「文化芸術立国」目指し全国でプログラム推進

オリンピック憲章では、スポーツを文化や教育と融合させ、より良い生き方を創造することが根本原則となっており、開催国は文化プログラムの実施を義務付けられている。文化庁では2020年東京オリンピック・パラリンピックを契機として「文化芸術立国」を実現すべく、この文化プログラムにつながる「文化力プロジェクト(仮称)」を全国展開し、文化芸術を資源とした観光振興や地方創生にもつなげようとしている。

文化の持つ意味合いが重要となる東京五輪

オリンピックは一般にスポーツの祭典と考えられているが、その開催国には「文化プログラム」の実施も義務付けられている。「スポーツを文化や教育と融合させ、より良い生き方を創造することは、オリンピック憲章の根本原則となっています。このため、開催国は文化プログラムの実施を求められます」と、文化庁長官官房政策課文化プログラム推進室の室長補佐、林保太氏は説明する。

林 保太 文化庁 長官官房政策課文化プログラム推進室 室長補佐

近代オリンピックを振り返ると、文化の取り上げられ方は次第に変化してきた。ギリシャのアテネで開かれた第1回大会に始まる19世紀末から20世紀初めの時期には文化的要素はなかったが、20世紀前半には、「芸術競技の時代」となった。その後は1988年のソウル五輪まで、「芸術展示の時代」となり、1992年のバルセロナ五輪以降は、「文化プログラムの時代」となっている。

文化プログラムは近年、長期化、大規模化している。2012年のロンドン五輪では、その前の北京五輪終了時から4年間にわたって「文化プログラム」が実施され、音楽や演劇、ダンス、美術、文学、映画など、様々な領域で数多くのイベントが行われた。

「過去のオリンピックでは、開催国が経済成長した姿を世界に見せるという色合いが強く、1964年の東京五輪も戦後、復興した日本の姿を見せる機会となりました。その後のソウル五輪や北京五輪にも、同様の意味合いがありました。しかし、ロンドン五輪はそうではなく、成熟した国が行うオリンピックの形を示したところがあります。2020年の東京五輪も同様で、文化の持つ意味合いが、非常に重要な位置づけになると考えています」

文化芸術立国の実現を目指す「文化力プロジェクト(仮称)」

文化庁では現在、「文化芸術立国」の実現に向けて、2020年の東京オリンピックや2019年のラグビーワールドカップの機会を活かそうとしている。さらに、それ以降も多様な文化芸術活動の発展や、文化財の着実な保存・活用を目指していく方針だ。

今年秋からは、2020年オリンピックの組織委員会等と連携し、全国で「文化力プロジェクト(仮称)」を進めていく。

今年10月に文部科学省と共に開催予定の「スポーツ・文化・ワールド・フォーラム」を皮切りに、様々なイベント等が展開される予定だ。

「文化力プロジェクト(仮称)」の実施により、日本における文化の位置づけにも、変化が生じることが期待される。

「日本では戦後、文化が一般の生活からは、やや遠いものとなってしまった面があると感じます。経済成長や効率化が優先された結果、人間らしい生活が切り捨てられ、人によっては、『文化は贅沢で、贅沢は良くない』といった受け止め方もあるようです。しかし、文化は本来、普通の生活にとって重要なもの、あるべきもののはずです。ですから、この機会に文化の価値を見直し、心の豊かさにつなげていければ良いと思います」

文化芸術関係で雇用や産業の創出も

昨年5月には、2020年度までの6年間を対象とする「文化芸術の振興に関する基本的な方針-文化芸術資源で未来をつくる-(第4次基本方針)」が政府で閣議決定され、その中で「我が国が目指す文化芸術立国の姿」が示された。

これには、(1)あらゆる人々が創作活動に参加し、鑑賞体験できる機会を提供する、(2)オリンピックを契機とする文化プログラムを全国展開する、(3)被災地における復興の姿や、地域の文化芸術を国内外へ発信する、(4)文化芸術関係の新たな雇用や産業を大幅に創出する、といった内容が含まれている。中でも、(4)の雇用や産業の創出は、日本の文化芸術振興における新たな考え方となっている。

「文化については従来、補助金を出して守るといった部分が強かったのですが、やはりビジネスとして成り立たせることに最も持続可能性があります。そのような仕組みを整えるため、今後は国としても、法律や税制など、活動を活発化させるための基盤を整備していこうとしています」

現在の日本には、伝統工芸の仕事がまだ残されているが、これらが10年後も維持されているかどうかはわからない。伝統工芸を通じて職人が十分な収入を得て生活していくことは、現状では難しく、この状況を根本的に転換する必要がある。

「例えば、重要文化財に指定されている建物は現在、補助金によって修復されていますが、それらに必要となる伝統的な工法は、文化財保護の世界ではない一般の市場では消えつつあります。これまで守られてきた伝統的なものを今後も守っていくには、産業として成り立たせる新たな仕組みが必要です」

他方で、国では今後、企業による文化へのサポートも促進しようとしている。

「日本の財政状態は厳しく、今後も多くの国費を出せるというわけではありません。また、国費を出すには時間がかかるほか、表現活動に国費を出すことは、国が表現を縛る方向にも働きます。このため、表現行為は民間や個人のお金で支えられる方が健全です」

図1 「文化力プロジェクト(仮称)」について

地域の文化を盛り上げる文化的切り口のプロデュース

日本では、文化にかかわる国の制度の多くが明治時代に作られた制度に基づいている。

「明治時代の文化に対する思想は、西洋は素晴らしく、日本はそれに追い付かなければならないというものでした。このため、日本の伝統的な文化や建造物の多くが、失われることになり、わずかな部分が文化財保護法などによって保護されてきた状況です」

しかし、2020年の東京大会開催が決まり、現在は再び、日本に注目が集まっている。文化は国のアイデンティティーで、日本の趣ある文化は古い物にこそ存在する。

「今後は古い建築物も、壊さずリノベーションして使っていく時代です。また、従来のように、保存して活用するのではなく、活用することによって保存するというように、発想を転換する時期にも来ています」オリンピックの文化プログラムを通じては、地方創生も期待されている。その例としては、それぞれの土地の風土や伝統的な産業を、文化的、アート的な切り口でプロデュースすることにより、地域を魅力的な場所としてアピールしていくことも考えられる。地域の人たちが、自分たちの生活にとって当たり前で、たいしたことはないと思っていることも、外の人たちから見れば魅力的だということもある。

Photo by stokkete

雇用創出にもつながる文化

東京オリンピック・パラリンピック競技大会に向けた文化プログラムはリオ大会後から本格化する予定であり、国(文化庁を含む)と東京都は、地方公共団体や民間等が実施するレガシー創出に資する様々な文化プログラムを「beyond2020プログラム(仮称)」として認定していく方針だ。

「文化的な切り口のプロデュースで、地域の文化や、伝統的な産業を盛り立てていくことでは、成功事例も出てきています。また、今後、各地の行政機関に文化プロデュースを行える人材が配置されるようになれば、行政の文化化が起き、雇用創出にもつながるのではないでしょうか」

その土地の人たちが自分たちの文化を見直し、その良さを見つけて産業化できれば、地方創生につながる。文化庁では、そのような取り組みを、今後、様々な形で支援していく方針だ。

「文化芸術立国」を目指す文化庁の試みは、2020年以降も続けられる予定だが、文化プログラムが実施される東京オリンピック・パラリンピック開催までの4年間は、「文化芸術立国」実現に向けた非常に重要な期間となる見込みだ。

林 保太(はやし・やすた)
文化庁 長官官房政策課文化プログラム推進室 室長補佐

 

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