり、新たな知の創出を促す仕組みとはどのようなものだろうか。筆者が暮らす青森地域の取り組みを紹介しながら考えてみたい。

 

 

ニンニクと機械

青森県はニンニクの生産量が全国で1位である。生産量は13800トン、国内生産量のうち67・2%と圧倒的なシェアを誇る(2015年調査)。中でも生産量が一番多いのが青森県の中東部に位置する十和田市である。この地域では、ニンニクのほか長芋やゴボウなど根菜類の生産が盛んである。

十和田市を含む青森県南部地方は、低温の風ヤマセによる冷害のため長らく米作に困難を抱えていた。しかし、寒さは土中の畑作物に甘みを蓄える作用も持つ。厳しい自然環境を逆手にとって、農家や指導員はニンニクなどの栽培を試験的に進めてきた。

この米作から畑作への転換において重要な役割を果たしたのが、農作業のための機械(作業機)であったという。青森県といえば農業県というイメージが強いかもしれない。しかし、青森には魅力的なモノづくり企業が多く存在し地域の農業を支えている。地元の鉄工所が、重労働に悩む知り合いの農業者や漁業者から相談を受け、試行錯誤を繰り返しながら機械を開発していった歴史が存在する。今でも鉄工所を訪れると、土中に潜り込ませる刃の形や細かい部品の数が調整された開発途中の作業機をいくつも見ることができる。

ニンニク植付機ロボニンでの作業風景。

人・環境・機械がブランドを創る

大規模なニンニク産地である十和田市では、最新の作業機が登場して機械化が進んでいる。複数の工程を一度に進めることができる一体型収穫機を、地元資本の農業機械メーカー・ササキコーポレーションが開発したのだ。一体型収穫機では、ニンニクのマルチ剝ぎ・茎切り・収穫が一度に実施できる。私たちは、十和田市の先進的なニンニク農園を訪ねてその収穫風景を見せてもらったことがある。トラクターがゆっくり進むと後ろに付けられた作業機(アタッチメント)が次々とニンニクを引き抜いていく。引き抜かれたニンニクは、ベルトで送られ、ブラシでこすられることにより土も落とされていく。小さな工場が作動しているようにも見えた。

この農園は、3haのニンニク農地を所有している。通常の農家が持つ農地1haと比べてかなり大きい。もともと1.6haの農地を所有していたが、ニンニクの一体型収穫機を導入し、さらにニンニクの植付機ロボニン(後述)を導入することで、およそ倍の3haまで拡大が可能になったという。農園主のYさんは長らく土壌改良を重ねて他の農園には真似のできない土壌を作ってきた。費用がかかる機械を導入できたのは、Yさんが培ってきた土づくりの歴史も土台となっている。

また、機械は作業をする人々の負担を低減する。ニンニクの栽培では繁農期に賃金を払って臨時で人手(人夫)を確保する必要があるが、その多くが高齢化している。Yさんの農園で植付機ロボニンを導入したのは人夫さんのためでもあった。ロボニンもササキコーポレーションの製品で畝に沿って自動で走行する。機械がニンニクを一定の深さに植付けるので、作業者は座ったまま手元の目皿に種子を入れるだけでよい。「ニンニクの植えつけを手伝っているというと大変でしょうと言われますけど、座っているだけでいいと言うとびっくりされる。とっても楽なのよ」と手伝いの女性は笑みをこぼしていた。

もちろん機械がすべての作業を担えるわけではない。根切りを行なう際にはウマと呼ばれる作業が必要である。これは、板の上に鎌が付いた道具でニンニクの根を丁寧に切っていくもので、60~80代の女性がウマを使って一つひとつ手作業で切っていた。なかには20年以上根切りを行なっている人もいる。その速さと正確さから農家の人々は「機械より人の手」と言っていた。気候や土質、さまざまな機械と人手が組み合わさり十和田のニンニクの品質が担保されている。

