2017年1月号

人間会議

機械にとって不合理な心は人間の重要な構成要素

甘利 俊一(理化学研究所 脳数理研究チーム シニア・チームリーダー)

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人間の非常に複雑な脳は、長い年月にわたる紆余曲折を経てできたものだ。脳科学がその複雑な仕組みを解明しようとしてきた一方で、1950年代に始まった人工知能研究は、人間のような知的な活動ができる機械を生み出そうとしてきた。21世紀に入り、人工知能は急速に進歩しているが、人工知能は人間に取って代わるわけではない。人間が持つ「心」や「感情」は人工知能にとって不合理だが、社会においては重要な構成要素であり続ける。

甘利 俊一(理化学研究所 脳数理研究チーム シニア・チームリーダー)

人間の脳を形成する1000億個のニューロン

―人工知能が急速に発達していますが、脳の仕組みには、機械では置き換えられない部分もあると思います。

人間の脳は1000億個のニューロン(神経細胞)による回路網で、非常に複雑です。コンピュータは急速に発達していますが、これには及びません。ニューロン間をつなぐ配線をすべて集めると、地球を7周するほどの長さになります。

このような人間の脳は進化の過程で出てきたもので、長い年月にわたって少しずつ突然変異が生じ、積み重なってきました。人工物は人間が考え抜いて設計しますが、脳の進化には設計思想などありません。ランダムな変動の結果、良いものが残ったので、複雑にならざるを得なかったのです。

コンピュータは半導体でつくられたトランジスタを使いますが、生命はそのようなものは使えず、生身の細胞と細胞上に起きる電気作用や化学作用によって生じます。また、人間の進化の過程では、どこかを少し変えて何かを継ぎ足し、古いものを捨てるという歴史的な紆余曲折を経て、複雑な脳ができたという過程があります。人間の脳については「非常に複雑で美しい」、「奇跡だ」と言う人たちがいますが、私もそのとおりだと思います。

一方、人工知能も歴史は長く、1950年代末ごろに出てきました。コンピュータは人間よりも速く計算ができ、論理的に万能であることから、人間のような知的な活動もできるはずだというのが元々の考えでした。

©Meder Alpar-Etele/123RF.COM

―人工知能研究と脳科学には、どのような相互作用がありますか。

人工知能研究は知的な機械を作ろうという立場でしたが、認知科学は人間を理解しようとします。そのためには脳の仕組みを知る必要があり、また人間の高度で知的な機能を理解するには言語や論理が重要です。そして言語と論理がコンピュータ上に実現できれば、人間を理解する手掛かりになると考えられました。

脳科学は広大で、脳の生理学や生物学だけではありません。脳科学は生物の脳の実態を調べてきましたが、様々な方法が必要でした。例えばニューロンや回路を調べる方法や、遺伝の仕組みを調べる方法、認知や心理のような人間の特性を調べる方法などがあります。理論という形で、脳がうまく働く理由を調べようという研究もあります。

私自身は数理科学者なので、数学を使って脳の原理を知りたいと考えてきました。また人工知能に関しては、ニューロンや脳を真似る「ニューラルネットワーク」という研究があり、私はその立場から人工知能に関心を持ってきました。そして21世紀に入ると、従来の記号と論理を使った人工知能に加え、ニューラルネットワークを使うことによってブレークスルーが見つかったのです。

ニューラルネットワークがまずできるようになったのは、パターン認識です。例えば、鳥が飛んでいる画像などを見せると、コンピュータはそれがどのような画像であるかを判別します。2000年代に入り、画像処理や文字の読み取り、音声認識、そしてディープラーニング(深層学習)ができるようになりました。ニューラルネットワークの一種を使うことによって、これらが可能になったのです。

進化の過程で生じた人間の心

―人間と人工知能で最も異なる点は、何でしょうか。

人間にはやはり、「心」があります。それは人間の生きがいで強みでもありますが、不合理でもあります。人間が持つ知性については、「文化」だと思います。人間は知的な動きで、物事がどう推移していくかを事前に予測します。石が飛んできたら避けなければいけないといった知識は元々ありましたが、知性が生まれたのは文化ができてからだと考えます。社会が形成されて生産力に余裕ができ、考えることが楽しくなって「知性」がでてきました。

