2017年1月号

人間会議

人間の原動力は新しいことに挑戦すること

森 正弥(楽天 執行役員、楽天技術研究所 代表)

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インターネットの普及によって、消費者は従来の様々な制約から解放された。購入したい商品については詳細な情報を集め、幅広い選択肢の中から商品を選べるようになった。これによって、一般の消費者を対象としたビジネスである「BtoC」の世界は大きく変化し、従来のようなマーケティングでは消費者を理解できなくなっている。このような中で、人工知能を使った顧客データの分析や新商品の開発が、大きな力を発揮している。

世界チャンピオンを負かした「アルファ碁」の衝撃

グーグルによって開発された人工知能(A I)の「アルファ碁(AlphaGo)」が今年3月、史上最強といわれる世界トップのプロ棋士との対局で、4勝1敗で勝利して世界を驚かせた。アルファ碁は前年にも欧州チャンピオンの棋士と5回にわたって対局し、全勝している。

「アルファ碁のインパクトについては、あまり知られていないところがあります。対局でアルファ碁が序盤に打った手に対し、解説していた棋士らが『意味がわからない』、『おそらく間違った手だ』と発言したのです。しかし、終盤になって、この手が重大な意味を持っていたとわかりました。これによってアルファ碁が、人間より広い大局観を持っていることが示されたのです」

人工知能のビジネスへの活用について研究を行っている、楽天執行役員で楽天技術研究所代表の森正弥氏は、アルファ碁が世界に与えた衝撃について、こう解説した。

従来のコンピュータは過去のデータに基づき、局面ごとにあり得る最善で手を打ってきた。しかし、「ディープラーニング」を取り入れたアルファ碁は、これとは異なる。ディープラーニングは脳の処理に非常に近い方式といわれ、これを通じてコンピュータは学習の仕方も自ら学べるようになった。さらに、世界トップの棋士に勝利したアルファ碁は、過去に他のアルファ碁と128万回対決し、学習を重ねてきた。

「これは何を学習しているのかがわからない、外から見えないブラックボックスのような状態です。従来、コンピュータは人間のようなクリエイティビティや大局観は持ち得ないと、多くの人々が信じてきました。しかし、アルファ碁は、もはやそうではないことを証明しました」

森 正弥(楽天 執行役員、楽天技術研究所 代表)

専門家が専門家ではなくなる

人工知能の性能や精度は飛躍的に向上しているが、森氏はさらに「専門家が専門家ではなくなるという重大な問題が発生している」と指摘する。例えば、人工知能の処理手順などには詳しいが、競馬の知識は全くないデータサイエンティスト等によって、短期間で作られた「競馬の結果を予想するプログラム」が、非常に高い確率で1位を当てた事例がある。同様の例は、医療の知識がない人々によって開発されたプログラムが専門家に匹敵する成果を出すなど、様々な分野で起きている。

さらに、人工知能だけでなく、インターネットの普及が人間に自由をもたらしたことも、「専門家が専門家でなくなる」状況を生じさせている。

例えば、重大な病気にかかった患者が病院へ行く場合、患者はインターネットを通じ、その病気に関する情報を徹底的に集めることが可能になった。他方で、医者は幅広い病気に対応しなければならず、1つの病気に対し、それほど多くの時間を費やして調査できるわけではない。

「一般の消費者を対象としたビジネスであるBtoC(BusinesstoCustomer)の世界でも同様に、小売店の店員と比べて消費者の方が、自分が欲しい製品に関する多くの情報を持っているという状況が発生しています」

このような状況は、従来の「情報の非対称性」を逆転させたともいわれる。従来のビジネスにおける「情報の非対称性」とは、販売する側が消費者よりも、商品に対して多くの情報を持っているというものだった。しかし、インターネットを通じ、個人が購入したい商品について、非常に多くの情報を集められるようになった今、これに逆転が生じている。

表1 「専門家が負けていく」という問題

出典:楽天技術研究所資料

 

「この状況が加速すれば、企業側が従来のようなマーケティングを仕掛けても、ユーザーを理解できません。このため、人工知能の力が必要となります。売り手の人間が、買い手である人間のことがわからなくなっています。これは小売ビジネスにおける大きな問題となっています」