ニンニク植付機ロボニンでの作業風景。

自然環境・社会環境がもたらす
戦略の違い

同じ青森県のニンニク生産といってもその風景は地域によって大きく異なる。藤崎町は、津軽地方で一番の収穫量を持つニンニク産地の一つである。津軽地方は、粘土質の土質であり稲作が多い。その中でも藤崎町は先駆的にニンニクの栽培を進めてきた。藤崎町のニンニク収穫の様子は、十和田市のそれと大きく異なっている。基本的に手作業で行なわれるのだ。それにもかかわらず収穫量は多い。機械化が進まず手作業が残っているのはこの地域の慣習も大きく影響している。藤崎町のいくつかの地域では、「結い」と呼ばれる助け合いのシステムが動いている。これは、一時的に多くの労働力を要する仕事をする際に、農家同士が互いに人手を貸し合うものだ。結いというシステムは、協働をすることが良いという規範を生み出し、そうなると機械を購入して自分個人だけで仕事を進めることは難しくなる。こうした社会環境が機械化をはばむ一因となっているとも考えられる。しかし、藤崎町は土壌づくりや、稲田との農地転換を利用した害虫対策を行ない、十和田市とは異なるやり方で独自の産地化が進んでいる。

人手によるニンニクの根切り作業。

ローカル・イノベーションが
映すもの

ローカル・イノベーションでは、人・環境・機械などの資源が組み合わさり、地域のユニークさを生み出している。近年、こうしたローカル・イノベーションが各地で立ち現れ注目されている背景には次の二つが大きいのではないだろうか。第一に、社会が求める価値が、「量」から「質」へと転換したことである。ちょっと高くてもよいから良い品質が重要となれば、出所がわかっている地域の産物は大きな魅力となる。第二に、地域というキーワードは、何か物事を創ってみたいという欲求、そしてその手ごたえを得たいという人々の欲求にこたえる力を持っていると考えられる。十和田の例にも見たように、地域で働く人の困っている課題を解決するという単純な動機が、結果として地域資源の掘り起こしにつながっている。青森の例に限らずローカル・イノベーションにおいて今後おそらく鍵となってくるのは、こうした働きかけが地域を横断した活動となっていくことだと思われる。

対話のダイナミックスが生む
新たな創発

グループ・ダイナミックスを専門とする杉万俊夫氏によれば、現場の活動を伝えるエスノグラフィは本質的に「仲間づくりの手段」だという。つまり、現場のイノベーションを支えるためには、その活動を書き表す作業だけでも十分なコミュニケーションとなる。ただし、逆に言えば、エスノグラフィは仲間をつくることを意識して作成する必要もある。

この論に沿うならば、エスノグラフィにはいろいろな形があってよいはずである。ここで筆者らが注目しているのが、ゲームという形でローカル・イノベーションを表現する取り組みである。筆者らが学生調査実習の指導を通じて印象的だったのは、学生たちが、地域で面白い機械や先進的な取り組みが生じている様子を初めて知り、農業のイメージが変わったと口々に述べることである。もちろんこうした経験は、通常の調査とエスノグラフィの作成でも得ることはできるだろう。しかし、ゲームという媒体は、対象を抽象化する能力を鍛え、体験を通じて他者と対話を重ねられる利点を持つ。

筆者は、同僚の曽我亨氏と、調査を行なうだけではなくその内容をゲームにしていく作業に取り組んでいる。学生らが試作したゲーム「ファームランドプラス」では、ニンニク栽培の産地化にさまざまな志向性の違いがあることを取り入れた。学生たちには、害虫(センチュウ)の被害や、土地の転用を担当する農地中間管理機構といった個別具体的なエピソードを見つめる契機となった。青森出身の学生にとっては、自分の祖父母が携わっている農業を新たな視点でとらえ直す機会にもなるようだ。

地域文化のありようをモデル化していくゲーミング・シミュレーションは、文化繋留型(Culturally Anchored)ゲームと呼ばれ注目を集めている。対話型のゲームを通じて、各地のローカル・イノベーションの魅力を伝え合う場ができれば面白いのではないか。

ゲームで地域資源を掘り起こす。

日比野 愛子(ひびの・あいこ)
弘前大学 人文社会科学部 准教授

 

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