英国の賃貸市場を変えた 2019年テナント料金法の影響
(※本記事は『THE CONVERSATION』に2024年12月5日付で掲載された記事を、許可を得て掲載しています)
英国政府は5年前、1960年代以来初めて、英国の賃貸市場の価格を規制する法律を制定した。2019年テナント料金法(Tenant Fees Act 2019)は、家主が賃借人に請求できる家賃には干渉せず、賃貸仲介業者を対象とする。
英国の繁華街には賃貸仲介業者が数多く存在する。家主の代理として入居者を探し、不動産管理を行うサービスを提供している。プロの家主ではない小規模投資家が所有する賃貸物件が大半を占める国では、こうした業者の役割は特に重要だ。
しかし、不動産業者が適正価格を超える料金を請求しているとの懸念は根強い。彼らは、契約を確保するためにテナントに1,000ポンドを超える金額を請求したり、1カ月分の家賃を前払いすることでそれ以上の金額を請求したりすることが頻繁にあった。2019年の法改正により、不動産業者が賃貸契約で入居者に請求できる手数料は50ポンドに制限されることになる。
この規制は世界的にも注目を集めており、住宅政策を決定する人々がその影響を注視している。賃貸市場への介入は悪影響をもたらす可能性があり、これまで同様の方法で不動産業者を規制しようとした試みは例がない。私たちの調査により、その影響と展開の詳細が初めて明らかになった。
家賃高騰は英国をはじめ多くの国で生活費の危機の主要因とされる1つだが、介入は思ったほど簡単ではない。例えば、家賃上限の設定は、他の場所で賃貸契約を結ぶと保護が受けられなくなるため、賃借人の転居頻度の低下につながる可能性がある。これにより、より多くの賃貸物件が持ち家住宅に転換され、新しい賃貸物件を建設する数が減り、その結果、入居希望者が賃貸物件を見つけるのが難しくなる可能性がある。
賃貸物件の質も、家主が賃貸物件に使えるお金が減るため低下する可能性がある一方、上限の対象外の物件の家賃は上昇する傾向がある。これは、英国で保守党が賃貸料の上限規制を敬遠した理由や、労働党が現在の賃貸人権利法案で上限規制を導入しない理由を説明するのに役立つ。
英国政府は、代わりに、住宅購入権や購入支援、初回購入者向けの印紙税免除などを通じて、賃借人が住宅所有者になることを容易にしようと促進してきた。しかし、これらもさまざまな結果を生んでいる。
例えば、保守党政権下で導入された住宅購入支援制度は、住宅価格を補助額以上に押し上げる一方、供給が制限される地域の住宅数を増やす効果は見られなかった。労働党の掲げる150万戸の住宅建設計画が成功するかどうかは、今後の展開に委ねられる。
では、賃貸仲介業者を対象とした規制の成果はどうだったのか。経済学の基本では、競争の激しい市場では価格は低く、品質は高くなるため、政府介入の必要性は少ないとされる。英国には賃貸仲介業者が多数存在するため、仲介手数料は単にそのサービスにかかったコストを反映しているだけだと思われたかもしれない。
2019年の法律施行前、一部の評論家は、不動産業者が家主への請求額を引き上げ、家主がそのコストを家賃の値上げとして賃借人に転嫁するのではないかと懸念があった。例えば、キャピタル・エコノミクスは、賃料が年間平均103ポンド上昇するか、その費用を賄うために1万6000人の不動産業者の雇用が失われるかのどちらかだと予測した。
実際、我々の5年間にわたる調査の結果、この政策が家賃の値上げにつながっていないことが確認された。一部の賃貸仲介業者は、家主に請求する手数料を値上げし、収入減少分の約25%を補填した。これを理由に、一部の家主は賃貸仲介業者を変更したが、競争市場で予想されるよりははるかに少なかった。
また、家主の市場撤退や賃貸仲介業者の閉鎖といった証拠も見つからなかった。賃貸仲介業者の手数料に上限を設けたことの主な効果は、賃借人が賃貸契約ごとに平均400 ポンドを節約できたことだ。要するに、この改革は一定の成功を収めたと言える。
市場に何が起こっていたのか
では、なぜ悪影響が生じなかったのか。その鍵は賃貸市場の3つの特徴にある。賃借人は物件選びの際に手数料に注意を払っていないことが多い。おそらく、手数料は不動産会社のウェブサイト内に埋もれ、分かりづらいことが要因と考えられる。多くの場合、賃借人は物件を選んでから契約書に署名するまで、支払わなければならない金額を知らない。
一方、賃借人は家賃価格には敏感であるため、家主が賃料の値上げ分を賃借人に転嫁することは困難だ。また、賃貸仲介業者間の競争は激しく、損失のごく一部を転嫁することしかできない。
これらの特徴は、他の管轄区域にも重要な意味を持つ。特に、仲介手数料が年間家賃の20%にも達することがあるニューヨーク市議会は、同様の法案を可決した。
購入後に初めて明らかになる「ドリップ手数料」は、航空券やコンサートチケット、Airbnbレンタルなど、他の業界にも広く存在する。英国では最近、デジタル市場・競争・消費者法を可決し、ベンダーと代理店にすべての手数料を事前に明確にすることを義務付けた。また、バイデン・ハリス政権時に米国で同様のものを導入しており、ジョー・バイデン氏はこれを「ジャンク手数料」と呼んでいる。
英国のテナント市場に関する調査では、こうした手数料が企業に多大な利益をもたらしていることが示された。他の地域や業界でこれを禁止すれば、同様に有益な効果が期待できるだろう。政府関係者にとっての教訓は、市場の構造や情報が顧客から隠されている状況は、基本的な自由市場の想定から推測されるよりも、政策立案者に介入する余地を与えることがあるということである。
元記事へのリンクはこちら。
- ジャン・デイビッド・バッカー(Jan David Bakker)
- ボッコーニ大学 経済学部 助教授
- ニキル・ダッタ(Nikhil Datta)
- ウォーリック大学 経済学部 助教授
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