2016年4月号

企業理念

長期に渡る好業績企業は、社会課題解決を理念に掲げる

嶋田 淑之(自由が丘産能短大・教員、文筆家)

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社会課題の解決を理念に掲げる企業が、長期に渡り好業績をあげて、近年、注目されている。企業理念を重視する傾向は、大企業に限らず、地域に根ざした中小企業や、新たに起業したベンチャー企業にも見られる。理念の持つ力を考察した。

企業理念の重要性とは

企業において、理念とは、自社が向かうべき方向とそこで実現すべき価値を定性的に表現したものである(図表1参照)。

すなわち、どんなに環境変化が速く、その振れ幅が大きい「一寸先は闇」と思われるような厳しい経営環境下にあっても、進むべき方向を躊躇なく明示してくれる「羅針盤」である。そして、同時に、顧客・従業員・取引先・地域社会などステークホルダー各層に対し、自社としてどのような価値を創出するかを表明する“マニフェスト(公約)”でもある。

ここに、企業理念の重要性を世界中に痛感させた事例が存在する。米国のジョンソン・エンド・ジョンソン(1887年創業)をめぐる毒物混入死亡事件である。

同社は、一貫して高収益・高成長を維持してきた世界的医薬品メーカーであると共に、経営の原点(理念)としての「我が信条」<4つの責任>の実践で知られる。注目すべきは、良きにつけ悪しきにつけ「株主第一主義」の米国において、「顧客」に対する責任を<4つの責任>の第1に置き、「社員」、「社会」、「株主」の順で、その果たすべき責任を明確にしている点である。

1982年、同社製品の「タイレノール」(鎮痛剤)に何者かが青酸カリを混入させて、シカゴ近郊で7人が死亡する事件が発生。このとき、CEOだったJ・E・バークは、「我が信条」の冒頭に明記されている“顧客に対する責任”にもとづき、推定1億ドルと言われる費用をかけて、すべての「タイレノール」を直ちに回収し、かつ、異物を混入させ得ない構造へと改良したのである。

企業理念がその存在意義を発揮するのは、もちろん、こうした非常時だけではない。

1566年創業の西川産業。日本の寝具メーカー最大手で、近江商人の流れを汲む同社では、社員全員が、理念群の書かれたカードを常時携帯し、様々な局面で活用している。たとえば、営業サイドは市場ニーズに敏感に反応しようとする一方、研究所サイドは、シーズ先行で発想するため、両者の間に激しいせめぎ合いが生じる場合がある。そのようなとき、「両者の主張は、それぞれ理念群に照らして適切と言えるか」ということが議論される。理念群は、日々のあらゆる意思決定のベースとして機能しているのである。

理念の力で業績向上

しかし、そうは言っても、企業理念が自社の業績と無関係では意味がない。ここに興味深いデータがある。

滋賀県は、2次産業比率が全国1位の工業県である。特に、地場の中小企業群の技術力の高さで知られ、出荷額全国1位の製造品は20品目以上に及ぶ。そうした地場の企業群を対象に、県と龍谷大学が2012年に実施した調査によれば、同県伝統の「三方よし」(近江商人の、売り手よし、買い手よし、世間よし)を「実践に努めている」「意識している」企業は、県内企業の5割超に達していた。

その中でも、明文化された「家訓」などの理念(口伝を含む)がある企業の76.2%が「実践に努めている」「意識している」と回答。理念がない企業の場合の46.1%とは対照的な結果となった。さらに、3期前との比較において売上が伸びている企業は、理念を有する企業の比率が最も高かったのである。

以上、要するに、口伝を含め明確な理念の存在は、企業規模の大小に関わりなく、業績向上に強い関連性を有していると言える。

それでは、そうした理念群を、企業経営の中でどのように位置づけ、運用することが、企業を中長期的成長へと導くのだろうか?

繁栄と衰亡の分岐点

企業経営においては、環境がどんなに変化したとしても、決して変えてはいけない「不変」の対象と、環境変化に即応して大胆に変えなければいけない「革新」の対象がある。

一般に、「不変」の対象として識別されるものは2つある。

その1つ目が「理念群」だ。もちろん、「理念群」も、時代に即して表現の仕方を変える必要は出てくるが、その根幹の哲学は時代を超える。そして2つ目は、自社の永続的発展の原動力となる基幹能力「メタ・コンピタンス」である。

したがって、たとえば、日本酒の蔵元であれば、「不変」の対象は、「家訓」などの「理念群」と、「メタ・コンピタンス」としての「(創業以来の)醸造醗酵技術の運用力」などとなるだろう。これら「不変」の対象は、歴史を重ねる中で、自社ならではの「伝統」として醸成されてゆく。

それに対して、その「伝統」を新しい時代環境で生かすため必要とされる「革新」の対象は、製品サービス、経営システム/業務プロセス、組織構造などである。

H.Shimada,2007

 

