気候変動で住宅街の移転が不可避に 豪州、国を挙げての検討を求める動き
(※本記事は『THE CONVERSATION』に2024年7月2日付で掲載された記事を、許可を得て掲載しています)
オーストラリアでは多くの人々が、気候変動とそれに伴う洪水、火災、沿岸の侵食、サイクロン、猛暑などの異常気象が今後より増えるであろう地域に住んでいる。このまま災害が発生するのを待っていると、何十万人もの人々が避難を強いられる可能性がある。
2022年にニューサウスウェールズ州北部で発生した壊滅的な洪水は、地域コミュニティを避難させないことの危険性を浮き彫りにしている。災害から2年以上経過した今でも、リズモア市は依然として復興の途上にある。多くの人々が仮設住宅に住み続け、自宅に戻ることも、事業を再開することも、他の場所に移転するための資金を得ることもできない状態だ。
しかし、こうなる前に別の選択肢もある。事前に計画を立て、最も危険の高い地域を特定し、災害が発生する前に地域コミュニティを恒久的に移転させることができるのではないか。私たちの最近の論文では、そのような戦略の緊急性を述べ、それを実行するためのガイドラインを提供している。
特に重要なのは、この戦略の陣頭指揮を執る国家移転庁の設立である。住民にとって移転の見通しは不安でトラウマになりかねないが、移転は新たな機会と長期的な利益をもたらす。それでも、私たちは今すぐ行動を起こさなければならない。
不動産価値に対する気候変動関連のリスクが高まっている
気候変動がオーストラリア全土の住宅と不動産価値に損害を与えるという証拠が増えつつある。
例えば、メルボルン水道局(Melbourne Water)の最新の洪水リスクモデルにより、メルボルン市内の数千人の住民は洪水リスク地域に指定され、保険料の値上げと不動産価値が低下に見舞われることになる。マリビノン川(Maribyrnong River)東側のケンジントン・バンクス(Kensington Banks)地区は、かつては受賞歴のある都市再生プロジェクトであったが、今では当局が高リスクの不動産を保護し、将来の洪水被害を防ぐために奮闘している。
シドニーを拠点とする気候変動リスク分析会社、クライメートバリュエーション(Climate Valuation)は最近、オーストラリア全土の住宅に対する河川の氾濫リスクを評価した。保険が手の届かない、または利用できなくなる可能性のある高リスクの不動産を特定している。
調査の対象となった住宅の約25軒に1軒が、2030年までに保険適用外になる可能性が高い。これは、14,739,901軒中588,857軒に相当する。最も影響を受ける地域では、10軒に1軒以上が保険適用外となるだろう。
これらの物件は洪水によって被害を受ける可能性が高く、所有者は住むことも、修理費用を負担することも、売ることもできない不動産を抱えることになる。
既に、海岸から150メートル以内の住宅の10軒に1軒が沿岸侵食の危険にさらされている。海面上昇によって、海面上昇により、オーストラリアの一部が遠くない将来に居住不能になるだろう。
海面上昇が1.1メートルに達すると、最大25万棟の住宅が沿岸浸水と侵食の危険にさらされる。これは、温室効果ガスの高排出シナリオのもとで2100年までに予想されるものだ。また、氷床と呼ばれる、南極大陸を覆う氷の融解については予測が非常に難しく、大きな不確実性があるため、2100年までにおよそ2メートル上昇する可能性も否定できない。
一方、オーストラリアの一部地域では、気温が上昇し過ぎたり、ブッシュファイヤーと呼ばれる森林火災の危険性が高まっている。
保険会社が気候変動に警鐘を鳴らす 「計画移転」を呼びかけ
気候変動は保険料を引き上げ、業界から地域社会の移転を議題に載せるよう促している。
昨年、オーストラリアとニュージーランド最大の損害保険会社IAGは、計画移転を促進または阻害する要因に関する報告書を委託した。この報告書は、意思決定に地域社会を関与させ、政府が計画移転プログラムを実施し、管理する方法についての勧告を行っている。
その後、オーストラリアを拠点とする保険会社のサンコープグループ(Suncorp Group)とオーストラリア自然災害研究センター(Natural Hazards Research Australia)は「移転を支援することに関する国民的な議論促進」のための討論文書を発表した。この文書は、保険業界のデータを取り入れて、優先的な自然災害リスク地域についての国民的な議論を促すために、自然災害のリスクをマッピングするよう、当局に呼びかけている。
上院調査委員会では、気候リスクが保険料と保険の募集にどのように影響するかを調査している。
19の病院、54の救急サービス、800km以上の道路が危険という調査結果
ニューサウスウェールズ州は、州の防災計画の中で計画移転を最初に特定した州である。計画移転は「危険にさらされるリスクを軽減するための手段」の1つとして挙げられている。しかし、計画では次のように言及されている:
長年住み続けた家や土地、地域社会、そして国とのつながりがあるため、計画移転(買い戻しや自主購入といった形で行われる)は、住民に混乱やトラウマを引き起こす可能性がある。
地域社会の災害リスクを評価する場合には、重要なインフラも考慮しなければならない。ニューサウスウェールズ州の想定では、100年に一度クラスの洪水で、64の警察署、54の緊急サービス施設(消防署や救急ステーション、災害対応センターなど)、19の一般病院が危険にさらされると特定している。また、1メートルの海面上昇は州内の地方道路の800キロメートル以上に影響を及ぼし、深刻な混乱を引き起こすだろうとしている。
ニューサウスウェールズ州の復興局は、計画、住宅、インフラの各省とともに、2025年中頃までに、計画移転に関する州政策を策定する予定である。
気候変動災害による移転はすでに始まっている
ニューサウスウェールズ州ノーザン・リバーズ洪水では、3,500軒以上の住宅が居住不可能となった。約1,100軒の住宅が州のレジリエント住宅基金を通じて、買い戻しの申し出を受けると予想されていた。再建庁は1,090件の買い戻し申請を処理している。
クイーンズランド州南東部の別の800軒の住宅は、クイーンズランド州復興局を通じて買い戻される可能性がある。
しかし、災害後の買い戻しは混乱を引き起こし、管理が難しい。事前に計画を立てる方がはるかに良いだろう。

