守りから攻める知財戦略への転換 3つの施策で世界へ飛躍
日本の優れた農林水産物を海外で販売していくためには、ルールに基づく積極的なライセンスが必要だ。ゼスプリ・インターナショナルに見られる、ライセンスと相乗効果のある優れたマーケティングも欠かせない。パートナーシップを通じたオープンイノベーションが、日本の農業の新たな市場を切り開くと期待される。
月刊事業構想2023年8月号では、日本の優良な農畜産物の種苗などの遺伝資源が海外流出し、人気を博している現状を背景に、いかにして農業知的資産から高い利益を得ていくべきか、攻めの知財戦略を考えた。また、そのような知財戦略の成功事例として、ニュージーランドのキウイフルーツの販売とマーケティングを手掛けるゼスプリ・インターナショナルを詳しく分析していった。
図 マーケティング・販売・ライセンシングの専門組織MSLCの機能
日本農業における攻める知財戦略
3つの施策が必要
前号でベストプラクティスとして紹介したゼスプリのビジネスモデルを参考に、日本の農業のグローバル展開には今後、次の3つの施策が必要と考えている。
(1)中長期基本戦略の策定
基本戦略は、目先の利に捉われず、長期視点でのグローバルでの市場占有獲得と収益化を第一とし、総花的ではなく具体的に実行するための戦略と戦術、実行体制並びにアクションプランまで綿密に策定する必要がある。
その骨子は、①日本の農業生産を中心として展開する販売・マーケティング戦略と②種苗やブランドを活用して海外の生産者に如何に生産させ展開するかというライセンスを含んだ攻めの知財戦略並びに③日本のFactory Automation(FA)の技術を農業に応用展開するAgriculture Automation (AA)の確立とグローバル展開の3つとすることが不可欠である。
(2)グローバル展開のためのMSLC組織の設立
多くの利害関係者がいるが、業界が一体となったマーケティング・販売・ライセンシングの専門組織を、立ち上げることが不可欠と考える。本事業の本質は販売であり、マーケティングであり、ライセンシングやブランド構築であるため、経営主体は、農業業専門家ではなく、グローバルな営業・マーケティング並びに知財ビジネス戦略家が主体となり、販売・マーケティングと生産・開発の明確な役割分離のもと運営されるべきである。
ただし、生産・開発と販売・マーケティングの運営主体は分離されるものの車の両輪であり、両者の間には密な連絡や信頼と尊敬のある協力体制が不可欠である。特に、海外の顧客にあった品種の開発や生産があって初めてグローバル市場に参入できるのである。生産・開発者はMSLCの株主という立場を取ることで、個別には任せるも大所高所からの関与はできるのである。
(3)新たな生産・開発体制の確立
グローバルで見ると農業や漁業を含めた食糧生産には、AIやロボティクスが導入され始めている。一方で、日本は、工業におけるFA(Factory Automation)においては世界的優位と知見を保持しており、農業分野に同技術を導入することでAA(Agriculture Automation)を起こし活用することで、自給自足に留まらず海外への輸出産業への転換も可能になると考える。更なる先端の種苗や生産方法の開発と共に先端工業技術の農業・漁業への導入、そして知財権化のための体制・組織の確立は必須と考える。
ビジネスとしての攻める
知財戦略の本質
ゼスプリは、国際的な種苗や畜産の権利保護の法律や協定が無い時代の中でも、未来を見据えてグローバルでの成功方法を戦略的に考えて今日の成功に至っている。知財戦略は、先ず未来と世界を見据えた事業構想やビジネスモデルがあって、それらを、スピード感をもって実行、拡大、収益化するのに有用な武器である。また、種苗をはじめとした日本の農業知的資産の国外流出の歯止めをかける実効性の高い施作となる。
ビジネスとしての知財戦略の本質は、自らが持っている知的資産を最大限に活用すると共に、自らが保有していないものについては、人材も含めて外部パートナーから調達するオープンイノベーション戦略だ。オープンイノベーション戦略とは、パートナー戦略なのである。
突き詰めて言うと、事業の成否は、ビジネスモデルをいかに作り、誰と組んで実行するかということに行き着く。更に、どれほど素晴らしい構想や戦略が描かれても、実行する人材が全てであり、既存の業界や慣習、有識者、更に日本人に拘ることなく、現場の第一線で活躍できるプロの人材を招聘することが大切である。農業や特許の専門家である必要も無いし、また知財という言葉に惑わされず、未来と世界を見据えた事業構想やビジネスモデルを策定し、パートナー戦略を実行できる組織と人材が必須であり、成功のための知財戦略とは最終的に有為の人に行き着くのである。
2020年以降、Covid-19が世界に蔓延し、ロシアのウクライナ侵攻があり、世界中で供給不足が常態化した。特に、エネルギーと食糧の問題は影響が大きく戦略物資化している。日本においてエネルギーはほぼ海外に依存しており、食糧自給率も38% という状況下、国家の安否を賭けたクリティカルな問題に発展する可能性もある。
一方で、海外ではAIやロボットをはじめとする先端テクノロジーが食糧生産に導入され、成果を出しつつある。日本は遅れをとっているが、世界最高峰のFA技術の農業への導入を通してAAでの国際競争力を確立するとともに大規模化により、食糧は戦略的な輸出産業への転換も可能になると考える。更に、日本が開発した美味しい農産物は、知財化も含めた高付加価値のグローバル展開が可能である。その際に必要なのは、目先の利益ではなく、長期かつグローバル市場を押えるビジネスモデルと知財戦略、そして国や関係者を挙げての一致団結した政策が必須なのであり、実効性の高い体制・組織・戦略の下で早期の農業分野の国際競争力の確立を期待するものである。
参考文献
2030年のフード&アグリテック [書籍] / 著者 佐藤光泰・石井佑基. : 同文館出版, 2020. Intangible Asset Market Study [書籍] / 著者 Ocean Tomo. : Ocean Tomo,2020. Zespri [論文/レポート] / 著者 Kirton Nick. - 2020.
Zespri Annual Report 2021-2022 [論文/レポート] / 著者 Zespri International. - : Zespri International, 2022.
インビジブル・エッジ [書籍] / 著者 EckardtBlaxill & RalphMark. : 文藝春秋, 2010.
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我が国における育成者権管理機関のあり方について [会議議事録] / 著者 農林水産省 / 海外流出防止に向けた農産物の知的財産管理に関する検討会, 2022.
改正種苗法について [論文/レポート] / 著者 農林水産省. : 農林水産省, 2022.
国内育成品種の海外への流出状況について [会議議事録] / 著者 農林水産省 / 第3回優良品種の持続的な利用を可能とする植物新品種の保護に関する検討会. : 農林水産省, 2019.
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歯止めが利かない日本種苗の海外流出の現実 [オンライン] / 著者 山口亮子 / SMART AGRI. - 2020年5月29日. https://smartagri-jp.com.
事業構想と経営における知財戦略 [論文/レポート] / 著者 早川典重. : 事業構想研究第5号, 2022.
植物品種の海外流出と品種識別についての法的課題 [論文/レポート] / 著者 高田 寛. : 明治学院大学法学部研究, 2021.
食肉の表示に関する検討会(第3回)速記録 [会議議事録] / 著者 農林水産省 / 食肉の表示に関する検討会(第3回). 平成18年.
知が創る未来ビジネス(月刊事業構想連載) [書籍] / 著者 早川典重. 2019.9-2020.2.
和牛遺伝資源関連2法のポイント [会議議事録] / 著者 農林水産省, 2019.
- 早川 典重(はやかわ・のりしげ)
- 事業構想大学院大学 特任教授
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