ここで、(図表2)をご覧いただきたい。右上の「卓越タイプ」は、「不変」の対象と「革新」の対象を、的確に識別すると共に、「不変貫徹レベル」「革新断行レベル」共に高い企業である。創業以来、現代に至るまで繁栄を続ける企業は、これに該当する。

しかし、その一方においては、事業承継者の舵取りの失敗で「あらぬ方向」に行き、「思わぬ結果」を招く企業も多々存在する。

その最初は、左上「迷走タイプ」。これは、革新を断行するのは良いのだが、「不変と革新の対象の識別」が的確さを欠き、変えてはいけないものまで変えて迷走するタイプだ。たとえば、由緒ある飲食店や食品販売業で頻発する食品偽装。

そもそも、「人が生きるとは他の動植物の命をいただくことである」という思いから、「そうした貴重な大地の恵みを商品にしてお客様に出す以上は、腕によりをかけて、自社として最高の料理(食品)にしてお客様に喜んでもらおう。そうすることで初めて、それらの動植物も浮かばれるし喜んでくれるだろう」と考えた先人たちの理念を踏みにじる行為である。

顧客からお金をだまし取り、発覚後は、経営不振により、従業員の雇用責任すら果たせなくなり、取引先との契約の縮小・打ち切りなどにもつながってゆく。

次に、右下「時代遅れ・衰退タイプ」。これは、高いプライドをもって「不変の対象」を固守しようとする一方で、経営においては「革新の対象」が存在するということを忘れている。たとえば、1990年代以降、社会の価値観の変化と共に、団体旅行から個人旅行へとニーズが変化しているにも拘わらず、それへの対応を怠り、街ごと衰退した有名温泉地の老舗ホテル・旅館群など、その典型であろう。

最後に、左下「自然消滅タイプ」。このタイプは、経営においては、「不変の対象」と「革新の対象」が存在するという認識自体が欠落している。何かを守るという決意もないし、断固何かを変革しようという問題意識もない。それゆえ、昔ながらの伝統の商品に中途半端な改良を加えるなど、すべてにおいて、「現状延長+部分改良」で対応しており、「非連続+現状否定」型の環境変化を乗り越えてゆく力に欠ける。“消えゆく運命”の企業と言えよう。

理念主導で社会の一翼を担う

このように、何代にもわたって理念群を継承し、運用していくためには、不変と革新の対象を的確に識別すると共に、時代環境に即した革新(イノベーション)が必須である。

では、こうした理念主導型の経営を、「現代社会」との関係性の中で、どのように推進すべきだろうか?

 

(図表3)をご覧頂きたい。これは、(図表2)から派生したマトリクスであるが、「ソーシャルアントレナーシップ(=社会企業家精神)と「イノベーション」という2つの評価軸で、企業のタイプを4つに識別している。

20世紀の日本、特に、復興期から高度成長期にかけては、「たとえ、公害を垂れ流して地域住民を苦しめ、従業員に過重労働を強い、“下請けイジメ”をしていても、イノベーティブな製品開発を成し遂げ、日本経済の発展に貢献する」企業が注目され評価された。「誰かの犠牲の上に立脚する『20世紀型卓越企業』タイプ」である。

その一方で、地方都市などで地元に密着し、従業員や地域社会を大切にするなど「ソーシャルアントレプレナーシップ」レベルの高い中小零細企業群が存在した。しかし、総じて「イノベーション」レベルが低く、社会を変革するほどの力は持ち得なかった。「『旧来型社会企業家』タイプ」がこれに当たる。

そして現代。「イノベーション」レベルも「ソーシャルアントレプレナーシップ」レベルも低い「『旧来型商売人』タイプ」は、今なお多い。しかし、こうした企業は、経営者の飽くなき自己利益追求や、顧客・従業員・取引先などステークホルダーへの不誠実な対応を通じて、“ブラック企業”の烙印を押されがちであり、長期的発展の可能性は乏しい。

これからの日本社会において、そして世界に向けて、もっとも望まれるのは、「イノベーション」レベルも「ソーシャルアントレプレナーシップ」レベルも高い「現代版三方よし『21世紀型卓越企業』タイプ」であることは言うを俟たない。

地方創生の流れの中で、各地に勃興し成果を挙げつつある「社会課題解決型」企業などは、その典型例であろう。そうした企業において特徴的なのは、自社の企業理念に地域や社会が抱える課題とその解決を謳っているケースが多いことであり、経営者の志の高さ、使命感の強さが窺われる。

こうした企業の数が、ある一定の閾値を超えたならば、「100匹目の猿」の喩えがあるように、日本社会の変革も不可能ではないのかもしれない。そのような企業のさらなる登場と発展に期待したいものだ。

  1. 【お知らせ】
  2. 企業理念コンテスト「RINEN-1」(公益社団法人日本青年会議所主催)
  3. ~求む!地域変える日本一の理念~
  4. URL: http://2016entre.info/
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