日米首脳夕食会を支えた2人の院生 食の事業構想で地域を元気に

アメリカのバイデン大統領の来日に際して催された日米首脳非公式夕食会。日本的なおもてなしで好評を得た夕食会であったが、その裏方を支えた2人の事業構想大学院大学の院生がいた。

八芳園内の料亭壺中庵で開催された日米首脳非公式夕食会(2022年5月23日)提供:外務省

5月23日夕方の東京・白金台。厳戒態勢のなか、約50台の車列が日本庭園の中に入っていった。八芳園は、江戸時代初期に大久保彦左衛門の屋敷があった場所で、明治以降、渋沢栄一の従兄弟の渋沢喜作、日立グループ創業者の一人とされる久原房之助へと受け継がれ、1950年には、「四方八方から眺めて美しい」ということに由来し、「八芳園」と名付けられて、現在のオーナーである長谷家に受け継がれている由緒ある場所である。

夕食会場となった八芳園の井上義則取締役社長は、事業構想大学院大学福岡校に通う社会人院生でもある。

「八芳園というと結婚式場のイメージをお持ちの方が多いと思いますが、近年はMICEにも非常に力を入れております。東京オリンピックにむけた内閣官房のホストタウン活動に携わったり、国際会議、企業イベントの開催、インバウンドの受け入れを積極的に行っています。海外からのお客様をおもてなしする際に、日本らしさを感じていただけるように意識しています。全国各地には、こだわりをもって生産している食材がたくさんあります。それらがストーリー性をもって伝わるように心がけています」と井上社長。

全国各地の食材でおもてなし

夕食会のメニューは和洋折衷で、乾杯は岸田総理の地元・広島レモンの果汁を使用したレモンサイダー。魚料理の信州サーモンは、長野県水産試験場が約10年かけて開発した養殖専用のサーモン。徳島県産のじゃがいも、しょうが、ニンジンなども使われている。そして甘いものが大好きなバイデン大統領のために出されたのが、「宮城県名取市から届いたジェラートたち」であった。

日米首脳非公式夕食会メニュー(抜粋)

 

名取市のジェラート専門店「Natu-Lino(ナチュリノ)」を経営するのが、図南商事2代目の鈴木知浩社長。鈴木氏は4月に開校したばかりの事業構想大学院大学仙台校に在籍する第1期生でもある。

デザートに出された「ナチュリノ」のジェラート

「夕食会10日前の5月13日に突然、外務省北米課から電話がありました。海外からのお客様をおもてなしするために使いたいので冷凍便で東京の八芳園に送ってほしいという内容でした。これまで外務省さんとはまったくご縁もなく、うちのジェラートを召し上がるお客様は誰かも聞けませんでした。そうこうしているうちに、新聞でバイデン大統領の夕食会場が八芳園であることを知り、これはもしかして?とはじめて気がつきました。そのあとは、地元のテレビ局全社と新聞社から取材され、てんやわんやになりました。うれしかったのは、地元の皆さんが私達Natu-Linoを名取市の誇りだと言って喜んでもらえたことです。テレビのキャスターも宮城県産のジェラートが提供されることは名誉でうれしいことですと言っていただいたことが何よりでした」と鈴木社長。

震災を乗り越えて

八芳園の井上社長とナチュリノの鈴木社長はお互い面識はなく、同じ大学院に通っていることも知らなかった。

バイデン大統領は、副大統領時代の2011年に名取市を訪問しており、そうしたことも今回のジェラートの提供につながっている。

山田 司郎名取市長(前列中央)、鈴木 知浩氏(後列右)、井上 義則氏(後列中央)。名取市役所にて

「図南商事は父がアイスクリームなどの冷菓を東北各県に卸売する会社として創業しました。仙台空港の近くにあり、大震災の津波ですべてを失い、大切な社員4名が犠牲になりました。そして震災を機に父から私にバトンタッチされました。震災で何もかも失った状態でしたが、世の中は自分の会社がなくても何事もないように回っている。それを見て、地域の人々を笑顔にできる事業をしたいと思い、今のジェラートの製造販売事業を立ち上げました」と鈴木社長。

資金力もなく、利便性の高い場所はどんどん押さえられてしまう。ようやく知人の紹介で見つけた現在の店舗物件は、田んぼの真んなか。銀行からはここだと絶対に失敗しますと忠告されたという。それでも、ナチュリノはこだわりの地元食材を使い評判を呼んでいった。

「生乳は搾乳ではなくお母さん牛が自ら出しているお乳を採乳する方式で集めています。 牛にストレスを感じさせない採乳方式で集めた生乳はお母さん牛が子牛にあげる様な優しい味がします。毎朝、車で宮城県内の山あいの色麻町(しかまちょう)まで取りに行き、その日の内にジェラートに加工しています」と鈴木社長。

食を通じた事業構想を

八芳園の井上社長は、2021年秋に社長に就任した。

「オーナー以外で社長に就任したのは八芳園の歴史で初めてです。社長として目先のことだけでなく、数十年先に思いを馳せて、歴史と伝統を受け継ぎ、そしてバトンタッチすることが重要と考えました。そのためには小手先ではない事業構想が必要と思い入学しました。同じ港区内に東京校があるのですが、あえて子供の頃に過ごした福岡の校舎に所属してオンラインを活用しながら、リアルでも通っています。八芳園のある白金台のプラチナ通りに、 ポップアップ型ショールーム、MuSuBuを開設して、フード開発を中心とした企画から、デザイン、映像制作、イベントプロデュース、オペレーション、販売まで、ワンストップで提供しています。その際に地域から都市を見る視点で構想を深めていきたいと考えています」と井上社長。

バイデン大統領非公式夕食会と事業構想大学院大学を縁に知り合った井上氏と鈴木氏は、食を通じた都市と地域を結ぶ新たな構想を考え始めている。また、ジェラートは名取市のふるさと納税の返礼品にも採用されている。今後、地元の宮城県農業高等学校とも連携した取り組みを検討する予定。これからの構想の発展が期待される。