2016年7月号

人間会議

資産としてのブランドとは―デービッド・アーカー教授の研究から

阿久津 聡(一橋大学大学院 国際企業戦略研究科 教授)

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©Amanaimages Inc./123RF.COM

資産としてのブランド

国内経済の成長停滞、グローバル競争の激化、日本企業を取り巻く事業環境はますますその厳しさを増している。加えて、長年に渡る企業の品質向上の努力の結果、多くの場合、商品の機能性自体は消費者の要求水準から鑑みれば競合とほとんど変わらない。企業は商品の機能性以外の何かで差別化を図ることを迫られているのである。いわゆる「ブランド論」と呼ばれる研究と実践に基づいた一連の議論は、その答えを考える大きなヒントを提供してくれる。

一般的にブランドとは、ある商品やサービスを指し示す名称やロゴといった記号のことであるが、商品それ自体だけではなく、商品から消費者に想起させる一連のイメージまでをも象徴するものである。1980年代中盤から1990年代にかけての欧米市場において、ブランドとそのマネジメントの重要性が強く認識され、ブランド論が生まれたと考えられている。

当時、世界的なトレンドとして大型M&Aが次々に行われるようになった。その際には言うまでもなく会社の価値を上げて高く売却する経営者、もしくは安く買収して価値を上げて収益を出す経営者が評価された。当時すでにビッグ3の筆頭で巨大企業の代表格であったGMとコカ・コーラ社の時価総額はほとんど変わらなかったというが、従業員数や有形資産額ではGMがケタ違いに大きいにもかかわらず買収の目安となる時価総額が同額なのは、コカ・コーラ・ブランドの資産としての価値が大きいからだということで注目を集めた。

ブランドは目に見えないものだが莫大な価値を持ち得るということが多くの人に認識されるようになり、ブランドを資産として概念化し、その構築や活用を企業の大きな目的と考える議論が展開され、その後「ブランド論」と呼ばれるようになった。

また、資産としてのブランドの価値の源泉は、「ブランド・エクイティ」と呼ばれた。ブランド論を発展させた功労者の一人であるカリフォルニア大学名誉教授のデービッド・アーカーは、ブランド・エクイティを「ブランドの名前やシンボルと結びついたブランドの資産(あるいは負債)の集合であり、製品やサービスの価値を増大(あるいは減少)させるもの」と定義した。彼は、ブランド認知ブランド連想、知覚品質、そしてブランド・ロイヤルティをその主要次元と考え、これらが将来に向けた競争優位と長期的収益性の基盤になると論じた。

©rawpixel/123RF.COM

ブランドはマーケティング戦略の核

上述したように、ブランドとは、ある商品やサービスを象徴する総体を指し、商品名や商標にとどまらず、顧客に想起させるイメージまでも含む幅広く奥深い概念である。マーケティングの基本は、マーケティングミックスの要素である4P(Product/製品、Price/価格、Promotion/宣伝、Place/流通)をいかに組み合わせていくかにあるが、かつてブランドは製品名やパッケージの一部として4PのうちのProduct/製品のところで考えておけばよいものだった。それが徐々に4つのPと同程度に重要だと考えられるようになり、さらには4Pの目的として捉えられるようになった。

図1 マーケティングにおけるブランドの位置づけ

 

つまり、顧客の心の中にブランドを構築し、資産としてのブランドの価値を上げ、それを活用して収益を上げていくことがマーケティング戦略の核となったのである(図1)。この間、マネジメントの対象単位も製品からブランドに移行した。P&G社のような先進的なマーケティング企業では、すでに何十年も前に、プロダクトマネージャー制からブランドマネージャー制に移行している。たとえば、歯磨き粉やデンタルフロス、マウスウォッシュといった幅広い口腔ケア製品は、製品カテゴリごとではなくブランド単位で管理されている。そこでの戦略課題は、製品カテゴリをまたいで統一感のあるブランドアイデンティティを構築し、全体としていかに顧客にアピールし、競争優位性を築くかということにある。

組織の志を反映するコーポレートブランド

昨今その重要性が再認識されている「コーポレートブランド」とは、まさに企業がもつ様々なブランドの最上位に位置するものであり、全ての企業活動がここから落とし込まれるべきものである。つまり、強いコーポレートブランドの構築を実現できるかどうかによって、組織全体の命運が左右されることになる。それを主導できるかどうかが組織のトップにいる者の最も重要な要件といっても過言ではない。では、強いコーポレートブランドを構築するために、トップは何をすればよいのか。そのことを考えるためには、組織の競争力を高め維持している強いコーポレートブランドの特徴を知ることが役立つ。

