2014年7月号

地域未来構想 青森県

逆転の発想で「地吹雪」を観光資源に

角田周(津軽地吹雪会代表、観光カリスマ)

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「何の観光資源もない」と嘆く地方の方々がいる。だが、都会や外国から見た時、そんな所にこそ稀有な価値がある。それに“気づけるかどうか”が地域興しのカギを握る。
text by Hideyuki Shimada

 

地吹雪体験ツアーを楽しむ台湾観光客。もんぺ、かんじき、角巻姿で、初めての雪に大はしゃぎ

青森県で、よく使われるキーワードに「もつけ」と「じょっぱり」がある。

「もつけ」とは、目立つこと、他人と違うことに熱中する人を指す。一方「じょっぱり」は、いったん始めたら、断固やり抜く青森県民特有の粘り強さを表わしている。

今回ご紹介する角田周さん(61)は、さしずめ「もつけ」で「じょっぱり」の津軽人の典型であろう。

彼は、大きな組織にも属さず、営利も求めない。郷土を愛する仲間たちと共に、周囲の反対や白眼視をも乗り越え、“地吹雪体験ツアー”を初めとする地域振興の企画を次々に実現しヒットさせた。さらには、津軽半島の観光資源の広域ネットワークの構築まで実現した。

その功績により、2003年には国土交通省の「観光カリスマ」にも認定され、県内外の地域興しのリーダー、アドバイザーとして、東奔西走の日々を送っている。

東京での音楽ビジネス
しかし夢破れ...

1953年、文豪・太宰治の生地・金木町に生まれ育った角田さん。幼い頃からピアノ演奏に秀で、東京の日本大学芸術学部音楽学科に進学した。

卒業後は、クラシック系の音楽事務所に入社し、イベント・コンサート企画に明け暮れる日々を送るが、無理を重ねたせいで身体を壊し、金木に戻って実家の金物商を手伝うことに。

角田 周 津軽地吹雪会代表 観光カリスマ

「その当時は、青森県でイベントをビジネス化するなど不可能でした。県庁に出向いて“これからはハードとソフトの時代だ”と言ったら、“何? どこのソフトクリームだ?”って真顔で訊かれたくらいですから」と角田さんは笑う。

すでに30歳を迎え、このままでは先がないと感じ、とりあえず自宅で音楽教室を開いた。

「当時、金木町は夢のない町でした。仕事もなく、閉鎖的な土地柄で、太宰治の生家に観光バスが来ることもありませんでした。そんな中で、何とか自分らしさを生かせる道はないか模索し、親しい仲間3人、そして、地元のオバちゃんやバスの運転手、キャラの濃い公務員の7人で集い、1987年、“企画集団ラブリー金木”を立ち上げたのです。これは手弁当の任意団体で、毎回、手隙の人だけが集まる緩いグループでした」

“地吹雪体験ツアー”がヒット
冬を代表する企画に

逆転の発想から生まれた地吹雪体験ツアーは、国内外から累計1万2千人が参加する人気企画に

青森県は、春は弘前城の桜、夏は青森の「ねぶた」、秋は十和田湖の紅葉という日本有数の観光資源に恵まれていたが、「では冬は?」と問われると、答えに窮する状況だった。

特に金木町周辺では、毎年、1~2月にかけては、積もった雪が強い北西風によって巻き上げられ(=地吹雪)、しばしば視界が白一色となって何も見えない状態(=ホワイトアウト)に陥る。地元住民にとっては危険で厄介な時期だった。

角田さんは、原付バイクで走行中、地吹雪に遭遇して遭難しかけたところを路線バスに救出されたが、その時、バスの中から見た風景は“幻想的な絵巻物”のようだったという。

その瞬間、「これは観光資源になる」と閃き、「地吹雪体験ツアー」の企画が生まれる。

「しかし、反応は鈍かったですね。旅行代理店では、地吹雪(じふぶき)を血吹雪(ちふぶき)と間違えられる有様で(笑)。それに、地元の人びとからは“金木の評判を落とすようなマネはやめろ”と非難されました」

