2017年7月号

人間会議

郵便の父・前島密が築いた 誰もが平等に使える制度

井上 卓朗(郵政博物館 館長・主席資料研究員)

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明治維新の時期に始まった日本の郵便事業は、「日本近代郵便の父」といわれる前島密の理念に基づくものだ。日本の近代化に不可欠であった通信と交通のインフラ整備を率いた前島は、「自由、平等、公平」の実現を目指していた。現場中心の視点から、身分や肩書に関係なく、誰もが平等に使える制度として築かれた郵便システムは、今日も全国津々浦々に行き渡り、 災害時や過疎地域でも住民を支える強固なシステムとして生き続けている。

前島 密(郵政博物館蔵)

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郵政博物館と前島密

―郵政博物館の沿革と、日本の郵便事業の始まりについて教えてください。

郵便や通信に関する様々な収蔵品を展示、紹介している郵政博物館(東京都墨田区)の起源は、1902年に遡ります。日本の「万国郵便連合(UPU)」への加盟から25周年を迎えたこの年、記念行事の一環として、「郵便博物館」が当時の逓信省内に創設されました。

その後は「逓信博物館」、「逓信総合博物館」への改称や度重なる移転を経て、2014(平成26)年3月に公益財団法人「通信文化協会」が運営する現在の郵政博物館が開館しました。その分館として、新潟県上越市の前島記念館、岡山市の坂野記念館、沖縄郵政資料センターもあります。

明治初期の日本において、郵便事業を築いた前島密(まえじま・ひそか)は「日本近代郵便の父」といわれ、現在は1円切手の肖像としても知られています。明治維新の時期には世界各地に新しい波が押し寄せ、それが日本にも及ぶ中、多くの人々が「このままでは、日本はやっていけない」と考えました。新しい国を築く必要がありましたが、様々な主張の違いがあり、幕末の動乱が起きました。

そのような中で前島は、日本が今後も成立していくには近代化が必要で、なおかつ開国して西洋と同等に付き合わなければならないと考えていました。そして近代化に当たり、最初に整備が必要なのは、通信と交通のインフラだと考えました。近代化に向けては、まずは連絡ができなければならず、それに至る物流の道もつくらなければならないということでした。

世界の切手コーナーと竜文切手4種(郵政博物館蔵)

西洋の理念を取り入れ江戸の制度も活かす

―前島が必要と考えた通信や交通のインフラ整備は、どのような形で進められたのでしょうか。

明治政府には、渋沢栄一をトップとする「改正掛」という係があり、これは今で言えばシンクタンクのような存在でした。ここで様々な議論がなされ、通信や交通のインフラ整備に関する主張をしていた前島が、その仕事を任されることになったのです。

そして、当時の「駅逓司」という役所において、日本の郵便制度が産声を上げました。駅逓司は江戸時代の「道中奉行所」に当たるもので、明治初期には行政の様々な制度に江戸時代のシステムが流用されていたのです。

道中奉行所は江戸時代、交通や宿駅を管理する役所でした。江戸時代にはまた「継飛脚」という幕府公用の通信制度があり、これを管理していたのも道中奉行所でした。このように、江戸時代の通信交通を管理していた役所がそのまま駅逓司となり、そのトップに前島が就任したのです。そこで通信や輸送、交通制度の改革が行われ、江戸時代とは異なる形の新しいネットワークを築く端緒が開かれました。

江戸時代の通信や交通のシステムは、西洋のものとは大きく異なりました。例えば、江戸時代の継飛脚は公用の文書しか運んでおらず、それとは別に民間が営業する「定飛脚」がありました。

異なるシステムを西洋と同等に変えていくには、西洋のシステムをそのまま取り入れる方法がありますが、前島は従来のシステムも活かす方法をとりました。その際、理念やシステムの運用では西洋的なものを取り入れ、実際に郵便を運ぶシステムでは江戸時代からの宿駅制度を流用したのです。

江戸時代の制度を活かせば、あまり時間をかけずに通信や交通のインフラを整備できます。例えば、物流では江戸時代の宿駅を会社にし、陸運会社を創りました。他方で江戸時代には公用の継飛脚は無賃でしたが、前島は西洋の考え方を取り入れ、公用か民間かにかかわらず、また身分や肩書とも関係なく、皆が平等に有料で利用するシステムとしました。

1871(明治4)年には物流と郵便の制度がスタートし、翌年にはその制度が全国で実施されました。また、対外的にも西洋と同等の通信システムができたことをアピールし、1873(明治6)年には米国と「日米郵便交換条約」を締結しました。このようにして海外との通信や商取引が可能になり、日本の近代化の基礎となるインフラが築かれたのです。

