2016年7月号

人間会議

2020年後に残す 次代への「無形のレガシー」

武藤 敏郎(東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会 事務総長)

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東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会開催に向けて、東京2020大会組織委員会では「アクション&レガシープラン」策定を進めている。スポーツ・健康、街づくり・持続可能性、文化・教育、経済・テクノロジー、復興・オールジャパン・世界への発信という分野の様々な活動で、次代を担う若者や子どもたちにレガシーを残そうとしている。中でも期待されているのは、文化や教育の分野で人々の心に残る「無形のレガシー」だ。

武藤 敏郎 東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会 事務総長

5つの柱について委員会を設置

--2020年の東京オリンピック・パラリンピックを機に、どのようなレガシーを残せるでしょうか。

オリンピック・パラリンピックはスポーツの祭典で、それに向けて盛り上げる努力が必要ですが、最近はむしろオリンピック・パラリンピック終了後に、社会にどんなレガシーを残すかが重要な課題になっています。

1964年の東京オリンピック・パラリンピックにも、もちろんレガシーがあり、その中心は新幹線や高速道路のような高度成長を支えた「ハードのレガシー」でした。一方、東京オリンピック・パラリンピックが開催される2020年の日本では、ハードなインフラは既に完成しており、経済も成熟しています。

そのような中で残すレガシーは、「無形のレガシー」が中心となるでしょう。人々の心にどのようなレガシーを残すか、若者にどのようにして好影響を及ぼすかといった点が重要となります。別の言い方をすれば、特に文化や教育のような分野のレガシーが求められているのです。

私たちはレガシーを非常に重視し、5つの柱を立てています。それらは、(1)スポーツ・健康、(2)街づくり・持続可能性、(3)文化・教育、(4)経済・テクノロジー、(5)復興・オールジャパン・世界への発信、というものです。(5)の復興については、日本全体で被災地の復興を考え、復興の姿を世界に発信していきます。

さらに、テーマごとの委員会を設置し、専門家の方々に議論していただいています。また、若い人たちにも議論に参加してもらう機会をつくっています。

「アクション&レガシープラン」を2020年に向けて策定

―5つの柱に基づく取り組みには、具体的にどのようなものがありますか。

委員会での議論は「アクション&レガシープラン」としてまとめられる予定で、既に中間報告を出しています。また、リオオリンピック開催前に「アクション&レガシープラン2016」を発表予定です。今回作るプランは、それで完成というわけではなく、毎年作り直していきます。最終的には、2020年に全体の体系としてのプランを策定しようという遠大な構想です。

具体的な内容は、例えば「スポーツ・健康」の分野では、日本は世界一の高齢化社会です。このため、東京2020オリンピック・パラリンピックは、世界一の高齢化社会で行われる初のオリンピック・パラリンピックとも言えるかもしれません。

スポーツは高齢者にも愛されており、それが健康増進や病人が少ない社会にもつながります。私たちは、そのようなレガシーを期待しています。

また、「経済・テクノロジー」の分野では、現代はスマートフォンを持っていない人はほとんどいないような時代です。海外からオリンピック・パラリンピックに来る人たちも皆、持ってくるでしょう。東京2020オリンピック・パラリンピックはそのような意味でも、これまでにない情報テクノロジーの最先端を行く大会になると思います。

例えば、多言語のアプリで自分の観たい試合の開催時間や場所、行き方を調べられるようになるでしょう。また、触れれば言語が切り替わるような案内板も、街に溢れるでしょう。自動車に関しては、環境に優しい燃料電池車が選手村と競技会場を結ぶ主な交通手段となります。この機会に燃料電池車が普及すれば、2020年以降は、日本を走る車の多くが燃料電池車になっていくのではないでしょうか。

さらに、私たちはパラリンピックを重視しています。東京ではバリアフリーの街づくりが進んでいますが、残念ながら、まだ世界一のバリアフリー都市ではないと思われます。バリアフリーについては近年、ユニバーサルデザインという言葉が用いられています。これは障がい者だけでなく、老人や子どものような、若い成人とは身体能力が異なる人たちも対象にしています。それらの人々に優しい街づくりが、2020年を機に進められることを望んでいます。

他には、オリンピック・パラリンピックを機に、ボランティア活動も盛んになると考えられます。何万人ものボランティアが、世界中からやってくる外国人と自由に交流し、様々な夢が膨らんでいく社会になれば良いと思います。

