事業構想大学院での研究を生かし 未来をつくる意志に出会う

今年3月に事業構想大学院大学を修了した4人が、更なる探求に向けて動き出した。周囲を巻き込み、事業を実行する「事業構想家」との議論を深め、事業構想修士ならではの視点で、気づきを共有する連載を始める。連載スタートにあたりそれぞれの「事業構想」への思いや意気込みを聞いた。

 

座談会は2021年5月27日に実施した

重藤 皆さんのプロフィールは非常に個性的ですが、その場でないと体験できないことに価値を見出しているという共通点もあります。それぞれ事業構想大学院大学(以下、MPD)入学のきっかけについて聞かせてください。

社会人としての経験を基盤に
様々な動機で入学を決める

高橋 私は、今60歳になりましたが、実はずっと社会人大学院で勉強したいと思っていました。54歳のときに、銀行からシンクタンクに出向して手掛けた地方創生の仕事には、未来をデザインするワクワク感がありました。地域活性に本格的に取り組んでみたくなりました。

高橋恒夫(たかはし つねお)地域活性コンサルタント。出身地の長野で若者が集まる空間創出事業を2021年4月に起業

たまたま職場のある長野から東京に出張したときにこの大学院を知りました。その次の東京出張のときには入学の個別相談をしていただきました。

鏡 私は10年間青山で勤めていたので、実はMPDの前を毎日通っていて開校時から興味を持っていました。しかしそのときはまだ大学の門を叩く勇気がなかったんです。その後、もう一歩踏み出していきたいなという思いがあり、ここに入学すると、今いる場所から飛び出していけるのではという思いがありました。

鏡晋吾(かがみ しんご)一級建築士。現在はシェアリングエコノミー協会の活動の傍ら、地域の人を繋ぎ、循環型の社会を目指す事業を構想中

重藤 長野と青山で働きながら地域活性を志す2人が2年間共に研究することができるのはすばらしい環境ですね。

角田 私の場合は、入学する前に住んでいた上海での経験が大きいです。その頃の上海は活気に満ち溢れていて、チャンスがたくさん転がっている印象でした。変化のスピードも早く、いろいろな面で日本がどんどん追い越されていくのを目の当たりにしました。そんな中で、自分が何をしたいのかと考えたときに、「職能を広げる」と「地域活性に携わる」の2つが浮かび上がってきました。職能という部分では、マーケティングコミュニケーションの前の段階を構築できるスキルを手に入れ、受注からのスタートという現状を変えたいなと思いました。

角田太一(つのだ たいち)外資系広告代理店勤務。在学中は、地域活性とともに、中高年の「再び」をテーマにした研究を実施

地域活性という部分では、海外で暮らしていた分、日本の魅力をそれまで以上に意識しました。

古荘 私は、福岡校ができる前に「ソリューション営業の提案力を上げたい」と入学を検討しましたが、福岡から東京に通うのは現実的ではなく、福岡で「宣伝会議のコピーライター養成講座」に通いました。「コピーライターは戦略を作る人」という紹介に惹かれたのですが、企画やコピーライティング、そして「伝えること」を学び、現在の自分のベースを築けました。

古荘由香(ふるしょう ゆか)福岡の企業でDX推進中。「地方で働く」のアップデート、課題を抱える人に貢献できる事業を構想中

その後、ビジネス全体を学ぼうと考え、ちょうど開校した福岡のMPDに入学しようと思ったんです。

重藤 高橋さんと鏡さんは新しい世界に飛び出すために学びたかった、角田さんと古荘さんは、何か提案するだけでなく、自分で何かを生み出す、事業へつなげて実現する切り口からMPDへの期待を持ったのかなと思いました。

MPDに入って新たな事業構想を生み出す過程で、様々な試行錯誤があったと思いますが、2年間で変化したことはありますか?

