農村インフルエンサーが活性化する中国の地方経済 政府・自治体も協力
(※本記事は『THE CONVERSATION』に2024年10月15日付で掲載された記事を、許可を得て掲載しています)
雲南省の静かな奥地で、ドン・メイホワ(Dong Meihua、フォロワーには通称「滇西小哥」で知られている)は、驚くべきことを成し遂げた。中国農村の牧歌的な素朴さを、何百万人もの人々にとって魅力的なものに変えたのだ。彼女の手にかかれば、村の台所がステージとなり、農村の生活リズムがどんな小説にも劣らない魅力的な物語になる。彼女は自分のルーツに回帰した、多くの農村インフルエンサーの1人だ。
デジタル革命によって従来の物語が覆される中、中国の田舎が思いもよらぬバイラルコンテンツの震源地として浮上してきている。滇西小哥は、ソーシャルメディアを通じて田舎のイメージを再定義する、何千人ものインフルエンサーの1人である。
中国の農村は貧困や停滞の後背地だとする先入観を覆し、こうした新種のソーシャルメディアの達人たちは、多くの都市住民に牧歌的な至福の楽しみを提供している。このイメージの変革は中国当局によって奨励されており、政府は絵画のように美しい農村のイメージを広めるインフルエンサーたちに賛意を示している。都市と農村の格差を目立たなくし、国民の誇りを高める助けとなり、北京の農村振興戦略にもうまく合致しているからだ。
苦難の歴史から復興へ、市場とつながった農村コミュニティ
いかなる現象でも十分に理解するためには、まず歴史的背景を考慮する必要がある。数十年にわたり、中国の農村は困難と後進性の代名詞だった。1950年代後半から1960年代初頭にかけての大躍進政策は、共産主義中国の創始者である毛沢東が大部分が農民だった国を工業化しようとした悲惨な試みだったが、農村社会を荒廃させ、数千万人が亡くなる大飢饉を引き起こした。
その後の文化大革命では、毛沢東が国家の知識人を広範囲に粛清して権力を強化、教育を受けた若者が「再教育」のため農村に送られため、農村の慣習的な生活はさらに崩壊した。このトラウマ的な出来事は、農村の精神と経済に深い傷跡を残した。
さらに1950年代後半以降、社会福祉を出生地に結び付け、国民を「農業戸籍」と「非農業戸籍」と区別した「戸口」制度は、都市と農村の間に大きな分断を生み出した。
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