当時の前島の目標は、「自由、平等、公平」の実現であったと思います。これらは今では当たり前のことですが、江戸から明治維新の時期にはそうではありませんでした。

前島はまた、江戸時代には頭を下げて役所まで行かなければできなかった様々な申請を、郵便でも行えるよう改革しました。さらに、当時はまだメディアが発達していませんでしたが、前島は新聞や雑誌の原稿を無料で郵送できるようにするなど、メディアの振興にも取り組みました。

前島は近代国家の理想を大きな声で語るのではなく、現場の視点でものを考え、できるだけ多くの人々が新しい制度を自由に使えるようにするため努力をしました。

過去の歴史を伝える書状

―現代はインターネットやスマートフォンによる通信が普及しましたが、書状が持つ重要な役割は今も続いています。

私たちは博物館で歴史的な資料を扱っていますが、やはり書状のように紙に書かれたものの重要性は今後も残ると感じます。過去の歴史を知る際にも、書状は非常に有効で、書状1つで歴史がわかることもあります。

例えば、戦時中に兵士の家族や友人が兵士に宛てて、日本から出した手紙が最近になって発見されています。それらの手紙には、当時の村の状況や人々の生活について詳しく書かれており、一般的に思われていた戦時中の状況とは、かなり異なるものであったことがわかります。

また、日本の人々は意外に、戦時中も自分の本音を手紙に書いていたのだとわかります。そして若い兵士と親しい女性のやり取りなどを見ると、今の若い人たちとあまり変わらないという印象も受けます。若い兵士たちには夢があり、「戦争が終われば」と希望を持っていましたが、多くの方が亡くなっていかれました。

また、書状だけでなく、切手も時代を反映しています。郵政博物館では世界各国で発行された約33万種の切手も展示しています。UPU加盟国は、国内で発行したすべての切手を他の加盟国に送ることになっています。このため、私たちの博物館では世界の加盟国から送られてきた切手を収蔵、展示しています。

地域住民の生活を支える日本の郵便制度

―全国各地に存在する郵便局は、郵便だけでなく、様々な面で人々の生活を支えています。

郵便局はかつて日本中で最も多い役所で、郵便だけでなく電報や電話の交換、貯金や保険にもかかわってきました。特に、戦前までの時期に日本が通信で世界に遅れることなく、全国に電話があり電報が届いていていたのは、郵便局が各地域に根付いていたからです。

当時は全国各地で先進的な考えを持つ方々が、郵便局長として使命感を持って事業に取り組んでいました。日本の国は元々、村や農業を中心としており、その時々の為政者とは別に古代から続く村社会がありました。その村長を中心とするネットワークが、ある意味で郵便制度に取り込まれたのです。

郵便制度がつくられた際には、江戸時代から地域行政に携わっていた村の有力者の方々が、各地で郵便局長に就任しました。その際、郵便局に必要となる土地や建物が無償提供されていました。地方の郵便局長さんには現在も、地域振興に熱心に取り組む方が多いと感じます。

少子高齢化や人口減少が進む中、地方では現在、地域住民の生活に必要な様々な施設の撤退が生じています。そのような中でも、「最後まで残っているのは郵便局だ」という話を聞きます。公共の交通手段が少ない地域に住み、車も運転できない高齢者でも、郵便局が近くにあれば、お金を下ろし、年金を受け取ることができます。そして郵便を受け取り、近くのポストに投函することもできるのです。

東日本大震災の際にも、郵便局の職員らは避難所に移った方々の居場所を何とか探し出し、郵便を配達しようとしたそうです。郵便制度は今では水や空気のように当たり前になり、そのありがたみを感じることはあまりありません。しかし、様々なインフラが破壊されるような事態が生じた時、最終的に力を発揮できるのは郵便局ではないかと思います。

日本の郵便制度は世界的に見てもしっかりしたもののようです。前島密の考え方は現場中心で、現場で実践や利用をする人の視点に立つものでした。そのような視点で設計された強固なシステムが、今日まで続いているのです。郵便制度は今後も変化していくはずですが、全国津々浦々に行き渡り、最後の砦となるような制度は将来も残していただきたいです。

郵便線路図(武蔵国)明治5年(郵政博物館蔵)

書状集め箱(市内用)明治4年(郵政博物館蔵)

井上 卓朗(いのうえ・たくろう)
郵政博物館 館長・主席資料研究員

 

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