生物多様性はビジネスキーワードに 『ネイチャーポジティブ』

生物多様性とビジネス

ネイチャーポジティブ(Nature positive、自然再興)とは、生物多様性の損失を止め、回復軌道に乗せることを意味する言葉だ。カーボンニュートラルやサーキュラーエコノミーに続くキーワードとして、徐々に企業からの注目が高まっている。

2022年12月のCOP15で決定された世界目標「昆明・モントリオール生物多様性枠組み」では、2030年までのネイチャーポジティブ達成に向けた方向性が明確化され、23のターゲットが示された。具体的には、国土の30%を生物多様性の保全地域にするための30by30目標や外来種対策、農薬等によるリスクの低減、ビジネスによる生物多様性への影響の低減、生物多様性に有害な補助金の削減などだ。今後、企業は情報開示を含めて、ネイチャーポジティブに向けた行動を社会から要請されるようになるだろう。

生物多様性の重要性は広く認識されているものの、ネイチャーポジティブがビジネスにどのような影響を与えるのかを正しく理解している企業人はまだ少ないだろう。

本書は、ネイチャーポジティブの概念や政策動向、実践のヒントを紹介し、企業にネイチャーポジティブへの取り組みを促している。

著者の松木喬氏は日刊工業新聞の記者として約15年にわたり環境・CSR・エネルギー分野を取材し、SDGsに関する記事や書籍も多数執筆、公益社団法人日本環境協会理事や日本環境ジャーナリストの会副会長も務めている。

企業価値と直結する取り組み

第1章ではネイチャーポジティブを巡る世界・日本の動向や、23のターゲットの中から企業活動に影響するターゲットを重点的に解説。第2章は、自然資源の評価などを研究する九州大学馬奈木俊介主幹教授や、自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD)メンバーの原口真氏など、ネイチャーポジティブの専門家が重要トピックスを紹介。特にESG投融資の影響力が高まる昨今、自然関連財務情報開示を牽引するTNFDの動向は、すべての上場企業が知るべきものだろう。

そして第3章は「実践企業に学ぶネイチャーポジティブ」と題し、NEC、パナソニックなどの取り組みを詳細に分析する。例えばレストランチェーン「びっくりドンキー」等を運営するアレフは、生物多様性に配慮して育てた少農薬米の調達など、サプライチェーン全体を通じたネイチャーポジティブへの取り組みを、生産者にもメリットを創出しながら推進。さらに企業活動と自然の関係を明らかにする「自然資本プロトコル」を用いた少農薬米の価値評価にも取り組んでいる。

本書からは、ビジネスとネイチャーポジティブを両立し、企業価値を向上させるためのヒントを多数得ることができる。取り組みの第一歩を踏み出すために最適な一冊だろう。

 

『自然再生をビジネスに活かす
ネイチャーポジティブ』

  1. 松木 喬 著
  2. 本体1,500円+税
  3. 日刊工業新聞社
  4. 2023年5月

 

今月の注目の3冊

最新図説 脱炭素の論点
2023-2024

  1. 共生エネルギー社会実装研究所 編著
  2. 旬報社
  3. 本体2,600円+税

 

人新生と呼ばれる地質年代に該当する現在、我々人類が直面する喫緊の課題が「脱炭素」である。「2℃目標」を掲げた2015年のパリ協定は記憶に新しいが、脱炭素は今やこのような政治的問題に収まらず、「脱炭素ビジネス」といった新たな事業領域としても認識されている。

本書は、最新の知見をもとに脱炭素にかかわる広範な論点を整理している。扱われる論点は網羅的で、脱炭素にまつわる自然現象から対策技術、社会制度や政策設計まで97テーマをカバー。網羅性のみならず、各論点の正確さにも配慮されており、執筆陣に事業構想大学院大学の重藤さわ子教授ら39名の専門家を迎えている。

各論点は4ページ程度と必要十分な情報量で、付された図やグラフも理解を助けてくれる。脱炭素の総合辞典として活用することで、企業や自治体にとって事業創発の強い味方となるだろう。

 

「フーディー」が日本を再生する!
ニッポン美食立国論

  1. 柏原 光太郎 著
  2. 日刊現代
  3. 本体1,700円+税

 

アフターコロナの観光業は競争が再燃し、各自治体は伝統文化や観光名所のプロモーションに頼らない打ち手を検討している。そんな今注目を集めるのが「ガストロノミーツーリズム」だ。ガストロノミーツーリズムは、単に食事をするだけでなく地元の食材や料理の背後にあるストーリーや文化を体験することを重視しており、より濃密な旅の体験と文化交流を目的とする。

「シン観光立国論」を提示する本書は、上述したガストロノミーの概念を駆使しながら、食文化を日本経済の救世主と位置づける。著者は、日本ガストロノミー協会の会長である柏原光太郎氏。グルメガイド「東京いい店うまい店」の取材・編集に携わるとともに自身の食べログフォローワーは5万人を超えるなど、食文化の現場を熟知する。その経験から、本書では他では見られない具体的かつ説得力のある施策が紹介されている。

 

実務担当者のためのビジネス
プロセスDX実装ガイドブック

  1. 上田 剛 著
  2. 東洋経済新報社
  3. 本体3,000円+税

 

業務改善のためにDXに取り組むことが決まったとしても、その実行には多くの課題が立ちはだかる。例えば、既存のレガシーシステムの複雑さやビジネスプロセスの再設計の困難さなどが挙げられる。この課題の克服には、ベストプラクティスにアクセスすることが有効だ。

この度、冨山和彦氏が会長を務めるIGPIグループの知見が詰め込まれた、DX担当者必携のガイドブックが出版された。本書の中心的な焦点は、企業競争力の源泉となる「既存事業」の「ビジネス部門」のDXだ。IGPIが手掛けた事例が紹介され、担当者がいつ何をすべきかが明確になる。

本書は手に取りやすさも魅力だ。機械学習などの基礎的な概念から説明が施され、図解も適宜挿入される。読了に高度なITリテラシーは求められず、担当者がまず初めに手に取る本という位置づけを与えられるだろう。