フォーラムを開催、大臣に提言 再生医療を日本を支える産業へ

「再生医療で描く日本の未来フォーラム」が2024年2月、東京都内で開催された。2023年7月から5回にわたり議論した「再生医療で描く日本の未来研究会」の成果報告を提言としてまとめ、武見敬三厚生労働大臣に手渡した後、研究会に参画した委員による基調講演、パネルディスカッションを実施した。

「事業構想大学院大学 再生医療で描く日本の未来研究会」の議論の結果を2月のフォーラムで発表

研究会の議論を提言にまとめ
武見大臣に手渡す

日本発の革新的な研究成果に基づく治療法の開発が進む再生医療。事業構想大学院大学では、その産業化を通じて日本の未来を描く研究会を開催、議論の内容を発表するフォーラムを2月に開催した。

フォーラムの冒頭では、武見敬三厚生労働大臣が「政府としても再生医療に関わる研究開発費を確保し、研究開発支援のより一層の充実に取り組むとともに、再生医療等安全性確保法や臨床研究法の見直しなど必要な環境整備を行っていきます。本研究会でご尽力をされている皆様を含め、産学官が一丸となって取り組んでいくことで、再生医療で描く日本の未来が輝かしいものになると確信しています」と述べた。

続いて、事業構想大学院大学学長の田中里沙氏が「再生医療で描く日本の未来研究会からの提言」を説明した。同研究会では、2040年頃の理想の姿として、多様な治療の選択肢が広がり、日本が再生医療の大国となっていること、また、その際には再生医療周辺産業の市場が拡大し、科学技術に対する十分な投資も集まり、世界をリードするような新科学技術立国になっているであろうことを掲げている。この姿の実現に向け、再生医療の産業化、再生医療の普及、国民負担の在り方、再生医療の価値の向上、国民理解の向上というトピックを定め研究会で議論。その結果としてまとめられたのが5項目からなる提言だ。

まず「産業化の支援」については、アカデミアの充実と知財戦略の立案、再生医療ベンチャーへの投資環境の整備が必要であると指摘した。「製造と品質担保」については、国内製造の体制構築と製造技術の発展支援、再生医療製品の多様性に則した新しいルールやガイドラインを求め、「医療アクセスの向上」については、再生医療に関するエビデンスの活用とグローバル展開を進めるべきであるとした。

「保険制度」については、再生医療に関わる診療から製品までを含む新たな医療保険制度の整備に向けた検討が必要であり、さらに「人材育成・情報発信」では、再生医療に関わる人材の育成、分かりやすく信頼性の高い情報の発信を求めた。提言の発表の後、田中氏から武見厚生労働大臣に提言書が手渡された。

「事業構想大学院大学 再生医療で描く日本の未来研究会」の議論の結果を2月のフォーラムで発表

iPS細胞の臨床応用が進む
今後、サプライチェーン整備が必要に

基調講演では「再生医療で描く日本の未来」をテーマに参議院議員の古川俊治氏が登壇した。同氏はまず幹細胞研究の歴史を紹介。2006年に山中伸弥氏がiPS細胞を発見して以降、日本がiPS細胞の研究において世界をリードし、さまざまな疾患の治療を目指し臨床研究が進んでいる現状を説明。「多能性幹細胞の研究における優位性を生かし、臨床研究を推進していくことが日本の価値向上につながります」と話した。

古川 俊治 参議院議員

iPS細胞については、自家iPS細胞からストック構築、さらには他家iPS細胞と免疫抑制剤を組み合わせる方法へと、臨床応用を検討する際の戦術が変化を遂げている。現在は、ヒト白血球抗原を改変して拒絶反応を抑えたユニバーサル細胞を使う研究が進められている。遺伝子治療や細胞移植治療はまだ導入期にあること、そのため開発から市場へと橋渡しをし、患者に届くまでのサプライチェーンの整備(安定製造技術等)や既存のフォーマットの課題を解決する技術が重要だと述べた。

今後の研究の方向性としては、自家iPS細胞による免疫抑制剤が不要な個別化再生医療、長期の組織再生機能、再生・細胞医療技術へのex vivo 遺伝子治療(編集)技術の応用、オルガノイド(技術)の活用、iPS創薬を挙げた。産業化の際には、三次元培養など細胞の大量製造法の開発、製造時の細胞の品質基準(QbD等)の確立、製剤化、保管・輸送方法の開発などを含めたサプライチェーンの確立を進めるほか、開発資金の海外からの調達、再生医療等製品の価格(公的保険の適用の考え方)について議論を進めていく必要性を説いた。

政策的な支援については、基礎研究から応用研究、非臨床、臨床研究・治験、実用化までに対し文部科学省、厚生労働省、経済産業省からの切れ目ないサポートがあることを説明。例えば経産省の「創薬ベンチャーエコシステム強化事業」では、3500億円規模の大型ファンドを設け、資金調達が困難な前臨床、臨床第1相・第2相を対象に、日本医療研究開発機構(AMED)が認定したベンチャーキャピタル(VC)の出資額の2倍相当の費用をファンドから支援していることを紹介した。

