『資本主義再興』 矛盾をはらむ資本主義システムの行方を問う
ロシア・ウクライナ戦争やパンデミック、エネルギー問題、気候危機、さらには民主主義と政治システムの不安定化。現代社会は多くの危機に直面している。その背景には、繁栄や成長の原動力である一方、不平等や環境破壊といった問題を生み出す「資本主義システム」の矛盾がある。本書は、この資本主義の問題を掘り下げ、解決策を提示する挑戦的な一冊だ。
著者のコリン・メイヤー教授は、オックスフォード大学サイード経営大学院の初代教授であり、現在は名誉教授のほか、同大学ブラバトニック公共政策大学院客員教授、英国学士院フェローを務める。欧州で最も著名な金融経済学者の一人として、企業活動が利益を追求する過程で、いかに社会や環境への負の影響をもたらしてきたかを冷静に分析している。
利益を上げること自体は否定されるべきではない。しかし、その利益が「問題を引き起こす」ことで得られるものであってはならない、とメイヤー教授は指摘する。企業の存在意義は、地球や人々の課題を解決し、それによって利益を生むことにある。つまり、「問題ではなく解決策を生み出す」ことこそが、資本主義に求められる使命だ。
さらに、資本主義の機能不全の背景には、私たちの道徳基盤の欠如があると著者は主張する。「自分がしてほしいと望むことを他者にしなさい」という古典的な黄金律は、実は自己中心的な行動を助長してきたのではないかと言う。その解決策として、著者は「他者がしてほしいと望むことを他者にしなさい」という再定義を提唱。他者にとって真に利益となる行動が、自らの利益にもつながるという考え方だ。
この理念に基づき本書では、資本主義システムの根本的な改革の必要性が論じられている。法律やガバナンス、金融、投資など、非常に広範な分野における具体的な提言が示されており、変革への実践的な指針が明確だ。さらに、日本の読者にとって興味深いのは、著者が渋沢栄一の思想との共通点を挙げている点である。「日本資本主義の父」と呼ばれた渋沢もまた、利益はそれ自体が目的なのではなく、社会調和を目指す過程における産物であるべきだと唱えた。これは、現代の資本主義改革における重要な示唆といえるだろう。
本文だけでも約400ページにわたる本書は、金融論や会計学、さらには道徳哲学をも取り込み、資本主義の再定義を多角的な視点から追求している。日本企業にとっても示唆に富む内容が満載だ。なお、本書はメイヤー教授の資本主義システムに関する3部作の最終作であり、シリーズ全体を通して読むことで、著者の議論の深さとその意義をより包括的に理解できるだろう。
『資本主義再興
危機の解決策と新しいかたち』

- コリン・メイヤー 著、宮島 英昭 監訳、
清水 真人、馬場 晋一 訳 - 本体3,000円+税
- 日経BP
- 2024年12月
今月の注目の3冊
「最高のビジネス人脈」が作れる
食事の戦略

- 古河 久人 著
- 東洋経済新報社
- 本体 1,600円+税
年間800人近い人に会い、一緒に食事をした人の数は25年間で累計2万人という著者が、食事を通じて信頼関係を築き、ビジネス人脈を広げる方法を具体的に解説した。本書によると、食事の場は、単なるコミュニケーションの場にとどまらない。この機会を、相手の心をつかむための戦略的な「ツール」として活用することが重要だ。
相手の心理に寄り添った話題選びやマナー、店選び、お礼メールやSNS、名刺の活用法に、幹事の務め方など、実践的で細やかなノウハウを多数、紹介する。初対面からより仲良く交流したい、既存の関係を深めたいという人に向け、成果を出すための食事術が学べるようになっている。
これからのAI、正しい付き合い方と使い方
「共同知能」と共生するためのヒント

- イーサン・モリック 著、久保田 敦子 訳
- KADOKAWA
- 本体2,400円+税
生成AIが驚くべき速さで進化している。従来の汎用技術との違いは、そのスピード感だけではない。生成AI研究の第一人者として、特に学習分野への応用に関する研究に長年携わってきた著者によれば、もはやAIは単なる「人工知能」ではない。さまざまな用途で機能する「共同知能(Co-Intelligence)」と捉えるべきだと言う。
仕事や暮らしに欠かせないパートナーとして、AIと協力するために新たなルールが必要だ。AIが私たちにとって何を意味するのか完全に理解している人は誰もいない。著者はそう認める。だが、理解してから動くのでは遅すぎる。著者が勧めるのは、例えば常にAIを参加させ、AIを人間のように扱うこと。腑に落ちないと感じる向きは、ぜひ本書を紐解いてほしい。
土木遺産さんぽ
まち歩きで学ぶ 江戸・東京の歴史

- 阿部 貴弘 著
- 理工図書
- 本体 2,300円+税
開府以来400年余りの歴史のなかで、江戸・東京はその姿を大きく変えてきた。江戸城下の拡張をはじめ、明治維新後の市区改正、震災・戦災復興に2度の東京五輪に向けた都市改造。今日も絶え間ない再開発が行われている。幾重にも積み重ねられたレイヤーが醸す東京の魅力を、「土木遺産」を通して読み解く。
本書の特徴は、技術的な解説にとどまらず、土木遺産を通して見たまちの履歴や暮らしの記憶を紐解いている点だ。「その施設が建設されたことで、まちや暮らしがどのように変化したのか?」といった疑問に答えつつ、複数の土木遺産を2時間程度の行程で“見て歩く”ことを想定した構成。「遺産」とはいえ、その多くは現役のインフラとして、私たちの今の暮らしを支えているのも興味深い。散歩のお供に最適な一冊だ。