全てが規格外の表現者 マイケル・ジャクソン

歴史上、数えきれないほどのイノベーションを起こしてきた「アーティスト」という存在。その作品と活動の変遷を辿りイノベーションの本質に迫る。第1回は誰もが知るスーパースター、マイケル・ジャクソン。彼の表現の根底にはイノベーションに必要不可欠な要素があった。

イノベーションのキーワード

King of Popことマイケル・ジャクソン(1958~2009年)ほど、ポピュラーミュージックにおいて破壊と創造を体現してきた人はいないでしょう。5作目のアルバム『Off The Wall』に始まり、「史上もっとも売れたアルバム」と評される『Thriller』やそれに続く『Bad』など、彼のキャリアは破壊的なコラボレーションとイノベーティブな創造の軌跡といえます。本稿では彼の活動を振り返り、イノベーションのキーワードであるコラボレーションと社会課題について見ていきます。

人を巻き込む天才

マイケルの最初の破壊的コラボレーションは1979年に発表した『Off The Wall』です。彼の革新的だった点は、まずジャンルを超えた天才プロデューサーを起用したことでした。そのプロデューサーはクインシー・ジョーンズ(1933年~)。日本でも『愛のコリーダ』などでヒットを飛ばしているR&B界の大物です。マイケルが狙ったのはクインシーというジャンルを超えた天才プロデューサーとのコラボレーションによるアイドルポップからの脱却でした。その狙いは見事に成功し、後に続く究極ともいえるコラボレーションがここから始まりました。

人は誰しも、自らを変えようと思っても、身に染みついたものを変えることは難しい。マイケルの場合はそれがアイドルポップでした。しかし誰かと一緒なら変えられる。マイケルは人を巻き込んで新しいものを取り込み、生み出していく天才でした。その後も多額の予算をかけた『Thriller』のミュージックビデオや、本物のギャングを起用した『Beat It』など、彼の快進撃は続きます。そんな彼が人種差別に深く切り込んだ作品があります。 それが4thアルバム 『Dangerous』 に収録されている 『Black or White』です。

黒と白、光と影

『Black or White』はこれまでのマイケルが持つR&Bのイメージとは少し違う、爽やかなロックサウンドを鳴らしています。新たなプロデューサーと手を組んだマイケルの、音楽に対する強い探究心の表れがうかがえます。また、プロモーションビデオではモーフィングという技術が使われ、さまざまな人種の男女の顔が次々と入れ替わっていきます。「世界中の人たちがひとつになる」 というメッセージを印象的なビジュアルで表現しました。

ここで終わればポップなメッセージソングですが、このプロモーションビデオは曲が終わった後も続きます。「パンサーコーダ」 と呼ばれ、アメリカでは抗議が殺到し、カットされたというものです。

内容は、アメリカの過ちとして人種差別をする集団の名前や差別用語が書かれた車や看板を破壊しながら、マイケルがひたすらソロでダンスをするというもの。平等と口では言っても、簡単なことでも綺麗なものでもない。そんな怒りを爆発させています。

そもそもこの曲ができたのは、白人の妻と生まれたばかりの子どもと一緒に出掛けたときに、すれ違った人から「(赤ん坊の肌は白いけど)あなたの子どもなの?」と言われたことがきっかけという逸話があります。そういう意味で、サウンドだけではなくマイケルの精神面が色濃く反映されている傑作です。

彼が多くの人に支持されたのは音楽の素晴らしさはもちろんですが、社会課題に対する真摯な姿勢があったからだと思います。1970年代から90年代まで、ここまで多様な人とコラボレーションを重ねたアーティストは、彼のほかにはいないでしょう。

天才アーティストの革新的な作品を生む思考をビジネスの発想にどう繋げるか、本連載ではこれからの時代に求められるイノベーションの思考法を紹介していきます。

In a world filled with despair, we must still dare to dream.
And in a world filled with distrust , we must still dare to believe.

絶望に満ちた世界にあっても、
あえて夢を追わなければならない。
不信に満ちた世界にあっても、
あえて信じなければならない。

マイケル・ジャクソン

 

松永 エリック・匡史(まつなが えりっく・まさのぶ)
青山学院大学地球社会共生学部 学部長 教授