『シン・危機管理』 求められる危機管理のアップデート

遅れる企業のBCP策定

VUCAの時代と言われる現在、組織が非常事態に備えるためのBCP(事業継続計画)の重要性が高まっている。地方公共団体におけるBCP策定率(2022年3月時点)は都道府県100%、市町村97.2%と高水準にあるが、一方で企業では、大企業70.8%、中堅企業40.2%にとどまっている(令和4年版防災白書)。仮に策定済みだとしても、気候変動や地政学リスクの高まり、サイバー攻撃の激化、テクノロジーの急速な進化などの最新のリスクトレンドに対応したBCPを策定できている組織は限られるだろう。

最新のBCPから危機管理の未来までを解説した本書は、「危機管理という概念を大きくアップデートするべき時期に来ている」と強調する。著者の根来諭氏は、AI×防災スタートアップとして注目を集めるSpectee(スペクティ)のCOO。ソニーでエンタメやロボット、エネルギーなどの幅広い事業を担当したあと、2019年にSpecteeに参画。SNSや気象データ、カーナビ情報、道路カメラ等のデータから災害・リスク情報を解析して被害状況の可視化や予測を行うサービスを自治体や企業に提供している。

オールハザード型BCPへ

第一部ではBCPの意義や、具体的な策定および運用方法を解説。従来のBCPは、「地震が起きたら」「サイバー攻撃が起きたら」と被災シナリオごとに対応策を用意するシナリオベース型が一般的だが、根来氏はオールハザード型BCPへの転換の重要性を指摘する。オールハザード型は、危機によって「結果として生じる事象」に着目し、要員の不足や工場の操業停止、停電などの経営リソースの毀損をBCPの出発点とする。これにより、シナリオにないような想定外の危機が発生した場合にも対応が可能になるという。

第二部は「一歩先の事業継続」をテーマに、パンデミック対応や最新の危機管理フレームワークなどのトピックスや、地政学リスクをBCPに落とし込む手法、BCPからレジリエンス経営への発展、サプライチェーン・リスクマネジメントなどを解説している。

そして第三部では「危機管理の未来」と題して、最新のテクノロジー等を活用した危機管理DXの重要性を解説している。SNSやカメラ、ドローン、各種センサーを通じて捉えた情報を統合することによる「現在の可視化」に加えて、AIと5G、IoTをかけ合わせて、水害や感染症などの進行型危機事象の状況を予測する「未来の可視化」も今後は可能になってくる。さらに、サイバー空間でのシミュレーション等を活用した「データ駆動型危機管理」の実現可能性にも触れている。

本書は、民間企業の危機管理担当者や経営者、自治体の災害対策従事者に対して、危機管理をアップデートしていくべき方向性を提示してくれる。

 

『シン・危機管理 企業が“想定外”の時代を生き抜くには』

  1. 東浦 亮典 著
  2. 本体1,500円+税
  3. ワニブックス
  4. 2022年12月

 

今月の注目の3冊

“捨てるもの”から
ビジネスをつくる

  1. 山上 浩明 著
  2. あさ出版
  3. 本体1,600円+税

 

アップサイクルやサーキュラーエコノミーが事業開発における重要なキーワードになっているが、本書はその先進的な事業モデルを学べる一冊だ。著者の山上浩明氏はソフトバンクを経て家業の山翠舎を承継。2021年に事業構想大学院大学で事業構想修士を取得し、現在、空き家となった古民家などの社会課題解決を目指して新規事業を展開している。

古民家は沢山の良質な木材を使って建てられるが、何らかの理由で管理ができなくなった古民家が続々と取り壊されている。山上氏は、古民家や古くても良質な木材=古木を救い出し、建築物として再利用する循環型ビジネスを考案。古民家を解体して古木を買い取り飲食店内装などの施工に活かしたり、古民家の移築再生、古民家サブリースなどの事業を展開している。山翠舎の戦略と構想がまとめられた本書は、多くの事業構想家にヒントを与えてくれる。

 

組織の経済学のフロンティア
と日本の企業組織

  1. 新原 浩朗 著
  2. 日本経済新聞出版
  3. 本体3,800円+税

 

組織の経済学(Organizational Economics)は、企業組織を経済学で分析し、経営学(非経済学の組織論)とは異なるアプローチで、組織において問題が発生するメカニズムや問題解決のための組織デザインを解明しようという営みだ。国内ではまだ研究者が少ない学問領域であるが、本書は組織の経済学の理論的解説と日本企業への応用を目指した意欲的な一書だ。

著者は30年以上にわたって経済産業省で政策の企画立案に携わる傍ら、ハーバード大学経済学部客員研究員なども務めるなど、経済学の専門知識と企業組織の実務的知見の両方を備えた人物。本書は、組織デザインへの応用が期待されるイノベーションやリーダーシップなどに関する理論を体系的に解析したA章と、それを用いてシャープやソニーなどの日本企業への事例研究を行ったB章という構成となっている。

 

コミュニティを変える
アクションリサーチ

  1. ランディ・ストッカー 著
  2. ミネルヴァ書房
  3. 本体5,000円+税

 

人口減少によるコミュニティ衰退や、地方分権下の自己決定という政治的・社会的な文脈のもと、日本各地で地域コミュニティの開発や活性化に向けたリサーチが行われるようになった。

本書は、コミュニティを変えるリサーチ、しかもコミュニティの住民自身がその成果を活用できるリサーチを行うことを促すための教科書だ。

ウィスコンシン大学などで長く地域の協働プロジェクトに携わってきた著者は、まちづくりのプロセスを診断・処方・実施・評価という4つの段階で捉えるモデルを提案。それぞれの段階でコミュニティの人々の主体的な参加をいかに組み込むか、実践の中で発生する課題等にいかに対処するかを、自身の経験も紹介しながら具体的に解説している。

行政職員やNPO、地域コミュニティに携わる事業を行う人に手にとってほしい一冊だ。