地場企業のエースを輩出へ 広島県が「社内IoT人材」育成を支援

「イノベーション立県」をビジョンに掲げ、「ひろしまサンドボックス」を通じてAI・IoT等のテクノロジーを活用したソリューション創出に積極策を講じる広島県。大手企業やスタートアップを呼び込むだけではなく、県内企業のIoT人材育成にも注力することで、県全体に新事業創出への機運が高まっている。

広島県ではIoTに関する知識を習得するだけでなく、実践的な講座を通じて、ビジネスモデルの構築からプロトタイプの作成までを担うことのできる人材を育成している

少子高齢化や世界的な競争の激化を背景に、AI・IoTを用いて、業種・業態の壁を越えた商品やサービスを生み出すことが持続的な成長のために不可欠な時代を迎えた。企業の大小は関係ない。このような中、自動車などの「ものづくり産業」が集積する広島県では、「いかにITとリアルを融合しイノベーションを創出するか」が、喫緊の重要テーマとなっている。

そこで広島県は、県内外の多様な人材等が組織の枠組みを超えて、広く緩やかなネットワークを形成する場「イノベーション・ハブ ひろしまCamps」や、産学連携による共同利用の場として「ひろしまデジタルイノベーションセンター」を整備。さらに、最大10億円規模を投資するAI・IoTを活用した実証プラットフォーム「ひろしまサンドボックス」を構築して、広島レモンの生産性向上や宮島口の観光地向けソリューション開発など、IoTへ積極的な投資を行い、産官学が連携しながら、「イノベーション立県」の実現に向けた取り組みに邁進している。

4.8万人不足の予想
先端IT人材の育成が急務

しかし、首都圏ではないからこその課題は多い。主たる課題の一つが"人材不足"。経済産業省によると、全国でIT人材が2020年には約37万人、2030年には約79万人不足すると試算されており、AI・IoTやビッグデータを使いこなし、新しいビジネスの担い手となる人材も2020年に4.8万人不足すると予測されている。「ヒト・モノ・カネ・情報」が集まる東京よりもAI・IoT人材を集めづらい地方において、人材の育成が急務となっているのだ。しかし、広島県の調査では、中小企業では人的・資金的リソースが限られており自社で人材育成する余裕がなく、経営者のIoTの理解不足により、IoTの取り組みが十分とは言えない事がわかった。

こうした中、広島県は今年度から、座学だけに留まらない体系的なIoT人材育成プログラムを開発し、「社内IoTエキスパート育成講座」を2018年7月に初めて開講。外部のコンサルティング会社やIT企業に任せるだけではなく、自社で、経営者から担当者を含め、組織的・戦略的にIoT戦略の企画を進める人材を育成することを目的としている。

講座の運営はIoTの導入支援で豊富な実績を誇るウフル(東京港区)が実施。同講座の最大の特徴は、知識のインプットやワークショップにとどまらず、ビジネスプランの作成とプロトタイプの制作までをわずか3か月弱で行う。また、初回と最終回では経営者が参加して、現場だけではなく経営者もIoTの重要性が理解できるようにして、今後の事業化に向けた配慮もしている。参加企業は、講座を受講している以外の時間も活用して、社内外でヒアリングを行いながら組織・業務のプロセス全体を俯瞰。IoTが解決を得意とするプロセスの"境目"に見える様々な自社の課題を解決するプランを考案した。

創造的復興へ求められる
地場企業同士の連携

9月27日に行われた最終発表会では、広島県の地場企業12社から派遣された19名がビジネスプランとプロトタイプを発表した。

優れた暗黙知を持つ職人のノウハウを形式知化するプランや、温度・湿度を計測することで印刷機トラブルを未然に防止するプラン。ドローンを活用し簡単にインフラ点検できるプランや、舌の画像をもとに健康状態を自動で診断できるプラン、医療機器をIoT化することでメンテナンスの質を向上させるプランなど。会には派遣元の責任者も訪れ、自社におけるIoTビジネスの可能性を示す発表に対して真剣に耳を傾け、各社とも高い評価が与えられた。

(左)青山忠靖 事業構想大学院大学 客員教授、(右)佐伯安史 広島県商工労働局長

最終発表会の講評を務めた事業構想大学院大学の青山忠靖客員教授は、今後への期待を次のように語る。「IoTは単なる技術であり、技術は事業・サービスとはなりません。IoTをもとに新たな事業を構想していただき、あるいは今やっている事業を拡張して、新しい価値を作ってください。今回の横の繋がりを5年、10年と持っていただいて、会社の枠を超えて新しい事業が生み出されることを楽しみにしています」

そして、講座の最後には主催する広島県庁商工労働局の佐伯安史局長より、2018年7月豪雨災害によって大きな広島県の産業が被害を受けたことも踏まえ、「ピンチをチャンスに、これから『未来に挑戦する産業基盤の創生』という言葉を使って取り組んでまいりたいと考えています。社内IoTエキスパート育成講座またはひろしまサンドボックスを利用して、復旧にとどまることなく、さらに成長していくことに取り組んでまいりたい」と今後も引き続き、AI・IoT分野での地場企業への支援を通じて、産業の活性化を目指す考えが述べられた。

人材育成の成果は短期的には見えづらい。さらに、IoTは顧客へ価値を提供する手段ではなく、コストとしてみられることもあり、社内で推進しようとしても困難が付きまとうだろう。しかし、ここで育った人材が中心となって、エコシステムを形成し、時には一緒になって開発することで、広島県が日本屈指のAI・IoTビジネス開発拠点となることを期待したい。

真剣な表情でプレゼンテーションを聞く研修生や講師、派遣元の責任者。写真奥中央は派遣元の1社である前川製作所専務取締役の重岡哲郎氏

図 参加企業の一覧(発表順)