「幸福感」で健康寿命を伸ばす インタビューサービス「声のアルバム」

“幸福感”で健康寿命をのばす。そんなビジョンを掲げるユニークな企業、3good(スリーグッド)が2022年9月に誕生した。第一弾として、離れて暮らす親にインタビューを実施し音声データにまとめる「声のアルバム」をリリース。代表の光川和子氏(事業構想修士)に新事業にかける思いなどを聞いた。

光川 和子 3good代表、事業構想修士(事業構想大学院大学大阪校)

実体験から地域・高齢化課題、
「生きづらさ」に目を向ける

広告代理店や事業会社でマーケティング、プランニング業務に携わってきた光川和子氏が、事業構想大学院大学大阪校に入学したのは2019年4月のこと。自身のこれまでの経験、身近な社会にあふれる課題がきっかけだったという。

「山口の典型的な地方のまちで18歳まで育ちました。そのまま大阪で就職しましたが、23歳で父が脳梗塞による全身麻痺の状態に。30代では実家で同居していた祖母が認知症を発症し、介護問題や離れて暮らす子側の気持ちを実感。患者本人だけでなく支える家族にも目を向けられる必要性を痛感しました」

通学の傍ら、大手通信会社の関西支社に職を得た。自治体などをクライアントとするスマートシティ推進チームに配属されると、地域の課題、高齢化や移動問題と向き合う業務内容が、自らの問題意識と重なっていった。

「団塊の世代が高齢化を迎える日本では、どこの自治体も課題だらけです。人も減る中、そこをICTで補完する手段が求められますが、ただ単にツールやデバイスを配置するだけではうまくいかない。その課題が発生する土地の歴史や地域特性、人の想いといった背景を丁寧に探りながら、長期的視点で施策を組み立てる力が必要です。地方においてもデジタル活用は大きな助けになりますが、言葉に出さない空気感や目の前の人の気持ちをくみ取る、やっぱり人間が本来持っている力は必要だと思います」

自分自身と向き合った
事業構想大学院大学での2年間

都市部への人口集中、超高齢化が進行する日本では、今後、都市部に住む子世代が故郷の老親を介護する「遠距離介護」の増加が見込まれる。自身の経験をもとに、この解決策を検討していった。授業や発表を重ねる中で、教授陣や様々なバックグラウンドを持つ同期生達から次々と質問が飛んでくる。そこで自身の考えの甘さを実感した。

「自分はその課題について理解は深いし、気持ちもよく分かっている。しかしそのような課題に直面したことのない人からすれば、その何が問題なのか?という純粋な疑問がわきます。伝え方の工夫や練習も必要だと感じると同時に、改めて『私が本当に実現したい事はなにか』『なぜ私がやるのか』という原点を突きつけられる。結局、もっと自分自身と向き合うことが必要だと1年次に感じました」

自分自身と向き合うというのは、良い面ばかりでなく思い出したくない出来事を追体験することでもあった。心の奥底にある本当の気持ちを認める怖さなどもある中、何かこの先生は想いを分かってくれそうな気がすると「存在次元」を提言する岸波宗洋教授に相談、今後事業を運営していく上で指針となる言葉をもらう。

「入学時より、あまり事業性(利益の追求)は考えていなかったのが本音です。しかし岸波先生にいただいた言葉で視点がガラッと変わりました。サービスが広く社会に普及すれば、救える人が増える。雇用が増え地域経済が活性化し、それは事業の継続性を意味します。まさにその言葉が、大きくスケールできる事業を構想するきっかけになりました。2年次に進んでからは、ゼミの早川典重特任教授からはグローバルかつ人間的な事業視点を、青山忠靖特任教授からは泥臭く地域に密着していく視点の重要性を教えていただきました」

大学院の雰囲気や同期との関係性についても、「大人になってから、理想やアイデアをフラットに話し合える場所を得られたことは貴重だった」と振り返る。

修了時に提出した事業構想計画書のテーマは、次フェーズと見込む「仕送り」をキーとした買物支援サービスだ。これも単に送迎や付添いを提供するのではなく、「親が子のために買物に行く時間を作る」という“親の役割”を実感する仕掛けを取り入れた。

第三者が間に入り、「幸せ」を
感じるきっかけを仕掛ける

光川氏は2022年3月に退職し、8月に3goodを起業した。社名には、顧客、事業者、地域社会それぞれに益をもたらす「三方よし」という想いが込められている。

退職後、改めてフィールドリサーチを実施。ユーザーの意見だけでなく行政や企業の意見も地方・都市双方で聞いていった。仕送りサービスは送迎をつける想定としていたため安全性や法規制の課題もあり、まずはサービスの一部であった音声記録を切出し「声のアルバム」として始めることにした。

「声のアルバム」では、離れて暮らす親にインタビューを実施し音声データにまとめて依頼主(子)に提供し、“幸福感の循環”を引き起こす

高齢期の親子(親80代・子50代前後を想定)をメインターゲットに、子より依頼を受け親のもとに訪問、2時間のインタビューを実施。インタビューでは主に依頼主である子の、幼い時の話を聞き出す。

親は50年近く前の子供が生まれた時期をふり返り、とても幸せそうにその家族ならではのエピソードを話す。また、依頼主(子)も高齢の親が自身の幼少期を話している音声、親自身のポジティブな発言を聞くことで幸せな気持ちになり、「幸福感の循環」が起こっているという。

「もう一つの特徴は、第三者が間に入るという事です。家族、特にお互い年を取ると長年の積み重ねから、わだかまりを持つ親子も少なくありません。なんのしがらみもない第三者が間に入る事でポツリと本音が話せたり、子自身も親に対する気持ちを改めて見直す機会になります。これをきっかけに新たなコミュニケーションが生まれるよう、“事業者が叶え過ぎない”サービスを心がけています」

2022年10月より大阪府・太子町でのふるさと納税にも採用されることが決定。その町で育った子が、地元に住む親や大事な人のために「声のアルバム」を贈ることは本来のふるさと納税の趣旨を実現する。また離れていてもお互いを想う、関係人口の創出にもつながる。まずは関西エリアを中心に、採用自治体増加を目指していくという。

「声のアルバムで築いた信頼関係を入口に、次段階として月一回話し相手として訪問するようなプランを考えています。声のアルバムは高齢の親子に限った話ではなく、大事な人であればどなたでも顧客となる。B2Cだけではなく、結婚式場や高齢者施設の付加価値付けとしてB2B展開も仕掛けていく予定です。

複雑な仕組みやテクノロジーを取り入れなくても“人が幸せを感じるきっかけ”は作れる。日常のちょっとした幸せを感じられる人、そのきっかけを作れる人が増えた方が、生きやすく豊かな社会だと思うんですよね」

暗くなりがちな社会課題こそワクワクするアイデアで、解決につなげる。光川氏は、ひとりひとりが幸福感を感じながら「今日もいい1日だった」と思えるWell-beingな社会を目指したい、と語った。