例えば、数学は生存に必要ないとも言えますが、人間の脳はそのような論理能力を作り上げてきました。考えることは楽しく、不思議に思ったことを合理的に説明できれば納得がいきます。その楽しさを、人間の脳は獲得したのでしょう。また、高い道徳律を保持し、人間や社会の仕組みを考えるのも知性です。その対局には、何でも良いから金儲けをしたい、人を押しのけてだましても良いといった世界もあるでしょう。

人工知能、特に知能を備えたロボットについては、心を持たせることができるかという議論があります。また将来的に心を持ったロボットが自立し、人間に対して反乱を起こすのではないかという声も聞かれます。

機械に関しては、人間より賢いものを作ることは可能だと思います。自転車や自動車は人間より速く走れますし、人間は空を飛べませんが、飛行機は飛ぶことができます。コンピュータの計算能力もそうですが、部分的な能力で言えば、機械は既に人間を超えています。

しかし、心を持つことは、これとは仕組みが異なります。心に意識が伴っていて、やはり人間の進化の過程で生じました。人間は社会生活を送る上で、自分がやろうとしていることを他の人に知らせなければ共同作業が成立しません。

自分が何をしたいか、どういうつもりかということを、まず自分が知らなければ、人に伝えられません。そのため、意識が出てきて、さらに効果的に言語が使えるようになりました。しかし、ロボットや人工知能は、あまりそのような共同作業を必要としていません。

また、人間には感情があります。うまくいけば嬉しい、楽しい、あるいは相手に同情、共感するといった心を育んだため、人間同士のコミュニケーションがうまく行くようになったのだと思います。そして人間は、自ら犠牲になることもあります。強制されてではなく、喜びを感じてそうするのです。

一方、人工知能にとって、そのような感情は邪魔なもので、心を持つことは合理的ではありません。心が合理的でないからと言って、人間が心を捨てて冷酷になれば、社会は崩壊します。このように、感情は人間にとって非常に重要な構成要素ですが、知的な機械にとっては無駄なのです。

人間は生まれて成長し、老いて死んでいくもので、そのプロセスはやり直しが効きません。しかし、ロボットは故障しても部品を交換すれば蘇ります。人生は一回限りで、人間の能力は伸びるときもあれば、衰えるときもあります。その意味でも、人間は合理的ではありません。

他方で、人工知能については近年、哲学者とコンピュータ科学者が「コンピュータは意識を持てるか」という議論をしています。また、脳と意識の関係について、科学的に実証する研究もなされています。意識的な推論とは、言語や論理を使って考えることです。意識や自由意志、心とはある意味、哲学の話です。脳の科学から見た場合、様々な領域が融合した幅広い学問が必要になります。

人工知能の活用でゆとりある生活の実現を

―人工知能の進歩によって、人間の生活はどのように変化するでしょうか。

人工知能の発展で、私たちの生活が便利になり、ゆとりのある生活が送れるようになれば良いと思います。

ひとつ間違えれば、人間が何も考えず、何もしなくても餌だけはもらえるといった家畜のような状態になることもあり得るかもしれません。

しかし、人間には考えることへの欲求があるので、そうはならないと思います。人工知能の発展によって人間の仕事が奪われることも懸念されていますが、そのような場合にも、人間だけができる新たな仕事が生まれると思います。しかし、過渡期は大変になるはずで、社会は人工知能をうまくコントロールしながら取り入れて発展させていく必要があるでしょう。

甘利 俊一(あまり・しゅんいち)
理化学研究所 脳数理研究チーム シニア・チームリーダー

 

『人間会議2016年冬号』

『人間会議』は「哲学を生活に活かし、人間力を磨く」を理念とし、社会の課題に対して幅広く問題意識を持つ人々と共に未来を考える雑誌です。
特集1 考える人間、極める機械 人工知能社会の哲学
安西祐一郎(日本学術振興会 理事長)、甘利俊一(理化学研究所)、岡本裕一朗(玉川大学 教授)他
特集2 イノベーティブな経営者が語る 企業の哲学
小林哲也(帝国ホテル 取締役会長)、出口治明(ライフネット生命保険 代表取締役会長)、谷田千里(タニタ代表取締役社長)他
(発売日:12月5日)

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