ICTを基幹産業の発展・シティプロモに活用 地域課題解決へ

人口減少や高齢化による税収の減少や産業の衰退は、地方自治体にとって深刻な問題である。ICTを基幹産業の発展や住民一体のコミュニケーションに役立てることで、地域課題の解決につなげていくノウハウを、北海道岩見沢市と茨城県行方市の事例から探る。

ICTを地域の課題解決にどう役立てるか。協業の体制づくりが議論された。

社会を導く未来像の共有で
横断・複合的に技術を活かす

北海道を舞台にした「下町ロケット」最新作で、広大な農地を無人のトラクターで耕していく風景が話題となった岩見沢市。行政面積の約42%を占める農地は1万9800ha。道内で最大を誇る水稲栽培をはじめとする土地利用型農業はこの地域の基幹産業だ。

「2015年までの5年間で就業者数は15.4%減少し、高齢化も進んでいます。持続性確保のためにも、ICTを活用した営農の効率化や農産物の高付加価値化が必要です」(松野 哲 市長)。

松野 哲 岩見沢市長

109人の農業者が参加して「いわみざわ地域ICT(GNSS等)農業利活用研究会」が発足したのが6年前。現在、参加者は187名にまで増え、市内13カ所に気象観測装置を設置し、50mメッシュの気象情報や営農情報を配信するなど、着実に実装を進めている。

「2015年から北海道大学の野口伸教授と共にロボットトラクターの完全無人運転の実証実験を進めています。さらに2018年からは、データセンシングによる水温や積算地温の把握、定点カメラによる生育状況の把握などの実証も始まり、海外からの視察申込みも増えています」と述べる松野市長は、ICT活用を効率的かつスピーディーに進めるポイントを2つ挙げた。

第1に快適なネットワーク環境を整備すること。岩見沢市は全国の自治体に先駆けて地域BWA(ブロードバンド・ワイヤレス・アクセス)を整備し、現在は5G導入を目指している。第2に将来像を明確に描いて今やるべきことに集中し、民間と協業しICT活用を進めていくことだ。

「内閣府の近未来技術等社会実装事業に選定された"スマート一次産業"が目指すのは、単なる省力化でなく未来型農業への転換です。この技術を横展開すれば冬の除排雪にも役立てることができます。総延長135kmにも及ぶ未除雪路線では、春になるとポールだけを目印に危険と隣合せの作業をしていたのですが、道路データと位置情報を活用すれば、正確かつ安全に除雪作業が行われ、市民生活は格段に向上するでしょう」と松野市長は語った。

岩見沢市はICT活用を産業活性のみならず日々の暮らしにまで横断的に展開し、健康増進や教育、子育て支援、高齢者福祉などの課題にも複合的に機能させようとしている。

市民一体の情報発信で 防災や観光振興にも変化

茨城県南東部に位置する行方市(なめがたし) は2005年9月に3町が合併して発足した。人口は3万5000人ほどだが、20代~30代の流出が多く、高齢化率は34%まで進んでおり、主要産業である農業の担い手不足も深刻な課題だ。

そこで、2015年に「情報発信で日本一プロジェクト」を宣言し、市民参加型のICT活用を進めてきた。鈴木周也市長は、「都道府県別魅力度ランキング47位が定位置になりつつある茨城県の中でも、行方市の知名度はとくに低いと思います。一人でも多くの方にこの地の特産品や観光地に関心を持ってもらいたいし、市民にも旧町の他のエリアの祭事のことなどを知ってもらいたいと考えました」と語る。

鈴木 周也 行方市長

まず、大きく変わったのが広報コミュニケーションだ。既存の広報誌をスマホ・多言語化に対応したデジタル版としても展開。さらに、地デジのホワイトスペースを使った地上一般放送「なめがたエリアテレビ」を全国の自治体としては3番目に開設し、ワンセグ・フルセグ両対応を実現した。現在40の基地局を60まで増やして市内全域をカバーする計画だ。

「停電に強く、テレビのほかスマホやカーナビでも受信可能な放送網の必要性を感じたからですが、災害時専用のシステムではありません。平常時にも市が発信すべきニュースを流すほか、商店街の情報、カラオケ大会などのイベント告知、専修大学や茨城大学との連携事業から生まれた番組など、市民参加型でコンテンツを充実させています。市民向けのアナウンサー養成講座も実施しており、子どもたちが運営する放送局は想像力や表現力を育む場になっています」(鈴木市長)。

また、観光資源は乏しいと言われがちだが、行方市を挟む東西2つの湖はサイクリストたちにとって魅力溢れる場所だ。サッカーJ1、鹿島アントラーズのホームタウンでもあり、スポーツツーリズムを推進するにはうってつけ。2019年3月には鹿行(ろっこう)地域5市が協力し、「茨城100kmウルトラマラソンin鹿行」を開催し、全国から参加者が集まった。「霞ヶ浦湖畔には約180kmのサイクリングロードが整備されています。すでに民間では、全国からランナーやサイクリストを呼び込むため、走行データから現在地を照会できる地図アプリが開発されています」(鈴木市長)。

今後、インバウンドと出入国管理法改正の影響で外国人が増えることを見越し、行政窓口の多言語化対応も進めており、民間企業や地元ベンチャーとも連携しながら、地域に根差したICTの活用をさらに拡大していく考えだ。

フルスペックではなく
「協業」で強みを活かす

NTT東日本ビジネスイノベーション本部副本部長(当時)の原田清志氏を交えたディスカッションでは、「ICT活用を力強く推し進める原動力は何か」が論点となった。東日本エリア各地に拠点を持つNTT東日本は、自治体とともに地域の社会課題解決に取り組んでおり、よく「ICT活用がなかなか進まない」と相談を受けるという。

松野市長は、「農地が50aを越える規模であれば複数の中・小型トラクターの協調によって効率化が図れるよう実証実験を進めています」と話した。

また鈴木市長は、「ICT活用をはじめとする市が抱える課題を考えるために『なめがた市民100人委員会』で約1年間かけてプランを作ったことで、市民との共通認識を持て、一体感にもつながりました」と語った。

協業の体制づくりには何が必要か。鈴木市長は「地方自治体の財政が潤沢ではない中で、6次産業化を進めるには、産官学のみならず金融界・労働団体・言論界(金労言)も入らないと事が動きません」と連携の重要性を語った。松野市長は「行政がフルスペックでサービス提供するのではなく、つなぎ役としての務めを果たしつつ、大学の知見や民間資金を投入してもらえるようなフィールドを提供することが大切」と連携の方向性を示した。

住民ニーズを汲み取りつつ、地域の特性に照らして多様な主体の知見を持ち寄り協業することが、真の地域活性につながることが示された。

田中 里沙 事業構想大学院大学 学長