音楽家に学ぶ、デザイン思考の先のアーティスト思考
イノベーションにはデザイン思考が必要、と言われるようになって久しい。デザイン思考とは、共感をベースにして課題を解決する手法だ。
米国のデザインファーム、IDEOが2000年代半ばに提唱したとき、デザイン思考には確かに大きなインパクトがあった。
だが、著者は断言する。先行きが読めない今、赤の他人の課題解決に汲々としていたのでは、真のイノベーションは起こせない。私たちはデザイン思考を超えなければならない時期に来ている、と。
では何と向き合うべきか。その答えは自分の感性、すなわち直感・共感・官能であると著者は言う。
今この瞬間におけるひらめきが「直観」、他者への謙虚な寄り添いが「共感」、研ぎ澄まされた五感がもたらす目くるめく体験が「官能」であり、それらにもとづくビジネスアイデアの発想法が「アーティスト思考」だ。
その真髄を伝えるため、著者はジャズ界の帝王ことマイルス・デイヴィスから、音楽界の異端児と呼ばれるエリック・サティ、ミニマルミュージックの巨匠スティーブ・ライヒ、世界的に活躍した坂本龍一、さらには言わずと知れたマイケル・ジャクソンまで、錚々たるミュージシャンを召喚する。
例えばマイルスは、「ジャズは黒人にしかできない」という常識を打ち破り、人種を問わず才能あるプレイヤーと組み、ジャズとクラシックを融合させたかと思えば、グレゴリオ聖歌をヒントにしたアルバムをリリースするなど、貪欲に変化し続けた。
アルバムを出すたびに「こんなのマイルスじゃない、ジャズじゃない」と非難されながらも、やがてそれが新しいスタンダードとして定着する。「音楽はイノベーションの連続」と著者が言うのも頷ける。
かく言う著者自身も、15歳からミュージシャンとして活動し、米国バークリー音楽院でジャズを学んだアーティストだ。その後、MBAを修めてコンサルタントに転じた異色の経歴を持つ。
直感・共感・官能に従おうとは実にワクワクするが、著者は本書の内容をそのまま身に付けてほしいと思っているわけではない。
なぜなら、「思考法とは、学びに加え試行錯誤を繰り返す実践から得られる自分独自のもの」だからだ。音楽理論を学んだからと言って、必ずしも人を感動させる音色を奏でることができないのと同じで、本だけで身に付けられるほど簡単なものではないのだ。
その代わり、本書で強調されているのは、「自分だけのビジネス思考法を、自ら見つけることの大切さ」だ。そのために「見つけた思考法を、身に付けるための手がかり」がふんだんに盛り込まれている。
歴代のアーティストたちの物語に引き込まれつつ、著者の骨太な思考法に確かな刺激を得られるだろう。
直感・共感・官能の
アーティスト思考
- 松永エリック・匡史 著
- 本体2,000円+税
- 学校法人先端教育機構 事業構想大学院大学出版部
- 2024年4月
今月の注目の3冊
デジタルエシックスで日本の
変革を加速せよ
対話が導く本気のデジタル社会の実現
- 今岡 仁、松本 真和、伊藤 宏比古、井出 昌浩、島村 聡也 著
- ダイヤモンド社
- 本体1,800円+税
生成AIをはじめとするデジタル技術が産業や生活に恩恵をもたらす一方で、「世界競争力ランキング」で日本は年々順位を落とし、現在は対象64カ国中で35位と低迷。その要因の1つがDXへの取り組みや実践の遅れだ。
こうした状況下で、私たちは個人として、あるいは組織として、デジタル社会とどう向き合うべきなのか。そのヒントになるのが本書のテーマである「倫理(エシックス)」だ。/p>
歴史的背景を紐解きながら、デジタルエシックスを競争力に転換するための実践的な方法論が詳述されている。国内外の事例も豊富。特にデジタル先進国デンマークには多くのページが割かれ、目指すべき方向性の1つとして参考になる。
巻末に付された「日米欧のAIガイドライン動向」も利用価値が高い。組織のDX推進担当者には必読の1冊だ。
地域活性化未来戦略
- 斉藤 俊幸 編著
- ぎょうせい
- 本体2,545円+税
このままでは896の自治体が消滅する可能性がある。そう警鐘を鳴らし、全国に衝撃を与えた「増田レポート」から10年。生き残りをかけ、各地で地方活性化に向けたさまざまな施策が行われてきた。
そうした背景を踏まえ、地域活性学会の有志16人が未来を思い、それぞれの専門の立場から提言を行ったのが本書だ。
地域活性化に向けた重要ポイントを、大きく「組織」「人材」「連携」の観点に分類して解説。主体性を重視した移住政策、地域スポーツによる人材育成、地域伝統産業のイノベーションハブの形成、消費購買行動を促進するサイクルツーリズム、地域づくりとESD(世直し教育)など、それぞれの専門にもとづく「地域活性化の視点」が描かれる。
今まさに必要な手がかりが詰まった実践の書だ。
交通政策への招待
- 青木 亮、須田 昌弥 著
- ミネルヴァ書房
- 本体2,600円+税
4月から日本版「ライドシェア」が始まった。Uberなどプラットフォーム側が車両と乗客のマッチングを担う海外と違い、日本ではタクシー会社が運行管理を担うのが特徴だ。東京、横浜、名古屋、京都と、実施地域はまだ限定的だが、今後拡大していくことだろう。
こうした改革は、交通のあり方全体に大きな影響を与えるはずだ。いったい何がどう変わるのか。そのヒントを提供してくれるのが本書だ。
そもそも「交通とは何か」に始まり、交通市場の発展や市場ごとの特性を分かりやすく示しながら、航空、鉄道、バスなど交通事業を網羅。交通需要分析や規制緩和の仕組み、さらには地域開発の理論と交通投資にまで踏み込んでいる。
理論の説明を平易にかみ砕くとともに、実際の事例を多く取り入れた交通論・交通経済学入門の決定版。