莫大な災害復旧費用を負担するよりも、積極的な移転に投資
コミュニティが現状のままで災害が発生した場合、オーストラリアの納税者が復興費用を負担することになる。異常気象の災害件数が増加するにつれ、その負担はますます手が届かないものとなるだろう。
州、準州(州に準じた独立自治権を持つ。人口が少なく、州としての要件を満たさない)、地方自治体、地域社会、個人が協力して移転の取り組みを調整するために、国家移転庁が必要だ。
連邦政府は、州や準州の移転計画を調整し、指導する特別な役割を持っている。これにより、重複した取り組みを避け、一貫したベストプラクティスの採用を確保し、移転のための国のリソースを最大限に活用することができる。
エビデンスに基づく動的なリスクをマッピングすることで、特に複数の気候関連リスクにさらされている場所、例えば、海面上昇が沿岸地域の河川洪水リスクと重なる場所や、森林火事によって土壌が露出し、土地の水分保持力が低下して洪水リスクが高まっている場所など、優先度の高い場所を特定することができる。
当局は、インフラ、移転可能な土地、機械および設備、サプライチェーン、専門知識など、官民のリソースを記録しておく。
地域住民は深い帰属意識と場所への愛着を持っており、移転に抵抗することが多い。居場所を失いかねないことは重大な心理社会的影響を及ぼす可能性があるため、地域社会では慎重な関与が不可欠である。
気候関連の災害が激化するにつれ、ますます多くの人々が住めない、または住宅保険に入れない問題に直面することになるだろう。オーストラリアは、最も危険に晒されている地域を移転させるために、今すぐ計画を立て始める必要がある。長期的な利益は計り知れない。
本記事のベースとなった論文の共著者である、オーストラリア国立大学(Australian National University)、タスマニア大学(University of Tasmania)、キャンベラ大学(University of Canberra)、シドニー大学(University of Sydney)、およびメーザー建築事務所(Mather Architecture)の専門家に感謝の意を表する。
元記事へのリンクはこちら。

- ロズリン・プリンスリー(Roslyn Prinsley)
- オーストラリア国立大学(ANU) 災害対策部門 部門長

- ナオミ・ヘイ(Naomi Hay)
- オーストラリア国立大学(ANU) 芸術・デザイン学部 講師