社会的意図を発信へ サステナビリティ経営のこれまでとこれから

CSRやサステナビリティの考えが企業成長に不可欠になった今、広報の役割とは。広報のプロフェッショナルを育成する、社会情報大学院大学 広報・情報研究科の伊吹英子特任教授と、橋本純次専任講師が大学院での学びや、広報のプロフェッショナルの役割について語り合った。

(左から)社会情報大学院大学 橋本純次専任講師、伊吹英子特任教授。

サステナビリティ経営と広報

橋本 伊吹先生は2000年頃から企業のサステナビリティ経営やCSR経営に関する戦略策定のコンサルティングに取り組んでおられますが、これまでの約20年間でそういった概念の捉えられ方はどのように変化してきたのでしょうか。

伊吹 1990年代は事業と社会貢献が明確に切り分けて捉えられていましたが、2003年の「CSR元年」以降は、CSRと事業と経営を一体的に捉える視点が生まれました。しかし、各社にCSR担当部署が設置されたことで皮肉にも経営や事業とCSRの接合が実体的にはうまくいかなかった、というのがそこから10年くらいの出来事です。そのあと、投資家をはじめステークホルダーの考え方が変わってくるなかで、CSRやサステナビリティを前提に据えなければ企業は成長していけない、という共通認識が構築されつつあるのがいまの状況です。

図 広報担当者に求められる能力

 

橋本 各社がCSRを経営や事業に取り入れるなかで、広報部門の役割はどのように位置づけられるのでしょうか。

伊吹 まず、CSRをどの部署に紐付けて設置するかというのは企業によって異なります。たとえばコンプライアンスの観点からCSRを重視する場合には総務部に置かれる場合もありますし、経営計画のなかで戦略的にCSRに取り組む場合は経営企画部に置かれることもあります。そのなかで、CSRやサステナビリティを広報戦略として活かしていこうという意図を持っている企業は同部署を広報部門のなかに設置する傾向があるかと思います。CSRはただ取り組むだけではなくて、それを社会に発信してはじめてブランディングや社会的評価に結びつくものですので、そういう意味では外部発信も重要な要素ですし、他方では「何のために取り組んでいるか分かりづらい」側面もあるため、社内への浸透を効果的に図ることも重要です。モチベーションやエンゲージメントの向上に資することからも、広報部門の役割は大きいといえます。

大局的な成長戦略

橋本 最近の若年層はサステナビリティへの感度が高いことが指摘されていますが、これはどうしてなのでしょうか。

伊吹 高度経済成長が一段落して地球環境問題への関心をもつ余裕ができたということと、学校教育でSDGsのような事柄を扱う機会も増えていますので、そういったものに影響を受けているのかもしれません。そのなかで「従来のビジネスモデルや企業のあり方では立ちゆかない」というような問題意識も芽生えています。

橋本 とはいえ、経営者のなかには「CSRを成長戦略のなかで位置づける」ことの実感がわかない方もいらっしゃるのではないでしょうか。

伊吹 そういった経営トップの方はたいへん多くて、その理由はこれまでの経営管理のサイクルがCSRやサステナビリティのサイクルと異なる点に起因します。後者はより長期的な戦略として機能するものですので、従来の考え方に依拠すると納得しづらいのですね。近年では、こうした観点から経営管理の方法自体を変えていく必要があるという危機感も徐々に浸透しつつあります。重要なのは「時間をかけて繰り返し議論をする」ということです。関心の高い企業や、外部環境の変化によって事業ポートフォリオを変革する必要がある企業などではそういった議論が先行して始まっています。

橋本 SDGsの国内での定着度についてはどのように評価されていますか。

伊吹 各社における事業との紐付けや情報発信も含め、徐々に普及していると思います。一方で、本来はSDGs達成に向けた事業やサービスを「社会的な意図を持って展開する」ことが肝要なのですが、現状は「従来の事業が結果的にSDGsへの貢献に繫がっている」という段階で留まる例が多くみられることは課題だと考えています。今後は「SDGsの達成を意図したビジネス」の領域がさらに広がっていくことに期待しています。

橋本 結果論的な視点だと「新しい事業」や成長戦略まで繋がらないということですね。ほかに国内企業が改善すべき点はありますでしょうか。

伊吹 現状では、対外的な発信と対内的な発信の双方が不足していると考えています。CSRやサステナビリティの文脈では、前述の通り経営管理の方法を変えていくことも重要ですが、こうした取り組みの重要性に関する社内外への浸透活動も継続して実施する必要があります。

専門職大学院とCSRの学び

橋本 CSRやサステナビリティのようなテーマを大学院で学ぶことの意義はどのような点にあるとお考えでしょうか。

伊吹 大学院の授業は多様な業界で働く社会人学生が双方向で対話をしながら進行していきますので、そのなかで様々な気づきや刺激を得られます。CSRを推進していく際には、社内からの反対など、様々な壁にぶつかります。そういった困難や解決のための工夫を授業のなかで共有することで、実務に役立つ手がかりを見つけることもできます。

橋本 広報・情報研究科では「広報のプロフェッショナル」を養成していますが、伊吹先生のお考えになる「広報のプロ」とはどのような人でしょうか。

伊吹 事業環境の不確実性が高まるなかで、時代の変化を見定めつつ、多様な観点でバランスをとりながら広報業務に取り組む人材が「広報のプロ」といえるのではないでしょうか。

 

伊吹 英子(いぶき・えいこ)
社会情報大学院大学 特任教授

 

橋本 純次(はしもと・じゅんじ)
社会情報大学院大学 専任講師