ステークホルダー起点の広報DX 態度変容とコミュニケーションの再構築

近年、あらゆる分野で耳にするようになった「DX(デジタルトランスフォーメーション)」。業務のIT化にとどまらず、広報と組織の在り方を変えるために必要なことは? 社会情報大学院大学 広報・情報研究科の渡邉順也准教授と、橋本 純次専任講師が語り合った。

ステークホルダー起点の広報DX

橋本 デジタル・トランスフォーメーション(DX)という言葉は国内でもすっかり定着した印象を受けますが、そもそもDXが指し示す概念とはどのようなものでしょうか。

渡邉 一部で効率化のためのデジタル活用といった認識もあるようですが、DXとは組織内部の話ではなく、ステークホルダーがいてこその概念です。彼らの行動はここ数十年のデジタル化によって変化しているわけですが、それに合わせて自社や事業のあり方を変えていく、というのがDXの基本的な考え方です。共通の「DXの完成形」があるわけではなくて、組織とそれを取り巻くステークホルダーの有り様によって異なってくるわけです。

橋本 それでは、広報におけるDXとはどのような概念なのでしょうか。

渡邉 相対するステークホルダーの変化に合わせて、自社の在り方を変えていく際には、情報発信の方法もアレンジしていく必要があります。事業に合わせた発信内容の変化だけでなく、発信の方法もデジタルシフトしているステークホルダーに対応して変えていく必要がある。特にコロナ禍で「ステークホルダーのリモート化」が進んだことは大きな変化です。例えば顧客獲得の場面でもリード獲得の方法にも変化がありましたし、社員が目の前にいないなかで、どのように組織内広報を進めていくかということも重要な論点です。リモートワークが中心の社会でステークホルダーとの関係性を適切に構築することが、広報DXの大きな目標のひとつだと考えています。

橋本 そうだとすると、従来必要とされていた能力に加えて、DX時代の広報担当者にはどのようなことが求められるのでしょうか。

渡邉 従来必要とされていた能力に加えて、DX時代の広報担当者には新たな力が求められますね。

これまでの広報は、利用可能なチャネルが限られていました。しかし現在では、どのようにオンラインのチャネルにコンテンツを配置するか考える必要が生じています。また、SNSの普及などにより、実体的には社員全員が「発信者」といえますので、整合性を担保しつつそれらを取りまとめていくことも重要です。こうした状況で業務を行うためにはデジタル・コミュニケーションのリテラシーが必要ですし、利用可能なツールを常に把握することも求められます。

図 コロナ後・DX時代の広報担当者に求められる視点

 

広報DX実現のカ

橋本 広報DXの実現において、どのような取り組みが効果的でしょうか。

渡邉 もっとも重要なのは、生活者として一般的なデジタル・コミュニケーションをすることです。日常生活でオンラインを通じた情報発信を全くしていない方には、広報担当者としてインタラクティブなコミュニケーションを構想することは難しいと思います。

橋本 広報DXを組織で実現するためには、どのような点が重要でしょうか。

渡邉 広報は組織の中でも成功体験や習慣に縛られやすい部門ですが、そこをいかに「分かる人」「生活者の感覚を持っている人」に権限委譲できるか。言い換えれば、これまでの経験を離れて「コミュニケーションの再構築」にチャレンジできるかが鍵になります。例えば日本と海外を比較してみると、日本は生産部門が「完成させたもの」をはじめて発信するケースが多いですが、海外では先に広報が動き、ステークホルダーとの双方向のチャネルを構築します。情報社会ではこうした方向転換が必須ですので、経営者とそういった危機感を共有することが肝要です。

学び直しを支える「社会人経験」

橋本 広報DXのようなテーマについて、単発のセミナーで学ぶことと大学院などで長期の学習に取り組むことにどのような違いがあるでしょうか。

渡邉 「明日使えるテクニック」を持って帰るのであればセミナーは効果的ですが、それを本人が自分の言葉で自社の環境に落とし込みながら考えられるようになるためには、やはり長期間の体系的な学びが必要になります。

橋本 渡邉先生は大学院で学ぶ社会人学生にどのようなことを身に付けてほしいとお考えでしょうか。

渡邉 広報も含めて、あらゆる事業がITと切り離して考えることができなくなっています。そうした状況で、ITはますます「基礎を理解していて、自分で使いこなせる」ことが前提になっていきます。そのために、授業では、座学のみならずワークショップなどを通じて基本的な考え方とテクニックを提供しています。

橋本 社会人の「学び直し」についてどのように評価されていますか。

渡邉 いま思えば、大学生の頃は、知識やスキルが連なるための「幹」や「枝」が十分にできていなかったのだと思います。私の場合は10数年の社会人経験を経て大学院に入学しましたが、その頃にはそれらがある程度育っていましたので、インプット・アウトプットを繰り返すなかで知識やスキルがどんどん枝にぶら下がっていく感覚がありました。まわりの環境を見ても、学生のモチベーションが非常に高いこともあって刺激的でした。

橋本 広報・情報研究科では「広報のプロフェッショナル」を養成していますが、渡邉先生のお考えになる「広報のプロ」とはどのような人でしょうか。

渡邉 事業と広報は表裏一体ですので、広報には経営者の理念や事業の社会的価値を理解しつつ、ステークホルダーとのコミュニケーションを図ることが求められます。それと同時に、「事業が成功している状態」のイメージを経営者と共に構築できることが優れた広報の条件だと思います。

 

渡邉 順也(わたなべ・じゅんや)
社会情報大学院大学准教授

橋本 純次(はしもと・じゅんじ)
社会情報大学院大学 専任講師

 

社会情報大学院大学 広報・情報研究科は2022年4月より、社会構想大学院大学 コミュニケーションデザイン研究科に名称変更予定です。
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