防災×エンタメ VRで「リアル火災体験」、防災意識の向上へ

『火災のプロ』として長年防災システムの提供を行っている能美防災。このたび、火災を臨場体験できるVRコンテンツを開発し、ソフトコンテンツを通じた防災ソリューションの提供に踏み出した。エンタメの要素を絡めて防災意識の向上を図る新しいアプローチだ。

左/淺野 智雄(能美防災 総合企画室 主査)
中央/佐々木 聰文(能美防災 人事部 兼 総合企画室 主査)
右/渡辺 剛明(能美防災 CS設備本部 CSサービス部 第2グループ 主査)

自社の強みにフォーカスし、
事業を構想

長年火災のプロとして防災システムを提供してきた能美防災が今年9月1日の“防災の日”にリリースした『火災臨場体験VR ~混乱のオフィス~』。オフィスビルでの火災発生から避難まで、複数のシーンを収めたVRコンテンツで、火災の危険性や怖さ、避難の難しさなどを体験できる。

プロジェクトの企画者である佐々木氏は、東日本大震災をはじめ、歴史的に津波被害を受けてきた岩手県釜石市の出身ということもあり、かねてから防災教育に強い関心をもっていたという。こうした想いをもって2019年度の社内施策『新規事業創出活動』に自ら参加を希望し、2020年度には事業構想大学院大学の『新規事業開発プロジェクト研究』へ参加する機会を得た。

佐々木氏は当初、子どもたちの命を守りたいという想いから子ども向け防災教育の構想を練っていた。子どもを通じて周囲の大人を巻き込めれば、より多くの命を守ることにもなるからだ。しかし、自社の既存事業や経営資源の活用を考え、オフィスで働く大人を対象に。扱う災害も、最初は自然災害全般としていたが、『能美防災の強みである“火災”でエッジの効いた取り組みができれば、今後幅を広げる突破口になるのでは』という教授の助言をきっかけに、火災に絞った。火災の危険性・怖さへの理解を深める手段として、VRに可能性を感じたという。

『楽しく防災』を目指し
ゲーム会社と協業

アイデアを固めていく中でヒアリングした既存事業の顧客企業からは『火災は起きない前提で考える人が多く、防災教育の効果が思うように上がらない』『訓練の参加者を集めるのが大変』という声が多数聞かれた。

「避難という行動へつなげるには、火災の危険性や怖さを認識する体験が重要です。しかし、正面から“防災体験”というととっつきにくい。今回、ゲーム会社と組んだのは、エンタテインメントと組み合わせることで、“やってみたい”という気持ちにさせたいという思いがありました」

リサーチを進める中で、地震災害をテーマにしたゲーム『絶体絶命都市』シリーズを制作するグランゼーラを知りコンタクト、約8カ月で体験機会の提供までこぎつけた。

「PCからの発火」シーン。穏やかなオフィスの雰囲気が一変し、戸惑って動けない人や火災をスマホで撮影する人など混乱した様子が体験できる

「煙が充満した廊下」のシーンで立ち・しゃがみの動作をすると、高さにより煙の濃度が異なることが体感できる。体験者は視界が悪いこの状態から避難を試みる

今回開発したVRコンテンツのコンセプトは『忘れられない火災の恐怖体験』。オフィスビルでの火災を想定し、①PCからの発火、②下階で火災が発生、③煙が充満した廊下、という3つのシーンからの避難体験ができるようになっている。実際にVRを体験すると、出火前のオフィスのざわめきや出火直後の混乱した様子、燃え上がる炎の描写などがリアルに体感できる。

「火や煙の様子はもちろん、警報が鳴っているにもかかわらず逃げようとしない周囲の様子などにもこだわりました。警報が鳴っても誤りだろうと疑って逃げないという経験がある方も多いのではないでしょうか。いかに避難行動につなげるかが防災における大きな課題だと捉えています」

事業創出だけでなく
人材育成でも効果

『新規事業開発プロジェクト研究』でアイデアの事業化を進める中で多くの学びがあったという佐々木氏は、「特にアイデアを出し検証するサイクルを高速で回転させ、アイデアの可能性を見出す、精度を高めることの重要性を身に染みて感じています」と話す。

VRコンテンツ開発を仲間としてサポートし、2021年度のプロジェクト研究に参加している渡辺氏と淺野氏も、「さまざまな企業から多様な人が集まるプロジェクト研究は、みな志が高く、刺激になる」(渡辺氏)、「アイデアを長く温めるのではなく、頻繁にアウトプットして改善することの重要性を学んでいる」(淺野氏)と語る。

能美防災では、同プロジェクト研究に連続して社員を派遣しており、その成果について社内からも「新規事業の種を発掘し、育てる手法だけでなく、物事の捉え方やアプローチの仕方を学ぶことで大きな成長の機会を得られている」(人事部次長・矢代氏)、「新たな事業をさまざまな考えや価値観の中で考えることで、精度・質ともに自社のみで検討するより高いレベルに到達する。人材育成上も飛躍的に成長することができるように感じる」(人材開発室長・舘野氏)など、高い評価を得ている。

コンテンツを充実させ、
将来は子どもの防災教育も

今回開発されたVRコンテンツは、まず既存顧客に向けてサービス展開することを想定している。今後は火災を軸にシーンを増やす、あるいは、地震など別の災害と火災を絡めるといった形でコンテンツの幅を広げていくことが検討されている。

「“防災を楽しく学ぶ”ことを軸にしながら、恐怖体験に寄せたものや楽しさに寄せたものなどのバリエーションを出し、パッケージにしていきたいと思っています」

反面、VRは集団での体験が難しいことが弱点で、別のアプローチで体験を届ける仕組みを考えることも課題だ。

また、佐々木氏自身は「子どもたちの命を災害から守ることに寄与する防災ソリューションの具体化にライフワークとして取り組んでいきたい」と語る。佐々木氏は2019年度の社内施策の段階で子ども向け防災教育の可能性を探るため文科省へのヒアリングも行っている。学校現場では、防災教育や訓練の充実を図ろうとするものの『教員が多忙で手が回らない』『教員自身に十分な知識がない』などの課題がある。文科省とは現在も意見交換等を続けており、教員自身が火災や災害への危機感をもち、行動できるようなパッケージや、子どもたちが楽しく防災に触れることができるコンテンツも考えたいという。

「プロジェクト研究では『想いをかたちにすること』の大切さを学び、新規事業は人生をつくることだと教えていただきました。今回の取り組みを礎に、子どもたちの防災教育にも挑戦していきたいと考えています」