構想計画の作成を通じて自身や社会と向き合う

古荘 私は、事業構想とはこういうものだという押しつけがないという点が良いと感じました。定義自体も、自分で考えられる。それぞれが抱える一番の課題について、考えて悩むという点が2年間で一番大きかったです。そのようなカリキュラムの中に身を置いてるからこそ、より深く向き合えたところがあったと思います。

高橋 地域課題とか社会課題を解決する学問があると思って入学しました。しかし入学後の講義で、確立された学問を学ぶのではなく、何のために課題を解決するかが大事ということを知り、MPDの方向性がわかりました。今の自分を正しく知って、自己認識力を高める学びになっているということが新鮮でした。

鏡 同じ大学院生といっても、年齢も仕事もバラバラでいろいろな人がいます。入り口は違うのですが、目指している社会の在り方とか、自分がどうなりたいかといったところは、すごく近いと思いました。入学する前は、お互い言葉が通じなかったらどうしようと心配しましたが、目指すところは近いと気づいたので、初めの1週間で安心感に変わりました。

高橋 グループディスカッションの講義は、何をやるかというよりも、なぜやるかを考えさせる講義なんですね。何をやるかになると、結構、衝突や意見の食い違いがあるんですが、なぜやるかでは目的は割と一致するので、みんな同じ方向に行く。

角田 そういう意味では、MPD自体が似たWHYの人が集まる場所なのかもしれませんね。違う会社や業界にいるけれど、この学校に入って何かをしたいという思いが、まさにWHYだったかもしれないなと。ただ、個性の分だけ、その人が導き出す解には幅があるということを改めて気づかされました。

鏡  私は、この大学院に通った2年間は、ひたすら自分に向き合う時間で、事業構想計画書を作るのも自分の人生の設計図をつくるような時間だったなと。社会や地域のためというのはもちろんあるんですが、自分自身のためというところもあります。そこが納得できないと、事業のドライブがかからないというか、それをぶつけ合う2年間だったのかなと。私は苦しさもあったけど、事業構想計画書を書く時間がとても楽しかったです。

事業構想計画書作成に伴う葛藤と気づき

重藤 他の方は、2年間で辛かったときはなかったですか。

古荘  一番辛かった時期は2年次の後半。自分が見えてないことが、大きな課題だとわかってきて、悩みは深くなっていきました。

角田 私は、先生方が「こういうことだよね」って方向付けをしてくれるのが、本当にこれでいいのかと、変なスパイラルに入ってしまった事業構想計画書作成時が苦しかったです。

毎週、構想のWHATの部分を、とにかく変えたくなっていました。大枠は決まっていましたが、それすら変えたくなることもあったぐらいでした。

鏡 私も楽しかったとはいえ、辛かったときもあったんです。ただ、悩んでもいいんだ、悩んでることすらさらけ出していいんだみたいな、そういう安心感はありました。事業構想計画書って自分の人生を結構さらけ出す場だったので、それが気持ち良かったです。

重藤 事業構想計画書は、書き終わったらそれで終わりではなく、始まりなんです。構想とか研究というのは、エンドレスで考え続けないといけないものですよね。事業もずっと続ける覚悟を持っていかないといけないから、真剣に向き合うことを突きつけられるのが事業構想っていうところがありますよね。MPDの最大の特徴はそこかなと改めて感じました。

自分のことを、どこまで突き詰めればいいのかということは、みなさん、どういうふうに折り合いをつけてきたんでしょうか。

角田 事業構想計画書を終えてから現在までの数カ月の間にも、もう自分の中で古いものになってしまっています。構想の内容自体がビジネスではなくて、生き方とか、自分の考える人間としての幸せをまとめたからかもしれません。だから、ひとつの「事業」構想計画書として終わらなくて、まだ自分の中で更新し続けています。

古荘 私は、自分の内側・外側を同時に見ていくこと、つまり、世の中がどう動いているかを把握し、どんなところに自分は貢献できるか、そして貢献したいかを探す作業が大変でした。ただ、それを走りながら実感できたことは、今後の自分にとってすごくよかったと感じています。

