菊池製作所が描く「ものづくり×ベンチャー支援」の未来 一括受託と産学連携で地域と日本を動かす

株式会社菊池製作所 代表取締役社長 菊池 功氏

日本のものづくり産業が転換期を迎える中、一つの町工場から始まった企業が、大学発ベンチャーを支える“日本初の専門商社機能”として注目を集めている。株式会社菊池製作所──設計から量産まで一括一貫受託する独自の体制で大手メーカー60社以上と取引し、全国50大学との産学連携でベンチャー支援に挑む。創業から55年、81歳を迎えた菊池功社長が描く、地域から日本を動かすイノベーション・エコシステムとは。

父ちゃん母ちゃんから始まった町工場──創業の原点と精神

東京都八王子市で誕生した菊池製作所のスタートは、創業者・菊池功氏とそのご家族による“父ちゃん母ちゃん工場”だった。20代半ばでの創業は、当時としては異例。「どこかの会社に入っても、やりたいことができなければ意味がない。だったら自分でやってみよう」と、一念発起して立ち上げた。

創業当時は、日本が高度経済成長期を迎えた時代。製造業界では“いち早く市場に製品を出せば勝てる"という風潮があった。製品開発や試作が次々に発生し、スピードと精度が求められる状況で、菊池製作所は“ものづくりのラストワンマイル”を担う存在として台頭していく。

「営業は私、製造は妻が担っていました。とにかく手を動かし、信頼を積み重ねていくしかない時代でしたね」と、菊池氏は振り返る。

「お父さんは何を作ってるの?」──問いから生まれた自社製品の夢

長年にわたり、多種多様なメーカーの試作開発を一手に引き受けてきた菊池製作所。しかし、社員からある日ふと漏れた言葉が、転機となる。

「子どもに“お父さんはどんな製品を作っているの?”と聞かれて、答えられなかったんです」。

カメラ、携帯、プリンター、自動車……多様な製品に関わってきたが、どれも裏方の仕事。会社として誇れる“自社プロダクト”がないことに気づき、産学連携による独自事業の開発に乗り出す。これが、全国の大学との連携によるスタートアップ支援型プラットフォーム形成の始まりだった。

現在では、東京大学、東京科学大学(旧・東京工業大学)、東京理科大学、芝浦工業大学など、全国50を超える大学と連携し、研究成果の社会実装を推進する体制を整えている。

一括受託体制が生むスピードと信頼

菊池製作所の大きな特徴は、設計から試作、部品加工、量産、組み立て、保守対応までをワンストップで提供する“一括一貫受託体制”にある。一般的な製造業では、開発と製造、量産と保守といった工程が分業化されているが、同社はあえてそのすべてを内製化している。

「専門分業では見えづらい“つながり”を大切にしたいんです。設計と製造を切り離すと、素材選定や構造設計の最適化が難しくなる。一括で受けるからこそ、トータルでの提案力とスピードを実現できる」。

この体制は、大手メーカー各社から高く評価され、現在ではオリンパス、キヤノン、ソニー、コニカミノルタなど、国内外の大手企業60社以上と取引がある。

産学連携の具体的成果事例──イノベーションを支える仕組み

菊池製作所の産学連携は、単なる共同研究にとどまらない。東京理科大学 小林宏教授が開発した「マッスルスーツ」を、同社が製造パートナーとして製品化を支援したことは、その代表例だ。人工筋肉と外骨格を組み合わせた世界初のフィジカルアシスト装置として、累計出荷台数は世界No.1の35,000台を達成している。

東京大学発ベンチャーの株式会社SOCIAL ROBOTICSが開発する「BUDDY」は、カスタマイズ可能な配膳ロボットとして医療・介護分野で活用されている。WALK-MATE LAB株式会社(東京科学大学〔旧・東京工業大学〕発)の歩行支援ロボット「WALK-MATE ROBOT」は、リズム同調により歩行を促進するシステムとして、ANAと東京科学大学との四国での実証連携に発展している。

