20代で社内起業 パソナ東北創生の女性社長が地域に見出した価値

SELFTURN×Work Design Award とは
本アワードでは、新しい働き方を実践しながら活躍するビジネスパーソン、あるいはそれを推奨している企業を、ソーシャルビジネス部門、ライフデザイン部門、リモートワーク部門、デュアルワーク部門、新事業部門の5つの視点から表彰します。東京ミッドタウン・デザインハブ第71回企画展「地域×デザイン展2018」内にて、受賞者によるトークセッション、および授賞式を開催します。

審査委員
株式会社ニューズピックス、NPO法人ETIC.、一般社団法人Work Design Lab、一般社団法人at Will Work、Fledge運営株式会社えふなな、株式会社日本人材機構

岩手県釜石市に本社を置き、研修ツーリズムやローカルベンチャー育成事業を手がけるパソナ東北創生。戸塚絵梨子社長は、震災復興ボランティアを契機に「自分も生み出す側に立ちたい」とパソナの社内起業制度に手を挙げた。地域ならではの自由な働き方とは。

戸塚 絵梨子(パソナ東北創生 代表取締役社長)

都市と地域を結ぶベンチャー企業

東日本大震災からまもなく7年を迎える東北。1,000人を超える命が失われた岩手県釜石市で、東京生まれ東京育ちの女性が2015年に立ち上げたベンチャー企業がある。都市と地域を結ぶ研修ツーリズムや、地域産業の担い手づくりなどに取り組むパソナ東北創生だ。社名のとおり、人材派遣大手パソナの社内ベンチャーとしてスタートした会社である。

「社員ではなく経営者という立場ですから、会社に対して全ての責任を負い、失敗に言い訳はできません。苦しいことも多いですが、何かに成功したときの喜びは段違いですね。日々ここで働く喜びを感じています」とパソナ東北創生社長の戸塚絵梨子さんは笑顔で語る。

大学で教育学を専攻した戸塚さんは、人材事業に携わりたいと2009年に新卒でパソナに入社。同社のベンチャー気質旺盛で風通しの良い社風にも惹かれたという。入社後は東京で人材派遣営業に携わっていた。

転機となったのはもちろん、2011年の東日本大震災だ。甚大な被害に衝撃を受け、「自分にできることをしたい」とがれき処理のボランティアに参加。2011年6月からは毎月、学生時代からの趣味だった音楽を活かして、社内有志とともに福島県郡山市での小学生のオーケストラ教育にボランティアとして関わるようになった。しかし、自分の行動が本当に被災地に役立っているのか、モヤモヤとした気持ちを抱えるようになったという。

「郡山に行けば、子どもたちは『ありがとう』と笑顔で接してくれる。でも結局はお客様に過ぎず、本当の苦しみを共有し解決することができない。もっと深く被災地に関わりたいと思うようになったのです」

幸運にも、パソナにはボランティア休職制度が整っていた。これを利用して、NPO法人ETIC.の「右腕派遣プログラム」に応募し、2012年6月から岩手県釜石市に移住。現地の復興支援団体の立ち上げに関わることになった。

「派遣先として釜石を選んだのは本当にたまたまでした。でもこの決断が、自分の生き方を知るきっかけになり、今のパソナ東北創生の事業にもつながっています」

被災地で見つけた"豊かさ"

震災の爪痕が大きく残る釜石で戸塚さんが見つけたのは、意外にも"豊かさ"だったという。

「釜石は海や山からあらゆる食材が採れるし、一次産業だけでなく、日本の近代製鉄業発祥の地であったり、造船業が集積していたりと二次産業も豊かです。そんな"生み出せる豊かさ"は都会にはないものだと感じました。しかも、こうした豊かさが被災地の人々の強さや生き様にも現れていました。働き方と生き方が密接に繋がっている感覚が、とても心地良かったのです」

また、派遣先団体である三陸ひとつなぎ自然学校(さんつな)のメンバーたちの姿が、とてもまぶしく見えた。さんつなは津波に襲われた旅館の職員が立ち上げ、休業中の旅館をボランティアに宿泊施設として提供し、支援を必要とする企業とマッチングする事業を手がけていた。メンバーは戸塚さんを含め3人だけで、起業したばかりの団体にはミッションや事業計画もなかった。戸塚さんは日々のボランティア受け入れに忙殺されながら、メンバーたちと寝食を共にし、地域の未来や団体にできることを毎日議論したという。

「ほぼ同世代の人たちが、地域の未来を考え、自分で生き方を決断し、起業していることに衝撃を受けました。自分自身では起業を考えたことはなかったですし、あり得るとしても社会人として経験を積んだ先の遠い未来だと思っていました。でもそうではなく、自分が選択すれば今日からでもそんな生き方ができると気づいたのです」

豊かな地域で生きたい、そこで起業したいと考え始めた戸塚さん。ちょうどパソナ社内でも、事業として被災地にコミットすべきではないかという機運が高まっていた。派遣期間を終えて東京で復職した戸塚さんは、事業計画をまとめ、役員に社内起業を提案。パソナ東北創生を2015年に立ち上げた。

「私にとって幸運だったのは、パソナに社員の挑戦を応援する社風と制度があり、『会社を選ぶか、生き方を選ぶか』という決断を迫られなかったことです。起業を助けてくれる先輩や役員もたくさんいましたし、起業は2歳下の後輩社員と一緒に行いました。仲間に恵まれたこともとても大きかったですね」

地域に根付き必要とされる会社に

パソナ東北創生は、人材事業によって釜石と都市を繋ぎ、交流人口・関係人口の拡大と新産業・生業の創造を両輪で進めることをミッションとしている。交流促進のために取り組むのが企業向け研修ツーリズムや学生インターン、移住ツアーなどで、"課題先進地"の釜石を学びと実践のフィールドとして提供している。産業づくりでは、地域おこし協力隊制度を活用したローカルベンチャー育成プログラムや、プチ勤務(超短時間勤務)による地域人材の活用、六次産業化支援などを幅広く展開。「地域に生業をつくるほど、そこで学びたいという人が増えるし、交流・関係人口が増えるほど、新しいアイデアや産業が生まれます。この循環をつくることが大切だと思っています」

起業から3年。「とにかく色んな事業にチャレンジし、失敗し迷走しながらも、ようやく会社と事業のカタチができてきた」と戸塚さんは話す。

今後の目標を尋ねると、戸塚さんからはこんな言葉が返ってきた。

「継続が何より大切だと思っています。私が起業するとき、ある漁師さんから『復興支援と言っても、補助金や人材派遣期間が切れるとすぐに終わるプロジェクトばかり。期待を裏切られたくないから、起業せず東京に帰ってほしい』と言われたことが強く印象に残っています。継続するためには、釜石にパソナ東北創生が存在する意味を、住民の方々に実感してもらわないといけません。そのためにしっかりと利益をあげ、地域人材を雇用していきたいですね。釜石に必要なことであれば人材領域にとどまらない様々なビジネスに挑戦していきます」


 

戸塚 絵梨子(とつか・えりこ)
パソナ東北創生 代表取締役社長