さらに、従来の消費者は買い物をする場合、店舗までの距離や店舗の品ぞろえ、在庫状況といった様々な制約がある中で行動していた。そして企業側は、その結果として購入された製品が、消費者の好みに合った製品だと理解していた。しかし、インターネットの普及によって様々な制約がなくなり、「売れる商品」も大きく変化した。

「従来、売上の80%は、20%の商品から生まれているといわれていました。つまり、20%の製品に注力すれば、80%の売上を生み出すことができたのです。しかし、インターネットの普及によって、これも大きく変化しました」

楽天では現在、約2億点の商材を扱っているが、その売上や販売順位を見ると、ニッチで販売機会が少ない商品を多数揃えることによって売上を伸ばす「ロングテール」が非常に重要になっているとわかる。

例えば楽天市場では、和歌山県の東牟婁郡北山村でしか穫れない「じゃばら」という柑橘系の果物が爆発的に売れたり、静岡県の干し芋1500袋を売り出すと、たった1分で完売するといったヒット商品が現れている。また、200万~300万円の実際に着用できる鎧の予約が相次いで、半年先まで購入できなくなったり、7700万円の金仏壇が順調に売れたりするケースもみられる。

楽天市場では2000年ごろからデータや現象面で、ロングテールの重要性が増していることを把握していた。「最初は何が起きているのか、わからなかった」というが、楽天技術研究所では2007年にロングテールの研究を開始し、世界で初めてロングテールを実証する論文も発表した。

表2 専門家を凌駕する様々な事例

出典:楽天技術研究所資料

人間のクリエイティビティはより発揮されるように

「ユーザーが何を考えているのかが、完全にわからない世界に来ています。このためデータ分析の基盤や技術を拡大する必要がありますが、一人ひとりのユーザーの変化が速過ぎて追い付けない状況です。このような中でコンシューマービジネスは今後、人工知能を使わなければ生き残れません」

楽天では人工知能を使って顧客データを分析し、新商品を生み出す試みにも着手している。人工知能を使った調査を通じ、顧客の頭の中にはまだ言葉として表現されていないジャンルがあることが判明した。そこでファッションの分野でそのジャンルを抽出し、商品を企画販売したところ、売上が大きく伸びた。

楽天ではまた2011年以降、人工知能技術を使い、需要と価格を最適化するプラットフォームも作っている。それによって、どのような商品がいつ売れるかを、正確に予測できるようになった。

もはや、人工知能の力を借りなければ、消費者を理解することもできないという状況だが、森氏は「これによって、人間の役割がなくなるというわけではない」という。インターネットの普及で人間が様々な制約から解放され、自由になったことは、人間のクリエイティビティがより発揮できるようになったということでもある。

「人間は『飽きる』ことがありますが、これは新しいことに挑戦するための1つの原動力だと感じます。人間は飽きるからこそ、新しいことを生み出せるのでしょう。他方で、コンピュータは同じことを大量に繰り返すという点で強みを持ち、そこが人間との違いではないでしょうか」

人工知能は「artificialintelligence(AI)」の日本語訳だが、より積極的に「マシンインテリジェンス(machineintelligence)」と呼ぶべきだという議論もなされている。

「人間の趣味や経験は身体の実在性に基づきますが、コンピュータではすべてが単なる情報で、それが世界で共有でき、その上にインテリジェンスが存在しています。これは人間のインテリジェンスとは、本質的に異なります」

そのように考えれば、人工知能は人間に取って代わるものではなく、今後も人間とは異なる次元で発展していくと予想される。人間と人工知能が互いの利点を活かし、共存していければ、ビジネスの世界でも大きな力を発揮できるはずだ。

森 正弥(もり・まさや)
楽天 執行役員
楽天技術研究所 代表

 

『人間会議2016年冬号』

『人間会議』は「哲学を生活に活かし、人間力を磨く」を理念とし、社会の課題に対して幅広く問題意識を持つ人々と共に未来を考える雑誌です。
特集1 考える人間、極める機械 人工知能社会の哲学
安西祐一郎(日本学術振興会 理事長)、甘利俊一(理化学研究所)、岡本裕一朗(玉川大学 教授)他
特集2 イノベーティブな経営者が語る 企業の哲学
小林哲也(帝国ホテル 取締役会長)、出口治明(ライフネット生命保険 代表取締役会長)、谷田千里(タニタ代表取締役社長)他
(発売日:12月5日)

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