価値観をアップデートし、社会の変化に対応 行政広報担当者の事例

広報プロフェッショナルを養成する社会構想大学院大学 コミュニケーションデザイン研究科。今回は、自治体の広報担当者が、専門大学院で2年間学び直すことでどのような変化が起きたのかを紹介する。

仕事の「行き詰まり」と大学院

コミュニケーション戦略を専門とする国内唯一の専門職大学院「社会構想大学院大学 コミュニケーションデザイン研究科」の社会人院生は、日々「コミュニケーションの本質」を捉えるための学びに取り組んでいる。ESGやSDGsをはじめとする新たな価値観に対応するためには、コミュニケーション担当者自身が新たな考え方を身につけ、それを組織に実装するプロセスが必要不可欠だ。今回は本研究科の修了生の事例を紹介する。

広報担当者として市役所に勤務する松木喜伯さんは、職場から大学院への派遣制度を案内され、入学を決意したとき、「自治体経営の行き詰まりや限界」を感じていたという。「人口が減り税収が減り、地域課題や住民ニーズが多様化するなかで、なかなか行政単独でものごとに対応することが難しくなっていると感じていました。今後もこれまでの成功体験や従来の組織体制では立ちゆかない状況が増えていくとすると、新しいことを学んだり、新しい人たちとのつながりを得たりすることが必要なのではないかと考えてチャレンジすることにしました」

異なる価値観を持つ他の社会人院生とのディスカッションは、物事を多角的に考えることにつながる。

価値観が変わった2年間

本研究科には、企業のコミュニケーション担当者(広報・マーケティング・経営企画・社長室など)のほか、公共団体やNPO・NGO、ほかにも多様な属性・年代の院生が所属し、学び合っている。2年間の大学院生活のなかで得られたことについて、松木さんは次のように語る。「それぞれの授業も興味深かったのですが、毎回の授業でまったく異なる価値観を持ち、異なる組織文化のなかで仕事をしてきた他の院生とディスカッションできたとことが、なにより印象的でした。この研究科は専門職大学院では珍しく男女比がほぼ1:1なのですが、行政は男性職員の比率がかなり高いのが実情です。そんななか、多様なテーマについて自身や周囲の考え方とは異なる視点・意見に毎日触れることができたのはとても学びになりました。逆に、企業の方々がわれわれ行政の考え方を知って刺激を受けていたようなケースもありました」

コミュニケーション業務のなかで使われる言葉の意味は、組織によってまったく異なる。「PR」という言葉を「パブリック・リレーションズ」と捉えるか「アピール」と同視するかさえ、まだまだ統一的な見解が確立されているとはいえない。重視するステークホルダーも組織ごとに異なるため、その違いを、実感をもって知る機会そのものが大きな学びといえるのかもしれない。松木さんは日常的なディスカッションを通じて、「自分の物差し」や「今までの価値観」を超えて、多角的に物事を考えられるようになったという。「そういう意味では、『グローバル・コミュニケーション』の授業でマイノリティの方々について考えた時間も貴重でした。日本社会においていかに自分たちがマジョリティであることを意識できていないか、気づくきっかけになりましたね。たとえば組織が『女性活躍』のような旗を掲げたときに『それは男性目線で考えた“女性活躍”』なのではないか、といった疑問を持つことができるようにもなりました」

2年間の研究成果を発表する最終審査会に臨む松木喜伯さん(左奥)。

周囲を巻き込んで成長する

本研究科で2年間をかけて「研究成果報告書」(修士論文)を執筆するなかで、各院生は、実務で直面する課題を構造化し、理論と実践を往還しつつその解決策を検討する。松木さんは「持続可能なまちづくりは活動人口の増加によって可能か」というテーマを研究するさなか、「抽象的な理論と具体的な実務を接続するためのバランス」に苦慮したといいう。本研究科では、こうした困難を教員や仲間とともに乗り越え、実効的かつ実現可能な提言を行うための一連の能力を身につけることができる。

また、社会人院生にとって、授業のなかで学んだことは必ずしもその人だけの財産になるわけではない。たとえば松木さんには日々取り組んでいることがあった。

「学んだことを職場ですぐに実践してみる、あるいは周囲の職員に説明してみるというのは意識的に取り組んでいました。狭い意味での『社会実装』といえるでしょうか。自分の言葉で解説することは授業の復習にもなりましたし、学んだことを部署内に還元できるのは、次の授業を受けるためのモチベーションにも繫がりました」

社会人大学院では同じ目標に向かう院生との「横のつながり・縦のつながり」も得ることができる。松木さんの場合は、同級生や先輩・後輩が松木さんの勤務する自治体に訪れ、さらには、そのつながりがビジネスにも発展したという。授業のなかで知り合ったゲスト講師を招聘し、若手職員向けの講座が実現するなど、さまざまな形で大学院とのつながりを活用している。「地方自治体の関係人口を増やしたい」という松木さんにとって、本研究科の学びと実践は強く結びついていたといえるだろう。もちろん、これまでに述べてきたことが自治体職員以外の院生にとっても同様に役立っていることは言うまでもない。

このように、社会人大学院はただ知識や技能を身につけるための場ではなく、価値観や考え方をアップデートし、人脈を形成することで、 今後のキャリアを支える基盤となる教育機関なのだ。なお、本学では2020年度以降、対面の授業をオンラインでも同時配信する「ハイフレックス形式」の授業を実施している。すなわち、いまや首都圏に在住していなくとも、最先端の理論と実践に触れ、ディスカッションを通じて価値観のアップデートを図ることが可能なのだ。

 

橋本 純次(はしもと・じゅんじ)
社会構想大学院大学 コミュニケーションデザイン研究科 准教授

 

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