図1 「アクション&レガシープラン」策定に向けた5つの柱

  1. ・東京都、政府、経済界、JOC・JPC等の関係団体と連携を図り、オールジャパン体制で検討し、今回、中間報告として取りまとめ。
  2. ・上記の5本の柱で検討。⇒今後、「アクション&レガシープラン2016」を策定し、リオ大会前に公表予定。

出典:東京2020大会組織委員会「アクション&レガシープラン中間報告」(2015年)

日本流のおもてなしや優しい人間関係は心の文化

--オリンピック・パラリンピックでは、文化や教育、芸術も重要となります。

オリンピック・パラリンピックはスポーツの祭典で、人々は特にメダルの数に関心を持っています。一方、スポーツが文化や教育と結びついていることは、オリンピック憲章でも明確に謳われています。

特に、私たちは日本の文化をどのように世界へ発信していくかという点を重視しています。日本の文化というと、誰でも思い浮かぶのは歌舞伎や能、お茶のような伝統文化です。

また現代の日本文化のイメージは、アニメやポップ・カルチャーなどでしょう。日本はそのような発信力を持っており、これを一層、育てていくことが必要です。

他方で、文化の中には、日本流のおもてなしや日本人の優しい人間関係のような「心の文化」もあり、多くの外国人が、これに感銘を受けています。日本人の礼儀作法にも、価値があると思います。さらに、近年は日本の食生活に対する世界の関心が高まっています。健康志向もありますが、やはりおいしいからだと思います。私たちも日本文化を再認識し、自信を持って世界に発信していくべきです。

教育では、スポーツで戦うことへの理解やフェアプレーの精神といったものを若者に伝えていきます。また、私たちは「多様性と調和」と言っていますが、世の中には様々な考え方があり、多様な人々がいます。それらを許容した上で1つになれるということを教育し、若者の心に変化を生み出せれば良いと思います。そして若者たちが大人になる2030~40年ごろに、日本社会がより良い方向へ向かうことを期待しています。

--オリンピック・パラリンピックは世界中からたくさんの人々が、日本を訪れる非常に良い機会です。

日本を訪れる外国人は、数年前には年間800万人でしたが、現在は2000万人に増加しています。さらに、2020年には4000万人に倍増すると予想されます。

東京だけでなく、全国各地を訪れるのですから、地域活性化にも貢献できるはずです。地方には様々な魅力ある文化や文物、食べ物、祭りなどの文化的価値があり、それらは観光資源です。日本の多様な観光資源に外国の人たちが触れれば、その後も繰り返し、日本を訪れてくれることにもなるでしょう。同時に、オリンピック・パラリンピックを機に、交通網や宿泊施設がさらに整備されます。

現在、地方の方々から聞かれていることの1つに、「事前キャンプ地に立候補したいが、どうすれば良いか」という話があります。リオオリンピックが終われば、各国の競技団体の目は一斉に日本へ向くはずです。私たちもできる限り、外国の競技団体に各地の魅力をPRし、それらの団体のニーズを地方に伝えるという情報のマッチングの場をつくりたいと思います。

開催の2020年を飛躍の年に

--近年の日本では閉塞感が続いてきましたが、東京2020オリンピック・パラリンピック開催決定後は雰囲気が変化したと感じます。

もしも、東京でオリンピック・パラリンピックの開催が決まっていなかったら、今の日本社会では、さらに閉塞感が蔓延していたでしょう。オリンピック・パラリンピックが開催される2020年を飛躍の年にしたいと考えている方々は、個人でも企業でも多いと思います。私たちも2020年をスプリング・ボードとして、その後の日本社会をどう活性化していくのかを考えていきます。

「アクション&レガシープラン」については、2020年に集大成を出す予定です。組織委員会はその年に解散しますが、その後は地方公共団体や政府が、スポーツ行政や教育にオリンピック・パラリンピックの精神を活かしていくと思います。何十年後かに振り返ったとき、「今日の日本があるのは、あのオリンピック・パラリンピックのおかげだ」と言われることになれば、大変な成功でしょう。

武藤 敏郎(むとう・としろう)
東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会 事務総長

 

『人間会議2016年夏号』

『人間会議』は「哲学を生活に活かし、人間力を磨く」を理念とし、社会の課題に対して幅広く問題意識を持つ人々と共に未来を考える雑誌です。
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勝井三雄(グラフィック・デザイナー)、大久保喬樹(東京女子大学 特任教授)、他
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