「普通の人」の不動産相続を円滑に 空き家問題の解決を目指す

多くの人にとって避けて通れない"親亡き後の実家"問題。手を付けかねているうちに当の親が亡くなり、そのまま空き家化してしまうケースも多い。不動産コンサルティング事業を営むさくら事務所 代表取締役の大西倫加氏は、この問題を解決する新サービスに取り組んでいる。

大西 倫加(おおにし・のりか)
さくら事務所 代表取締役社長/らくだ不動産 代表取締役社長、事業構想大学院大学 東京校 第6期生

事業立ち上げの経験を
大学院で体系化

さくら事務所は、総合不動産コンサルティングを手がける企業。不動産や建築のプロが多数在籍し、中立的な立場から個人に向けて不動産取引や管理等のコンサルティングを行っている。売買を前提とした不動産会社とは異なり、第三者の視点で中立的なアドバイスを行う点が特徴だ。"ホームインスペクション"(住宅診断)のパイオニアとしても知られる同社。これは、住宅診断士の資格を持つ建築士など建物の設計や施工管理の専門家が、住宅の状態を総合的にチェックし、今後の見通しや必要な対応をアドバイスするもの。いわば"住まいのお医者さん"のような存在だ。

さくら事務所の代表取締役社長の大西氏は当初、同社のPRを担当するコンサルタントだった。しかし創業者からの誘いを受け専任職として入社。マーケティングを主導しつつ新事業にも取り組むなかで、代表を任されることとなった。

業界では異色とも言える経歴を持つ大西氏だが、事業構想大学院大学への入学を決めた理由は2つ。ひとつは「今後を見据えると、当社の専門分野から離れた領域でもサービスを立ち上げる必要があり、そのためにさまざまな業態の人とつながりを持ちたい」との思いから。もうひとつの理由は"後継者の育成"だ。新規事業の立ち上げや事業構想を体系的に学べる環境で自らの経験を落とし込み、後進にノウハウとして伝える仕組みをつくりたいと考えたという。

「私自身、未経験ながらいわば"違う畑"で事業を創ってきました。当社は不動産の専門家集団ですが、若手スタッフも自ら新しい事業を創出できるようにしたいという思いがありました」

"普通の人"の不動産相続を
サポート

"人と不動産のより幸せな関係を追求し、豊かで美しい社会を次世代に手渡すこと"を理念とする同社が昨年からスタートしたサービスが、大西氏の大学院での構想をもとにした〈実家の未来マップ〉だ。

〈実家の未来マップ〉でクライアントに提供されるレポート。実家の不動産としての現状とともに、将来価値を上げる・保つためのアドバイスなどが記載されている(画像はサンプル)

これは、富裕層ではない、"普通の人たち"の不動産相続をサポートするサービス。親元から独立した子どもたちにとって、親亡き後の実家の扱いは頭の痛い問題。しかし、「資産というほどでもない」と、あらかじめ税理士や司法書士などの専門家に相談や管理を依頼するケースは少なく、いざ相続が発生した際に適切な情報にアクセスできず対処に悩む人が多いのが実情だ。さらに「自分たちが暮らしてきた住まいの問題であること、家族が亡くなる相続というシーンで表面化することが状況を複雑化させる」とも指摘する。

「単なる資産でなく"思い入れ"があることで、感情面での対立や意見の食い違いなどが起こりやすいのです。また相続の話題は先延ばしにされがちで、準備が整わないのも課題といえます」

また、不動産会社にとってもこうした物件は売り物になりづらく、積極的に相談に応じてくれるところは少ない。こうして対処が決まらないまま、売ることも解体することもできずに空き家化するケースも増えている。最新の〈住宅・土地統計調査〉によると、2018年10月時点の国内の空き家の割合は過去最高の13.6%。2030年にはその割合が30%台になるという予測もある。空き家は防犯上の理由だけでなく、景観、衛生面でも地域の問題となるため、政府も法律や税制優遇等の対策を講じるなど、空き家の増加は社会的な課題となっている。

大西氏も大学院在学中に両親を相次いで亡くした経験を持つ。大きなトラブルもなく相続を終えたが、「不動産相続に関する情報や知識を持ち対処できた私でも、突然の事態に直面し精神的な負担は大きかった」という。

こうした自身の経験も反映しながら、"実家と空き家の問題"への対応をサポートするサービスとして始まった〈実家の未来マップ〉。建築・不動産のプロが災害リスクも含めて客観的に住宅を調査し、その状態と資産価値などを報告、今後の活用方法についてアドバイスを行う。最大の特徴は「売却や貸し出しを前提としていない点」。一般的な不動産業者と違いコンサルティング料で収益化しているため、相続の発生前に準備として活用でき、建て替えやリフォームで実家に住み続ける選択も可能だ。

持続可能なまちづくりに
広がる構想

「私も家族が亡くなる前、現実的な問題への対応に追われるだけでなく、もっと大切な時間を過ごす必要があったのかもしれないとの思いもあります」と大西氏は振り返る。"思い"がある実家という資産について「客観的に見て今後どういう選択がベストかを判断するための材料や、話し合いのきっかけとしてこのサービスを活用してほしい」と語る。

現在は首都圏のみでのサービスだが、今後は自社の既存ネットワークを生かした全国展開に加え「以前から相続にまつわる相談を非常に多く受けていた」ことから、家族信託なども含め、より包括的に家の相続をサポートすることも検討しているという。

不動産や建築の専門家集団という自社の資源を活用して個人の不動産問題を解決することで、空き家という社会全体の課題解決にもつながる事業展開を目指す大西氏は、不動産を通してまちのあり方についても構想している。「無秩序に広がったまちを適正なサイズに整備し直し、郊外も美しく維持管理できるしくみを事業としてつくりたい」とし、自治体関係者との意見交換の場やシンポジウムなども行っている。

「私たち一社だけの力で実現することは難しいですが、大学院での出会いやご縁も活かしつつ、"企業ができること"と"公共セクターでしかできないこと"を組み合わせ、幅広くパートナーシップを組んでいきたい」と、豊かで持続可能なまちづくりに取り組む構えだ。