「時間の流れ」を描いた鬼才 パブロ・ピカソの美術界の革命

歴史上、数えきれないほどのイノベーションを起こしてきた「アーティスト」という存在。天才たちの作品と活動の変遷を辿り「革新」の本質に迫る連載企画。第3回は誰もが知る芸術家のパブロ・ピカソ。美術界の革命「キュビズム」に潜む異質さの正体に迫る。

キュビズムとは何か

スペイン内戦時の1937年に制作された、バスク地方の町ゲルニカへの航空襲撃に抗議する大作絵画『ゲルニカ』。戦争の暴力と破壊、その悲惨さを表現した独自の作風は、アートを理解しない人の中には「自分でも描ける」と冗談で言う人もいるくらい斬新なものです。

作者のパブロ・ピカソは偉大な芸術家であり、かつ、とてもアーティスト思考的な人物といえます。発想が他のどのアーティストと比較しても、ずば抜けています。その代表が独特のスタイルであるキュビズムです。

キュビズムとはCUBE+ismの造語で、ピカソと、彼と同時期の画家ジョルジュ・ブラックによって確立された絵画手法のひとつです。事物を幾何学的な形状で多角的に捉え、遠近法を無視するスタイルで、立体的な対象を平面上に表現しました。説明するより見ていただいたほうが早いのですが、ピカソの後期の作品やブラックの作品で使われており、目や口、耳が変なところにある人物が描かれています。ブラックは楽器をよく描いたのですが全く原型をとどめておらず、とても特徴的です。なぜこのような手法が生まれたのか? ここが重要なポイントです。

「時間」を描いた男

キュビズムは「目に見えているものだけを表現するのは違うのではないか」という発想に起因しています。例えば何かをモチーフにするとき、正面が見えているということは裏側は見えないということです。しかし見えないだけで存在はしているわけで、そこを描く。さらに目には映らないものまでも絵で表現する。例えば人物画ならば、モチーフとなる人の性格――表では綺麗なことを言っていても、裏でなにをやっているかまではわからない――など目に映るはずがないものを表現する手法として生まれたのです。加えてピカソは視覚だけではなく、時間とともに変化していく事象を絵で表現しました。人物画ならば、絵のモデルがそこにいない時間も絵で表現する。

考えてみれば「絵に異なる時間の感覚を取り入れてはいけない」という決まりもルールもありません。彼はその概念を壊して、全く新しい表現方法を確立しました。

落書きができない天才

ピカソについて、有名なエピソードをもうひとつ。彼は5歳のころから非常に精緻な絵を描き、大人顔負けの超・リアルなデッサンを描く天才といわれていました。先述の『ゲルニカ』のような抽象的な作品の印象が強いかもしれませんが、彼は子どもの頃から驚くほど写実的な絵を描くことができた、たぐいまれな能力を持つ天才画家だったのです。

しかし、このことがピカソを悩ませてもいました。子どものように純粋に心がおもむくままの自然な絵を描くことができなかった。彼の言葉に「ラファエロの絵は数年で描けたが、子どもの絵を描くのは一生かかるだろう」というものがあります。彼は生涯をかけて子どもが描く絵を追求して、晩年にようやく求めていた絵を描けるようになったといいます。

この、過去・現在・未来そして直感の独自の視点が、キュビズムという美術界の革命を生んだ要因ではないかと思います。

同名書籍『直感・共感・官能のアーティスト思考』から内容の一部を抜粋・編集

Every child is an artist.
The problem is how to remain
an artist once he grows up.

子供は誰でも芸術家だ。
問題は大人になっても
芸術でいられるかどうかだ。

パブロ・ピカソ

 

松永 エリック・匡史(まつなが えりっく・まさのぶ)
青山学院大学地球社会共生学部 学部長 教授