古川氏は講演の最後に、再生医療を普及させ、再生医療産業で世界をリードしていくためには、海外展開を視野に入れた再生医療研究開発と、公的保険財源の限界をふまえた医療費負担の議論が欠かせないことを強調した。海外展開に向けては「自己由来iPS細胞の樹立、細胞製品の特性に適した薬事評価・審査方法の確立、アジア・オセアニアを含む規制の国際調和の推進が欠かせない」と述べた。また、医療費負担では「民間保険の活用も考慮するとともに、事業化後の開発投資を回収できるよう現行の保険適用を前提としない先進医療に類似した新制度の創設」について提案した。

日本の再生医療スタートアップの海外進出や資金調達を議論した

細胞の治癒能力を強化
国産再生医療技術の海外展開

続いて、日本発の再生医療のグローバル展開をテーマにしたパネルディスカッションの第1部を開催した。まず、アカデミアを代表して日本再生医療学会理事長の岡野栄之氏が、2021年に慶應義塾大学病院で世界初の脊髄損傷患者へのiPS細胞由来神経前駆細胞移植を実施したことを報告。さらに治療の難易度の高い慢性期脊髄損傷への医師主導治験を近く開始予定であることについても触れた。「遺伝子を導入して機能をアップさせるとともに、遺伝子治療やゲノム編集などの技術を駆使し、神経系のみならず全ての臓器において今の治療能力をさらにパワーアップさせるなど、より高いところを目指していきたい」と述べた。

岡野 栄之 日本再生医療学会理事長

再生医療の実用化を目指すベンチャー企業からは、Heartseed株式会社取締役COOの安井季久央氏が、iPS細胞を用いて分化誘導した心筋細胞そのものを移植して心筋の再筋肉化を目指し、2023年2月に治験1例目の患者へ投与を実施したことを報告。「競争力を持ったアカデミアのシーズをしっかりと開発品として磨き上げることがスタートアップの役割」と述べた。そのうえで、輸出産業として確立するためには「治療効果、安全性を確立し、グローバルなガイドラインに則った、標準治療として位置付けられるような治療にまで仕上げていきたい」と述べた。

安井 季久央 Heartseed株式会社取締役COO

また、経済産業省商務サービスグループ生物化学産業課課長の下田裕和氏は、アカデミアの研究を実用化する際に品質の高い細胞を安定的に大量培養することが難しい点に触れ、「安全性を確認できても有効性の証明が困難となるケースが多いことから、各種データを蓄積して分析できる環境を創っていくことが必要」と述べ、「さまざまなサプライチェーンのメーカーが持つ培養に関するデータから、医師が手術を行いどんな時に効果が出たのかといったデータまでを一元的に蓄積し、活用できる環境を作る」と述べた。

下田 裕和 経産省生物化学産業課課長

海外展開については、安井氏は資金調達が大きな壁になっていると指摘した。「初期的な有効性・安全性が確認でき、開発成功確率が高まっていても、企業価値が大きく高まる第2、3相試験の完了までに必要な大規模な資金を確保することが日本では困難である」として、臨床後期の支援の必要性を訴えた。

これに対し下田氏は、リスクマネーの円滑な供給が将来の発展のキーになると指摘した。「再生医療スタートアップが大きなエグジットを生むには、国内で株式公開を目指すだけでなく、海外展開・承認も支援でき、国内の企業とのM&Aを仲介できるようなVCを育てていく必要がある」と、スタートアップ企業を取り巻くエコシステムを高度化する重要性について述べた。

岡野氏は市場の出口として、「ヨーロッパよりも人口の多い東アジアでいかにリーダー的な役割を果たすかが大事になってくるのでは」との見解を示した。日本再生医療学会では韓国、中国、シンガポールと連携して学会をつくり、日本が主導的な役割を果たしている。また台湾においては日本と同様の法整備が進んでいる状況だ。「日本で作られたものがそのまま輸出できる環境をつくっていくことも併せて進めていきたい」と展望を話した。

レギュラトリーサイエンスを強化
国内での実用化の方向性を探る

パネルディスカッションの第2部では再生医療の実用化、国内での実装の道筋を議論した。医薬品医療機器総合機構(PMDA)理事長の藤原康弘氏は、初めに再生医療の開発の現状について報告した。新規医薬品の海外と国内の承認状況を比較すると、新しい製品ほど日本が後れを取っている。「その中で、再生医療等製品のうち特に細胞医療の関連製品については日本がまだ国際競争力を維持しており、ここを強化していくことが重要」と指摘した。

