売上130%を生んだ新商品を実現 三代続く大衆食堂が挑んだ協働プロジェクト

(※本記事は「協働日本」に2026年2月2日付で掲載された記事を、許可を得て掲載しています)

大衆食堂「米田食堂」の三代目・米田正和氏

協働日本で生まれた協働事例を紹介する記事コラム「STORY」。

本連載では、協働日本とプロジェクトに取り組むパートナー企業の方をお招きし、どのように意思決定し、プロジェクトを推進しているのかをインタビューを通じて伺っていきます。

今回は、別府・鉄輪で三代続く大衆食堂「米田食堂」の三代目・米田正和氏、そして協働プロとして伴走する相川知輝氏にお話を伺いました。

米田食堂は、1955年創業。別府の名所「地獄めぐり」の動線上に店を構え、大分の郷土料理・団子汁を看板に、長年地域と観光客に親しまれてきた食堂です。

同店では、米田氏が掲げた「店を目的地化する」という構想のもと、温泉の噴気を活かした“地獄蒸し”の新商品開発と、団子汁を“選ばれる名物”へ進化させる取り組みに協働日本が伴走しています。

プロジェクトを通じて、売上130%を生んだ新商品「極楽 鬼カステラ」が誕生。さらに、現場で継続的に回せるオペレーションを見据えた“次の挑戦”も動き出しています。

協働日本との取り組みで得られた変化、試行錯誤のプロセス、そして地域へ広がり始めた“協働”の輪について、率直に語っていただきました。

(取材・文=郡司弘明)

大衆食堂「米田食堂」

地獄めぐりの途中にある、三代続く大衆食堂

──本日はよろしくお願いいたします。まずは、米田食堂さんの沿革と、現在の事業について教えてください。

米田正和氏(以下、米田):こちらこそ、よろしくお願いします。

1955年に別府市・鉄輪で初代の米田トリヱが大衆食堂「米田屋」を開店したのが始まりです。温泉地ならではの立地を活かし、だんご汁や地獄蒸し料理を中心に、長年、地元の方と観光客の方の両方に支えられて営業してきました。

祖母から父、そして自分が三代目になります。もともとはいろいろな食事を出す大衆食堂でしたが、今は大分県の名物である「団子汁」を一番の売りにしています。これまでの歴史を大切にしながらも、次の時代に向けた新しい挑戦にも取り組んでいます。

──団子汁が看板メニューになっているのですね。加えて、米田食堂さんならではの特徴として“地獄蒸し”もあると伺いました。

米田:店先に「地獄釜」があって、温泉の噴気(蒸気)を使って食材を蒸すことができます。

今は卵やお芋、とうもろこしを蒸して、それを店先で販売しています。

大衆食堂「米田食堂」外観
卵やお芋、とうもろこしを蒸して、店先で販売

──立地も含めて、地域での位置づけはどのようなものなのでしょうか。

米田:うちは観光地のど真ん中で、「別府の地獄めぐり」のコース上にある食堂です。

昔は湯治に来た方や地元の方が多かったですが、今はどちらかというと観光客の方がメインになっています。

ただの郷土料理にしない。団子汁を“選ばれる名物”へ進化させる挑戦

──協働日本との取り組みを始められたきっかけを教えてください。

米田:別府市役所の産業政策課の方から案内があり、別府市の外郭団体「B-biz LINK」さんと、「協働日本」さんが共催していた事業支援説明会に参加したのがきっかけです。

気軽に参加した説明会だったのですが、協働日本代表の村松さんのお話を聞いて、とても関心が高まりそのままあれよあれよという間に、面談へと進みました。

そこから支援を受けさせてもらえることになり、今回のご縁に繋がりました。

──最初に協働日本の話を聞いた時の印象はいかがでしたか。

米田:まず、とても熱い人たちが集まっている会社なんだなあという印象でしたね。これまでこういったお話を聞いてきた、いわゆるコンサルタントの方々とは全然違って。自分の想いを正直に、やってみたいことを気軽に相談でき、ざっくばらんに話せそうな雰囲気がありました。

経営や商品開発を、自分たちだけで考えていると、どうしても視野が狭くなってしまうと感じていました。お店の強みはあるはずなのに、それをうまく言葉や形にできていない、そんなもどかしさがあったんです。

協働日本さんのお話を聞き、「一緒に考え、伴走してくれる」という姿勢に共感し、思い切って取り組むことを決めました。

──プロジェクトの出発点として、米田さんが協働日本に伝えた“やりたいこと”は何だったのでしょうか。

米田:「店を目的地化したい」ということです。

今は“ただの団子汁”を売っている。それを“ただじゃない団子汁”にどう昇華させるか。

自分の店を別府、そして「地獄めぐり」に来る人たちの目的地にしたいというのが最初に伝えたことです。

──地域内にも団子汁を出すお店が複数ある中で、狙うポジションは明確だったのですね。

米田:そうですね。地域で一番を取って、そこから「大分県の団子汁といえば」というところまで行きたいと思っています。

地獄蒸しの設備

決まった型がないから、前に進めた。“地獄蒸し”の新展開

──協働プロジェクトに参画している協働プロについて教えてください。

米田:相川さん、他数名の協働プロの方々を中心にご支援いただいています。

それぞれ違った視点を持っていて、毎回の打ち合わせで新しい気づきをいただいています。

──今回、協働プロ相川さんがインタビュー記事に同席していただいています。相川さんは現地の状況を踏まえて、どこから着手したのでしょうか。

相川知輝氏(以下、相川):鬼山地獄のすぐそばで、人通りはすでに多い場所です。だから最初は、そこで“買ってもらえる”“話題になる”ものをつくる。

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