「三綱領」を拠り所として グローバルに事業を展開

三菱商事では、三菱四代目社長である岩崎小彌太の訓諭に基づく「所期奉公、処事光明、立業貿易」という「三綱領」を社是としている。その解釈は時代と共に変化しており、現在は全世界的、宇宙的視野に立脚した三菱商事の事業展開を支えるものとなっている。グローバル事業展開の中、三綱領は全世界のグループ役職員の心に息づいている。その精神に基づいたビジネスを通じて、安定的な世界の成長に貢献していく。

廣田 康人(三菱商事 代表取締役常務執行役員・コーポレート担当役員(国内) 兼 関西支社長)

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岩崎小彌太の訓諭に基づく三菱商事の社是「三綱領」

―三菱商事では、社是である「三綱領」を拠り所として事業を展開されています。

「三綱領」は、三菱四代目社長である岩崎小彌太による、1920年の訓諭を基に作られました。三綱領の内容は、「所期奉公、処事光明、立業貿易」というものです。

その現代解釈ですが、まず「所期奉公」は、「事業を通じ、物心共に豊かな社会の実現に努力すると同時に、かけがえのない地球環境の維持にも貢献する」ということです。そして「処事光明」は、「公明正大で品格のある行動を旨とし、活動の公開性、透明性を堅持する」こと、「立業貿易」は「全世界的、宇宙的視野に立脚した事業展開を図る」ことです。

三菱商事は第二次世界大戦後の1945(昭和20)年に一旦、解体されましたが、1954(昭和29)年には4社合併による「大合同」で新生三菱商事が発足し、従来の企業理念が引き継がれました。「三綱領」の精神は、現在も役職員一人一人の心の中に息づいています。

三綱領の解釈は、時代と共に変化してきました。例えば、立業貿易は「貿易を旨として」ということですが、三菱商事は現在、世界的な事業投資、事業経営をしていることから、全世界的、宇宙的視野に立脚した事業展開という解釈をしています。また、処事光明や所期奉公は今日では、国や世界、社会のために仕事をし、その仕事はすべてフェアプレーで行うことを意味していると思います。

「社会のため」である所期奉公は、例えば、「環境保全のため」という意味も含んでいます。そして処事光明は、フェアプレーやコンプライアンスにとどまらず、倫理観が高い経営者によって事業がなされていくことでもあります。

これらは、三菱商事グループで仕事をする全世界の人たちが共通に思っていることです。法律順守は当然のことですが、それを超えて、高い倫理観を持った経営者によって事業を作り上げていきます。

三綱領は、様々な言語に翻訳しています。また、海外で三菱商事グループに入社した人たちには、早い段階で日本へ来てもらいます。それらの人たちに参加してもらう「ゲートウェイ・プログラム」では、企業理念の説明をするほか、創業者ゆかりの地を訪問するなどして三菱の歴史にも触れてもらいます。

特に、三綱領の浸透には意を尽くしており、これについて皆で議論も行います。仕事をする際、困ったことが起きて判断に迷うような場合には原点に立ち戻ることも重要で、その原点にあるのが三綱領なのです。

図1 三菱商事の三綱領

国内外のパートナーにも最初に企業理念を説明

―社是を内外に浸透させ、また社内で求心力を高めていくため、どのような取り組みをされていますか。

社内ではまず、経営者が社員と議論し、忌憚のない意見交換ができることが重要です。そういうところにトップは意を尽くしており、自分の考え方を説明し、社員の意見も聞いて、応えていきます。

私たちのような商社にとって、人は最も重要な財産です。三菱商事では2016~2018年度の3ヵ年の経営指針である「中期経営戦略2018―新たな事業経営モデルへの挑戦―」を策定していますが、その中でも、高い倫理観を持った経営者を育て、事業経営によって三菱商事グループの価値を増大させるとしています。

人材育成は日本だけでなく、全世界的に大切です。何と言っても経営トップには高い倫理観が必要で、人材育成プロセスを含め、様々な局面において、身をもって、それを示すことが求められます。

海外におけるビジネスでも、やはり三綱領に立ち戻ります。先に述べた「ゲートウェイ・プログラム」では、海外で入社した人たちにも三綱領とは何かを議論することで、自分にとって身近なものとして感じてもらおうとしています。

私たちはグローバルに事業を展開していますから、ダイバーシティも重視しています。三綱領の精神を共有しつつ、性別や国籍によらず、広く優秀な人材を獲得すると共に、その活躍を促進し、組織全体のパフォーマンスを向上させていきます。