藤原 康弘 医薬品医療機器総合機構(PMDA)理事長

持続可能な再生医療の実用化、産業化の実現のために必要なことについては、「日本の薬事制度について海外に発信し、レギュラトリーサイエンスの領域で世界を引っ張ること。有効性が推定され、安全性が確認されれば承認する『条件及び期限付承認』の制度運用をしっかり行うこと」を挙げ、「海外が日本をどう見ているかという視点で考えてほしい」と述べた。

国内における医療産業育成にはレギュラトリーサイエンスの深化が欠かせない

同じ論点について、再生医療イノベーションフォーラム(FIRM)代表理事会長の志鷹義嗣氏は「研究開発を行い安全性が担保されたマテリアルを製造し、治験で有効性を含む価値を証明の上、患者に新たな治療を提供し、提供したイノベーションを適切に評価して価格を付け、投資の回収を行い次のメディカルニーズを満たすための研究開発に再投資をしていく、というサイクルが回転することが必要」と話した。

志鷹 義嗣 再生医療イノベーションフォーラム(FIRM)代表理事会長

このサイクルを回すためには、①スタートアップ企業に対し資金面、レギュラトリーサイエンスなどの面で支援するエコシステムの構築、②再生医療等製品の多様性に則した規制、③患者に対する治療効果だけでなく、介護者の負担減、経済的利益など多様な価値に対する評価の確立の3点の実現が必要だと同氏らはいう。特に価値の評価については「再生医療の場合、1回の投与で年単位、場合によっては10年を超えるような薬効が出るところが大きな特徴。そこを評価できる制度が必要」との見解を示した。

また、慶應義塾大学経営管理研究科教授の後藤励氏は医療経済からの視点を提供。「従来、医療の価値は患者の健康改善が中心だったが、患者の家族の健康、看護や介護の時間の減少、医療技術全体の発展への寄与といった価値についてどう考えるかを議論すべき」とした。欧州では非常に高額な治療で費用対効果が悪かったとしても、重症で他に治療の選択肢がない疾患についてはエビデンスがあれば公的医療で賄っていることも紹介し、公的医療で賄うかどうかは価値に応じてメリハリをつける必要性を説いた。また、「効果のレベルによって価格を変化していくような柔軟な価格付けも大切だ」と力説した。

後藤 励 慶應義塾大学経営管理研究科教授

日本総合研究所理事長の翁百合氏は、社会保障の観点から「本来、大きなリスクへの対応である医療保険制度の性格や、価値ある医療、イノベーションを評価する必要性を考えれば、再生医療も公的医療保険の適用とすることが望ましい」としながらも、「極めて高額ゆえにすべての保険収載は難しい可能性が高いことを考えると、必ずしも短期間で保険適用を目的としないが、安全性と一定の有効性の審査を通ることを条件とする新しいタイプの保険外併用療養費の制度を検討することも必要ではないか」と述べた。そうした新制度は患者や保険者の負担の軽減のみならず、ドラッグロスの対策、医療の質の確保という観点からもメリットがあるという。さらに「民間保険の発達も個人の負担をサポートする上で望ましい」と付け加えた。

日本総合研究所理事長の翁百合氏はキーワードとして「イノベーション」を選んだ

4人のパネリストは最後に、それぞれキーワードを選び、将来の再生医療への期待を語った。「納得と説得」を挙げた藤原氏は、「日本のエビデンスを世界の方々に納得してもらえるように説得を心がけてほしい。またそのためにはエビデンスの構築が欠かせない」と述べた。翁氏は「イノベーション」を挙げ、「成長にはイノベーションが大事で、再生医療はまさにその典型。プライシング、スピード、質を担保して早く患者に届けられる制度をしっかり構築してイノベーションを促してほしい」と期待を語った。後藤氏は「経済成長と制度のバランス」を挙げ、「医療経済というとどうしても医療費を抑制するものと思われがちだが、新しい再生医療のような技術にたくさんの企業とお金が集まり、経済成長につなげることも大事。持続可能な制度づくりとの最適なバランスを皆さんと見つけることができれば」と述べた。

「ゲームチェンジャー」をキーワードに挙げた志鷹氏は、「患者さんの臨床的な価値という点においては、これまで治療できなかった病気に対する非常にパワフルなモダリティとなっています。さらに、日本の経済を活性化する意味においても、再生医療にかかわる皆にゲームチェンジャーになっていただきたい」とコメントした。

2012年に、京都大学教授(当時)の山中伸弥氏が成熟細胞のリプログラミングに関する研究の功績でノーベル賞医学・生理学賞を受賞して10年以上が経過した。日本の再生医療は、ようやく事業化が進んできた状況にある。古川氏は、研究会を締めくくるあいさつとして「この先10年は産業化を進めていかなければなりません。そのためにはiPS細胞を使った治療開発について適正なターゲットを選ぶとともに、日本においてその実装を進める必要があります」と語った。そのために国も積極的な支援を行い、10年後、20年後には再生医療が普通の治療になっていること、また日本から新しい製品が世界に向けて生まれていく状況を目指していく。