鏡 自分と向き合うということは、人と会うことで自分を客観視するということだと気付きました。また、今自分がいる場所じゃない場所に行くことによって、今の自分のシチュエーションとかも客観視して、ひいては自分の存在自体を客観視することもできるのかなと。実際に、事業を成し遂げてる人の話を聞くと、そこと自分のギャップが見えたりしました。

意志の力で物語をつくり事業を実行していく

重藤 社会にはいろんな事業構想家がいて、みなさんと同じように苦しんだり葛藤を抱えたりしていると思います。皆さんも苦しみながらも事業構想修士になられ、その葛藤を赤裸々に共有をしていただきました。修了してここからがスタートというところで、皆さんがこの企画を通じて、事業構想家にインタビューをして、実行するところに着目をしながら、更なる深堀りをしていくということですね。

鏡 事業を実行するのは一人ではできないので、自分の思いや自分の世界観を発信して周りを巻き込んでいくこと、つまり共感してもらう人を一人一人増やしていく必要があるかなと。今後、その事業構想を実行するにあたって、事業構想計画書を何度もアップデートしていき、それに共感してもらう人をどんどん増やしていく。仲間作りとか、そういうことが必要なんじゃないかなと思います。

高橋 事業構想とは、事業家が持つ世界観が、まわりや地域の世界観を変えることかと思います。ただ、フィールドリサーチで会った人たちは、世界観を変えようとしてやっているわけではなかった。自分がまずワクワクすることをやっている人だったというのは面白かったです。お会いした方々は、その地域の未来像や世界観を持っている方が多い。そして、そのストーリーには、人を惹きつける力がありました。

教員と院生によるフィールドワークの様子。福岡の小売事業者TRIALを訪問

重藤 外部の人の客観的な視点が、地元の人が忘れているストーリーを再発見することもあると思います。経済学でもナラティブエコノミクスというものが提案されるようになっています。ナラティブは皆で紡いでいく新しい物語のようなもの。今は、消費者の方も、全体のバランスとか繋がりとか、地域にナラティブがあるのかを評価するようになってきているのかなと思います。

鏡 どういう人が事業を実行できていいるのか、人がついてくる人はどういう人かを考えました。その人物は、きちんと自分をさらけ出せている人なのかなと。今回の連載を通して私も、事業家の内面にあるナラティブをきちんと引き出し、記事の読者がその事業家の内面を感じ取り、事業構想をすることをより身近に感じてもらいたいなと思っています。

角田 私は、過去をRespectして、現在をRedesignして未来へとRebornさせる、3つのReというものを大切にしていきたいと思っています。「未来への意志」がRebornに繋がっていて、それを持つためには「過去のRespect」が必須なのかなと。そこに「未来への意志」を生み出す「信念」のカケラがあると思うので。その人の人生のなかに、その人の未来へのヒントが隠されているのだと思います。

古荘 事業家は「意志がある人」だと考えます。意志は構想を実現するときに必要ですし、一緒に実現する仲間を募る時にも必要です。「意志」の下に人は集まります。意志がある人は、実現したい未来とか、どんな人でありたいとか、それを社会にどうアウトプットするか等を、無意識に構想しているのではないでしょうか。

事業構想大学院大学のゼミによる取材訪問(東京都荒川区 2020年10月)

また、「意志」があると、「躊躇」がなくなると考えています。そこに着目してインタビューできれば、読んでいる人の躊躇を減らすお手伝いができるかもしれません。

現代で失敗があるとすれば、躊躇してやらないことだと言います。これは、事業構想する人だけはなく、今を生きる全ての人に通じることだと考えます。それを乗り越える「意志」と向き合い、読んだ後には一歩踏み出す勇気が出るようなインタビューにしたいです。

重藤 今回のインタビュー企画が、次の新しい院生の入学にもつながり、その方々が2年間で事業構想を考え、その方々が社会で活躍して実行していく循環で世界が変わっていく。それがMPDの役割だと思います。皆さんの、後進や社会に伝えていこうという思いは、本当に重要なことで、これから始まる企画には私も大変期待しています。

次号からは各修了生による事業構想家のインタビューを掲載