デービッド・アーカー著『ブランド論―無形の差別化を作る20の基本原則』(ダイヤモンド社、2014年)

英国の大手ブランド・コンサルティング会社、インターブランド社が毎年ビジネスウィーク誌に発表しているBESTGLOBALBRANDSの2015年版で1位だったAppleと2位だったGoogleは、どちらも高い志をもっており、それをブランドの存在意義と考えている。Appleは「創造的な探索と自己表現の手立てを人々に提供する」、Googleは「あらゆる好奇心を瞬時に満たす」というのがブランドの存在意義であり、事業活動と組織文化を通して実際に生み出される価値が、ブランドのコアバリューとなる。

このことが示唆するのは、強いコーポレートブランドを構築するためにトップがすべきことは、顧客が共鳴するようなコーポレートブランドのコアバリューを考え抜き、それに共鳴する社員を集めて、組織として実践していくことである。ブランドの志に導かれた社員一人ひとりの具体的な行動を通してはじめて、ブランドのコアバリューは顧客に受け入れられ、ひいては共鳴されることになる(図2)。

図2 強いコーポレートブランドに見られる社員・顧客とのコアバリューの共鳴

 

では、どのようにして社員はブランドの志に導かれた行動を実践するのだろうか。もちろん、志を社員へ伝えていく活動や採用・教育プログラムは不可欠である。しかし、過去の様々な研究や実践から、より効果的にトップが掲げた志を社員へ浸透させていくためにはそのような取り組みだけでは十分といえず、それとともに「価値観の内在化」と「具体的ビジョンの提示」の重要性が指摘されている。ここでいう価値観の内在化とは、社員個々人が組織の価値観を自分の価値観とすることを意味する。

組織の価値観を共有することが社員の「誇り」となり、何か迷ったときにもそれが「よりどころ」になる。価値観を内在化していない状態で、志を共有しようとしても、その効果はあまり期待できない。社員一人ひとりが組織の価値観を内在化することによって、企業の取り組みに対するコミットメントが高まり、トップが「ブランドの存在意義」として掲げる志が腹落ちして、それに基づいた行動が自発的に実践されていくのである。

一方、AppleやGoogleの存在意義を見てもわかるように、それらは普遍性のある高い志であり、必然的に抽象度も高い。したがって、それを基にしながら三年後、五年後にはどうありたいのかという、より具体的な目標として達成感のあるビジョンの提示をすることによって、社員は自らの行動指針を明確にしやすくなる。

ブランドの存在意義は完全に達成されてしまうことはないだろうが、ビジョンはある期限までに達成され得る目標であり、少なくともその進捗は明確なため、そのために何をするべきかもより具体的になる。

これまでの議論をまとめると、強いコーポレートブランドには、「ブランドの存在意義」としての高い志があり、それを効果的に共有するためには、ブランドの「価値観」を社員が内在化していることが重要であり、それが社員一人ひとりの行動にまで落とし込まれるためには、具体的なブランドの「ビジョン」が明確に提示されていることが重要だということになる。

現在グローバル展開を推進している多くの日本企業にとって、以上のことは非常に重要な課題である。というのも、海外で顧客を獲得していくためには、まず海外法人の社員にコーポレートブランドの存在意義としての志や組織の価値観といったものを浸透させることが極めて重要になるからだ。

これまで国内でやってきたように、雰囲気で何となく分かるだろうというわけには行かない。

阿久津 聡(あくつ・さとし)
一橋大学大学院 国際企業戦略研究科 教授

 

『人間会議2016年夏号』

『人間会議』は「哲学を生活に活かし、人間力を磨く」を理念とし、社会の課題に対して幅広く問題意識を持つ人々と共に未来を考える雑誌です。
特集1 次代につなぐ 日本の心と文化創造--多様性と調和の五輪に向けた動き
特集2 コーポレートブランド--歴史と伝統をどう生かすか
特別企画 日本のエンブレム観--九鬼周造の「いき」の美学から
勝井三雄(グラフィック・デザイナー)、大久保喬樹(東京女子大学 特任教授)、他
(発売日:6月6日)

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