角田さんが権威ある組織の有力なポジションに就いておらず、“フリー”という点も、彼の立場を厳しいものにしたという。

ストレスフルな状況が続いたが、彼は持ち前の「じょっぱり」精神で持ちこたえ、日本全国の主要メディアに手紙を送ったり、県内の産・官・学に働きかけたりなど努力を続けた。そしてついに、「東京~津軽間の3泊4日のバス旅行企画」として実現へとこぎつける。

すると今度は、上京し、テレビ局各局に“飛び込み営業”をかけ、“地吹雪体験ツアー”を番組内で紹介してくれるよう交渉。日本テレビとTBSの人気情報番組で取り上げてもらえることになる。

こうして、1988年1月末に第1回地吹雪体験ツアーは実施された。参加人数20人。彼らは、「もんぺ」をはき、「かんじき」を足につけ、「角巻」(ショールのような津軽地方の防寒具)を身にまとい、雪原に入っていく。やがて、馬ソリが現われ、今度はそれに乗って疾走。最後は、郷土料理の鱈の「ジャッパ汁」で身体を温めるなど、津軽の冬を満喫。

結果的にこの企画は当たり、改良を加えながら、毎年1~2月に何度も実施されることになる。日本国内の雪が降らない地方の人びとはもとより、台湾やハワイなど、温暖ないしは暑い国・地域からの観光客に大ヒットしたのである。参加者累計は1万2千人。もちろん、角田さん個人には1円も落ちないが、それは折込済みのこと。

【左】雪原を疾走する津軽鉄道・ストーブ列車
【右】だるまストーブを使ってスルメを焼いたり、お燗を振る舞ったりする

広域ネットワーク化で観光資源をつなぐ

この成功をきっかけに角田さん率いる“企画集団ラブリー金木”の快進撃が始まる。

津軽鉄道の協力を得て、冬の時期、車内の「だるまストーブ」を使って、“モンペ姿のオバちゃん”(ラブリー金木の創立メンバーの1人)が、スルメを焼き、地酒をお燗にして客に振る舞うというサービスは、“日本の原風景”を思い起こさせるものとして評判を呼んだ。

こうした企画を続々実現しながら、同時に角田さんは、県内の観光資源がバラバラに存在し「部分最適の集合体」になっていることに気が付く。

日本の原風景を思い起こす“暖かさ”がストーブ列車の人気の理由

「このままでは、旅行会社が商品化するのも難しい。広域連携を図らねば...」

彼はここでも、相対立する様々な利害を辛抱強く調整しながら、紆余曲折を経て2002年、「津軽半島観光ネットワーク」を7市町村の8団体で組織することに成功する。

連携(アライアンス)の究極形は「統合」であり、それによって指示系統が一元化し、マネジメントスピードも上昇する。2010年の東北新幹線全線開業に向け、この「津軽半島観光ネットワーク」は2008年、津軽半島観光コンシェルジュの会「めごネット」として統合・一本化された。

もちろん、角田さんの目は津軽半島にだけ向いている訳ではない。青森県全体を視野に、さらにはより広域を睨み、今もネットワーク化を推進しつつある。彼は言う。「 高校時代までは地元のことを知らなかったし嫌いでしたが、今は本当に楽しいです」

角田 周(かくた・しゅう)
津軽地吹雪会代表 観光カリスマ
1953年金木町生まれ。日本大学芸術学部音楽科卒業後、音楽事務所に就職。帰郷し87年に企画集団「ラブリー金木」を設立。88年雪国地吹雪体験ツアーを企画し、注目を集める。その後もワールド青函トンネルウォーク、津軽半島観光ネットワークなど地域観光に携わり、03年には観光カリスマに認定。

地方創生のアイデア

月刊事業構想では、「地域未来構想  プロジェクトニッポン」と題して、毎号、都道府県特集を組んでいます。政府の重要政策の一つに地方創生が掲げられていますが、そのヒントとなるアイデアが満載です。参考になれば幸いです。

※バックナンバーには、そのほかの都道府県も掲載されております。是非ご一読ください。

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