さらにグローバルな事業展開では、国内外の様々なパートナーと共に仕事をする機会も多くあります。その際、重要となるのは、しっかりした信頼関係で、処事光明という三綱領の精神に基づき、信頼関係を築いていきます。

また、仕事をする上で、パートナーに私たちの企業理念を理解していただくことも重要だと考えています。このため、パートナーと組む際にも必ず、三綱領について最初にしっかり説明しています。私たちの会社の生業や、ビジネスに取り組む姿勢を理解していただいた上でパートナーと組まなければ、一緒に事業を進めていくのは困難だと思います。

新規事業を始める際に重要となる社会価値の増大

―三綱領の下、企業行動指針や環境憲章、社会憲章も定めていらっしゃいます。

私たちの事業活動の拠り所は三綱領ですが、さらに「企業行動指針」を制定し、「三菱商事役職員行動規範」に宣誓・署名してコンプライアンスの徹底を図っています。また、三綱領に則り、「環境憲章」や「社会憲章」も定めています。社員は皆、これらが書かれたものを常に携帯しています。

具体的な事業を行う上では、例えば、その事業が環境にどのような影響を与えるか、環境への負荷を考慮した場合、その事業を実施すべきか否かといった点は「環境・CSR委員会」で調査を行い、判断しています。

また、新たに事業を行う際は、社会価値を増大させることが重要となります。例えば、事業を行うことで雇用を生み出し、貧困を解消できる、あるいは環境保全に役立つといったことが挙げられます。そのような事業を追い求めていくことが、今の時代には重要だと思います。

「中期経営戦略2018」でも、経済価値を求めるだけではなく、社会価値や環境価値も同時に達成していくことが、1つの中核的な考え方になっています。また、「サステナビリティ重要課題(マテリアリティ)」として、持続可能な成長を実現するために、特に対処すべき重要課題を特定しています。

それらは、▽低炭素社会への移行、▽持続可能な調達・供給の実現、▽地域課題への対応と解決策の提供、▽次世代ビジネスを通じた社会課題の解決、▽自然環境の保全、▽地域・コミュニティーとの共生、▽魅力ある職場の実現、というものです。

「持続可能な開発目標(SDGS)」という国際的な目標も意識しつつ、各事業グループ、事業本部がこれらの課題を認識しながら事業を進めていきます。

図2 3価値の実現と7つのサステナビリティ重要課題(出所:三菱商事ウェブサイトから)

事業の社会的役割を考慮しポートフォリオを入れ替える

―リーマン・ショックやユーロ危機など、国際的な経済環境には大きな変化やリスクがあります。そのような中で安定的な経営を続けていくためには、何が重要でしょうか。

世界情勢は刻々と変化していますが、私たちはその変化に対応しつつ、より安定的な成長を求めていこうとしています。企業が安定的に成長していくには、ポートフォリオの入れ替えが必要です。事業にはライフサイクルがあり、これは事業の社会的な役割でもあります。

社会的な役割やニーズが少なくなった事業は、より社会的な意義のある、価値ある事業に切り替えていく必要があります。その繰り返しによって、企業を持続的に成長させるのです。その際、様々な経済環境の変化を踏まえた展開が重要となります。

社会的なニーズは、国によって違います。例えば、成長段階にある国と、日本のように成熟段階に入った国では社会的な要請が異なります。このため、それぞれの状況に応じて事業を展開していく必要があります。

途上国の成長も、我々が仕事を通じて後押ししていきます。例えば、長年、軍事政権が続いてきたミャンマーでは、ようやく民主化が始まり、現在は日本の戦後と同じような状況にあります。日本も戦後、諸外国に助けられながら高度成長を成し遂げました。私たちはビジネスを通じて、特にミャンマーのような国の発展を支援していきたいと思っています。その際、貧富の差が拡大しないよう、国全体の底上げも重要でしょう。

―2020年に東京オリンピック・パラリンピック大会が開催されることもあり、今後はさらに、様々なビジネス・チャンスや協働の機会が増えそうです。

日本ではそういったイベントも予定されており、ビジネスの機会は増えると思います。世界的には、様々な地政学的なリスクも高まっていますが、私たちはそのような中でも、ビジネスを通じて安定的な世界の成長に貢献していこうとしています。それが、三綱領の精神です。

世の中のための仕事をし、それをフェアに行います。そして全世界的、宇宙的な視野を持ってやっていきます。これを継続して実現していくのが、最も重要なことだと思います。

廣田 康人(ひろた・やすと)
三菱商事 代表取締役常務執行役員・コーポレート担当役員(国内) 兼 関西支社長

 

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