2015年4月号
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プロジェクトニッポン 長野県

小布施堂 110万人が訪れる観光地を実現した和菓子店

市村 次夫(小布施堂、桝一市村酒造場 代表取締役社長)

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年間110万人を越える観光客が訪れる小布施町。観光まちづくりのけん引者であり、地元で造り酒屋と栗菓子屋を営む小布施堂17代目の市村次夫氏に話を聞いた。

長野県で一番面積の小さな市町村、小布施町。県の北東に位置する人口およそ1万1000人のこの町は、かつて一次産業中心の、過疎化に悩むよくある町のひとつにすぎなかった。それがいまや、年間110万人を超える観光客が訪れる観光地として脚光を浴びている。

観光客のお目当ては、縁あって晩年に4度も小布施町を訪れ、複数の作品を残した葛飾北斎の記念館である北斎館や、地域の名産品である栗を使った多彩なお菓子、そして何より歴史情緒溢れる町並みだ。

地域の特色を活かした観光まちづくりの成功例として、全国から注目を集める小布施町。その成長のエンジンとなったのが、1700年代半ばから当地で造り酒屋と栗菓子屋を営む小布施堂だ。

現在、17代目として代表を務める市村次夫氏によると、葛飾北斎が小布施町に滞在したのは小布施堂の12代目・高井鴻山(市村三九郎)と交流があったから。それから代が進み、北斎が町に残した作品に目を付けたのが、16代目小布施堂社長兼元町長の市村郁夫氏。1976年に作品を収蔵した北斎館を建造し、以来、町の象徴的な存在となった。

北斎館は初年度から多くの観光客を集めたが、本格的な観光まちづくりが始まるのは、1980年、郁夫氏の急逝を受けて次夫氏が17代目に就任してからになる。

小布施町の町並み(小布施堂周辺)。民間主導の「町並み修景事業」で、あえて混在性を演出した

民間主導で町並み修景

北斎館の人気にあやかろうと栗菓子の店を出して飲食サービスを始めた時、手狭になっていた工場を郊外の工業団地に移さず、小布施町にとどめ、景観に配慮した外観に変える決断をしたことが最初の一歩になった。

「当時の日本では、工場は工場地帯、住む場所は住宅地、商業施設は商業地帯というゾーニングが都市計画の基本でしたが、私はそれに疑問を感じていました。家を継ぐ前は企業に勤めていて新潟、茨城、東京で暮らしましたが、ゾーニングされた町は寂しかった。人間の生活とはそういうものじゃなくて、もっとごちゃごちゃした方が面白いでしょう。そこで、小布施のような小さなエリアは景観を意識しつつ、工場も倉庫も民家も渾然一体で共存することで住みやすい町になるのではないかという仮説を立てて、そういった観点から環境整備を進めようと考えたのです」

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