地域の芸術祭を持続可能に 多様な支援者を育て将来へつなぐ

新潟県十日町・津南町で開催される「大地の芸術祭」は、20年以上の実績を持つ地域密着型の芸術祭だ。これを持続可能にすべく、地元自治体・NPOは企業と協力して、サポーターの誘致や人材育成を進めている。その活動を担うリディラバの安部氏が、新事業を生む環境をいかに構築するかを議論した。

会議に参加した「先駆者」: 村上 敬亮 デジタル庁、古田 秘馬(株)Umari、安部 敏樹(株)Ridilover、加戸 慎太郎(株)まちづくり松山、藤沢 久美 (株)国際社会経済研究所、MC:宮瀬 茉祐子・堀 潤 (株)わたしをことばにする研究所(敬称略)

EY Japanが立ち上げた、行政と民間が連携して社会課題の解決を目指すための「EY知恵のプラットフォーム」。その活動の一環である先駆者会議では、「地方創生」をテーマに、各地で地域の活性化に取り組む人々を集め、他の地域でも応用可能なナレッジの集積を図っている。

10月に開催された6回目のEY先駆者会議のプレゼンターは、株式会社Ridilover(リディラバ)代表の安部敏樹氏。リディラバは、中高生向けのスタディツアーや、企業向けの研修事業などを手掛けている企業だ。安部氏は、同社で運営に協力している、新潟県十日町・津南町で開催される国際芸術祭「大地の芸術祭」を取り上げ、地域で持続可能な事業による社会課題解決のありうる姿を議論した。

大地の芸術祭の作品、イリヤ&エミリア・カバコフの「棚田」
(Photo: Nakamura Osamu)

人口6万人の地域に
50万人超を集める芸術祭

大地の芸術祭は、新潟県十日町市・津南町からなる「越後妻有」地域を舞台に開催されている。約760平方キロメートルの広大な土地に点在する作品を見るために、祭りの期間中にこの地域を訪れる人の数は50万人を超え、経済効果は60億円以上とも試算されている。第1回は2000年、2022年には8回目を迎えた実績のあるイベントで、各地で開催される地域密着型の芸術祭のお手本となってきた。第1回から総合ディレクターは北川フラム氏が務めており、作品はアーティストと地域住民とが協力して制作したもので、芸術祭の期間以外も恒久的に展示されているものもある。このような、芸術祭で生まれた作品や施設、プロジェクトを通年事業として運営し、地域の魅力を高めるための組織として、2008年にNPO法人越後妻有里山協働機構が設立され活動している。

安部氏は、先駆者会議のディスカッションに向け、アートによる地方創生の成功の裏側にある関係者の努力や、将来も持続可能なイベントにするためのしくみづくりについて紹介した。同NPO法人や地元の自治体と協働しながらイベント運営を支援する中で発見した知見もある。

大地の芸術祭はもともと、新潟県が立ち上げたプロジェクトで、きっかけは1990年代にこの地域で実行された町村合併だった。新しい自治体で人々をまとめるためのイベントだったが、地元の人から理解を得るのは容易ではなかった。総合ディレクターの北川氏は世界中から参加アーティストを集めるのと同時に地元での住民向け説明会を重ねた。地域に密着して芸術祭への理解を得る役割を担ったのが、北川氏の甥で、現在はNPO法人の事務局長を務める原蜜氏だ。

「外部から人と資金を集めてくる役割と、地元で活動し、地域の賛同を集める役割を、北川氏と原氏が担い、芸術祭を育ててきました。今、芸術祭は既に地域に欠かせないものとなったことから、将来を見据え、活動を持続可能にする取組を進めています」と安部氏は話す。

オフィシャルサポーター制度開始
地域で活動する人も養成

まず2014年に、大地の芸術祭のファンドレイジングと集客、広報のためのオフィシャルサポーター制を導入した。オフィシャルサポーターには、オイシックス・ラ・大地代表取締役社長の高島宏平氏や安部氏などの起業家、ジャーナリスト、芸能人などが就任している。オフィシャルサポーターに期待されることの1つは、地域の外から資源を集める機能だ。先駆者会議の議論の場において、国際社会経済研究所の藤沢久美氏は「高島氏を入り口に、起業家がサポーターとして集まるようになったと聞いている。北川氏とは異なる層の応援を集められる人の存在は大きい」と分析した。

一方、地域で活動する人も育ちつつある。リディラバは2018年、越後妻有里山協働機構とともに、同地域の課題解決を考え、提言することを通じてリーダー層育成を目指す企業向け研修プログラムを立ち上げた。「次世代リーダー層向け人材育成プログラム」というもので、首都圏の大企業を中心にのべ30社以上の社員が参加している。この研修事業をきっかけに、越後妻有で地域課題に取り組む首都圏の人が増え、そこから将来の芸術祭を支える人が出ていると安部氏はいう。

社会課題へのかかわり方は人によって様々で、「課題を認知している」という段階から、「地域で永続的な事業のリーダーに就任する」まで、様々なレベルがある。レベルが上がるにつれ、人数は減るが、それぞれの人がコミットする時間は長くなる。リディラバでは大都市部の生徒・学生から社会人までの様々な層に、地域と関わる機会を提供してきた。これは他者が用意した学びの場に、一定の期間参加するという体裁のもの。しかし、これをきっかけに地域を訪れた人が、次は自ら主体的に課題解決のプロジェクトに参加するケースは少なくないという。

「研修への参加から、リディラバの活動に参画したり、移住してNPOで働いている人もいます。地域の内側に近い外側の人を増やすのが重要だと考えています」と安部氏は語った。

地域に必要なのは
継続的に新ビジネスが生まれる場

安部氏は、大地の芸術祭の事例から、今後の地方創生は1人の優秀なジェネラルパートナー(GP)に依存するのではなく、GPの機能をシステム化することを考えるべきではないか、という方向性を提示した。その際、システムが果たすべき重要な機能は、リスクを分担してチャレンジができる場をつくること。安部氏はこのような環境を「藻場」と説明した。

藻場は、浅い海の海藻が密生しているエリアのこと。プランクトンから大型の魚までいろいろな生物が生息し、漁業にとっても欠かせないため、保護や人工的な育成が試みられている。地域においても、挑戦に対する安心感、インセンティブ、そしてお金や専門知識、技術がある場を設けられれば、新ビジネスが生まれ続ける持続可能な経済システムを構築できる可能性がある。

「大地の芸術祭においては、予算の50%以上を公金で賄う事業構造のリスクがコロナ禍で顕在化し、新しい事業モデルの模索が始まっています」と安部氏はいう。大地の芸術祭を、新事業を育てる藻場にするため、個人からの寄附による資金集めや、さらなる支援人材の育成が検討されている。