これらの成果は、菊池製作所が提供する「設計から量産まで一括受託」の強みと、「ベンチャー専門商社機能」の両輪によって実現されている。技術的に優れた大学発ベンチャーの多くは、販路や保守、信用面でのハードルが高い。そこで同社は総代理店となり、販売から保守、金融機関との橋渡しまでを担う体制を構築した。

浜通りで挑む“第二の創業”──地域再生と産業創出

2011年の東日本大震災は、菊池氏にとっても大きな転機だった。福島県飯舘村にあった製造拠点は、原発事故によって避難対象地域となり、社員の多くが散り散りになった。

「若い人は戻ってこない。生活基盤が変わってしまった以上、無理に引き戻すことはできません」。そう語る一方で、「ならば新しい産業と雇用をこの地に生み出そう」と決意し、浜通り地域での再出発を図った。

2016年には福島県南相馬市に産学連携拠点を設置し、震災からの地域再生に向けた取り組みを開始した。さらに2024年には福島市内に「おおざそう研究所」を開設し、ロボット研究開発の新たな拠点として稼働している。これらの取り組みにより、地域に新たな産業と雇用を創出する体制を整えてきた。

福島での取り組みは、単なる工場再建ではない。福島イノベーション・コースト構想の下、福島ロボットテストフィールド等の拠点整備と連携し、産業集積の実現、教育・人材育成に向けた取組を進めており、地域全体のイノベーション・エコシステム構築を担っている。

ベンチャーを支える“日本初の専門商社機能”

産学連携によって生まれたスタートアップ製品の多くは、技術的には優れていても、販路や保守、信用面でのハードルが高い。そこで菊池製作所は、自社が総代理店となり、販売から保守、金融機関との橋渡しまでを担う体制を構築した。

「マーケットがなければベンチャーは育たない。だから私たちが営業も販売も請け負う。販路がつくれないと製品は埋もれてしまいますから」。

さらに、約30億円規模のベンチャー支援ファンドを組成し、現在は15社に投資。シード期からの投資とハンズオン支援により、育成から拡販、海外展開まで一貫したサポートを行っている。ファンド投資とは別に、同社が支援・連携しているスタートアップの中には、自社製品を持ちながら販路課題を抱える企業も多く、専門商社機能が重要な役割を果たしている。

この仕組みは、「日本初のベンチャー専門商社」として、既存の流通・販売システムでは対応が困難だったベンチャー企業の市場参入を可能にしている。

次世代に託す構想──“挑戦する社会”の実装へ

81歳を迎えた菊池氏は、今後のバトンタッチも見据える。だが、「この産学連携とベンチャー支援の仕組みだけは、何としても続けたい」と語る。

「若い人は肌感覚で次の産業が何かが分かるんですよ。我々には分からない。だから彼らの挑戦を後ろから支える存在でありたい」。そう語る菊池氏の眼差しは、5年後、10年後の日本を見据えている。

当面の目標として、現在30社のベンチャー支援を100社規模に拡大し、福島を中心とした東北でのロボット・ドローン産業集積を完成させたいという。「福島だけでなく、全国の地方大学との連携を200大学規模まで広げて、日本全体でベンチャーが育つ土壌を作りたい」。

特に力を入れたいのが、グローバル展開だ。「日本の技術は世界で通用する。でも、マーケットを作るのが下手なんです。だから私たちが先頭に立って、海外に販路を開拓していく」。

「ベンチャーを支える社会インフラは、日本にはまだ足りない。だからこそ、私たちのような中小企業が、マーケットの出口を担う仕組みを実装する必要があるんです」。

菊池氏が描く10年後の姿は明確だ。「全国に産学官連携のプラットフォームを展開し、地方から新しい産業が次々と生まれる。そんな日本にしたい。私はあと何年できるか分からないが、この仕組みは必ず次の世代に引き継ぐ」。

その思想は、技術者や大学教授との信頼に支えられ、次の世代へと受け継がれていく。

菊池製作所が築いた産学連携とベンチャー支援のモデルは、地方から日本全体のイノベーション創出を支える新しい社会インフラとして、その真価が問われる時代を迎えている。

代表取締役社長 菊池 功氏
代表取締役社長 菊池 功氏