企業”らしさ”を生み出す源泉とは何か? 『進化するブランド』
「ブランド」は、円滑な市場経済運営のために不可欠な媒体である。ブランドは貨幣と同じく交換手段として役立つが、その価値は国や流行の変化によって変化する。そして、国や文化の違いによって、そもそもブランドのありようは異なる。
世界的なブランド研究の権威であるデービッド・アーカーやジャン・ノエル・カプフェレは、日本と西洋諸国の間でブランドについての考え方や取り組みに大きな違いがあると指摘している。アーカーは、日本企業はブランドへの取り組みにおいて、企業イメージの形成に傾注していること、社名を幅広いさまざまな製品につけていること、最終的にブランドの顧客だけでなく従業員にまで影響を及ぼそうとしていることを特徴として挙げている。カプフェレは、欧米では商品中心のブランディングが行われるのに対し、日本は会社自体をブランディングし、その背景には日欧で異なる消費者行動(文化)が存在すると指摘する。
日本的なブランディングの代表例がソニーだ。ソニーのように「らしさ」を追求して革新し成長する日本メーカーは数多く存在する。
アーカーらが指摘するように、ブランディングには欧米型と日本型の2つのタイプが本当に存在するのか。それが正しいのならば、ブランドマネジメントの方法はどう異なるのか。そしてなぜ、日本において独自のブランディングが生まれたのか。本書はこの3点にフォーカスし、日本型ブランディグの特徴とメカニズムを分析している。
企業「らしさ」を生む源泉とは
著者の石井淳蔵氏(神戸大学名誉教授)は1970年代から同志社大学および神戸大学で経営学者として活躍、とくに日本のマーケティング・ブランディング研究における第一人者として知られる。
著者は、欧米企業は特定市場カテゴリーにおける競争優位性の確立を強く志向し、ブランディングは最初に決められたブランドのアイデンティティを遵守する「反進化型」なのに対して、日本企業は業界や市場セグメントを超えた“比類なき絶対的価値”=ブランドを追求すると指摘。この「進化するブランド」は、事業分野を超えて会社全体の戦略の軸になり、既存のビジネスモデルを打ち破る大きな変革を促し、事業戦略のみならず組織の文化や価値観を育てるという。そのような進化するブランドの姿を、阪急やカゴメ、無印良品などを例に分析している。
その上で、進化するブランドの仕組みをオートポイエーシス(自己創出)の理論に依拠しながら明らかにし、そのブランドの成り立ちに日本文化と言語用法(中動態の有無)が少なからぬ影響を与えている可能性を示した。
本書はブランドというテーマを通して、日本企業の特徴を明らかにしている。ブランディング担当者以上に、経営者にぜひおすすめしたい一冊だ。
進化するブランド
オートポイエーシスと中動態の世界
- 石井 淳蔵 著
- 本体4,000円+税
- 碩学舎発行、中央経済社発売
- 2022年8月
今月の注目の3冊
社会的企業者
CSIの推進プロセスにおける正統性
- 土肥 将敦 著
- 千倉書房
- 本体3,500円+税
社会や諸制度を変革しようとするソーシャル・イノベーションに注目が集まっている。本書は、社会的企業者が、ビジネスを通じて市場を通した社会変革を図るコーポレート・ソーシャル・イノベーション(CSI)に焦点を当て、CSIが求められる国際的な潮流や背景と、CSIの理論を解説したうえで、運輸大手のヤマトグループを事例にCSI活動を分析している。
ヤマトグループは東日本大震災に際して、「宅配便1個につき10円寄付」という活動を展開。取り組みは消費者から広く支持され、前年度を超える宅配便の利用につながり、また、新しい企業寄付のモデル提示という社会的価値も生み出した。本書ではそのアイデア創出や実現のプロセスを定性的に明らかにしている。
著者は法政大学現代福祉学部教授でCSR経営やソーシャルビジネスを研究する土肥将敦氏。CSR担当者に勧めたい一冊。
日本マクドナルド
「挑戦と変革」の経営
- 日本マクドナルド株式会社 著
- 東洋経済新報社
- 本体1,600円+税
1971年に銀座一号店を出店してから、創業50余年を数える日本マクドナルド。現在では直営方式とフランチャイズ方式により全国に約2,900店舗を展開し、コロナ禍においても売上高・営業利益ともに過去最高を更新した。日本に最も浸透した外資系ブランドと言えるだろう
日本マクドナルドは価格戦略の失敗や食品への異物混入などで幾度となく経営危機に陥ってきたが、逆境の中でビジネスモデルを変化させ、経営を立て直してきた。その競争の原動力はどこにあるのか。本書は、日本マクドナルドが“著者”となり、その挑戦と変革の経営について解説した初の公式ビジネス書である。
本書の1コーナーでは、一橋大学の米倉誠一郎名誉教授や立教大学経営学部の中原淳教授が、ノベーション創出や人材育成の観点から日本マクドナルドを分析しており、異色だが読み応えがある。
森林列島再生論
森と建築をつなぐイノベーション
「森林連結経営」
- 塩地 博文、文月 恵理ほか 著
- 日経BP
- 本体2,000円+税
日本は国土の3分の2を森林が占める「森林大国」だが、木材を安価な外国産材に頼ってきたため、国内林業は大きく衰退、森林と需要者を結ぶサプライチェーンは分断されている。一方、世界では木材の供給不足により木材価格が暴騰する「ウッドショック」が発生。さらにウクライナ危機によって木材供給の先が見通せない状況になっている。
本書では、日本の林業および森林産業の復興と成長に向けたアイデアを、多数の先駆的な森林事業経営者や研究者らが提案している。デジタル技術による国産材サプライチェーンの構築や、利用が進まない木質バイオマスの新たな活用方法など、木造建築部品の海外輸出戦略など、イノベーティブなアイデアが多数登場する。
衰退産業ではなく成長産業として森林を捉えた本書は、事業構想家に多数のヒントを与えてくれるはずだ。