2016年1月号

プロジェクトニッポン 岩手県

かつての「日本のチベット」は今 地域特性の「強み」と「弱み」

嶋田 淑之(自由が丘産能短大・教員、文筆家)

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歴史的な経緯もあり、明治以降の県土開発が遅れた岩手県は、かつて“日本のチベット”とも称された。農林水産業で豊富な資源を有し、ものづくり産業で発展を遂げた現在も、数々の課題が山積している。

「...国内の山村にして遠野よりさらに物深き所にはまた無数の山神山人の伝説あるべし。願わくはこれを語りて平地人を戦慄せしめよ...」の序文で知られる柳田國男の「遠野物語」(1910)の舞台は、岩手県である。

日本民俗学の黎明を告げる本作には、座敷わらし、天狗、雪女、幽霊、山の神などの妖怪変化の数々が登場し、二代続けて河童の子を生んだ家の話まで出てくる。

奈良時代末期から平安時代初期、征夷大将軍・坂上田村麻呂と最後まで戦った岩手の族長「アテルイ」。源義経を匿い、頼朝と戦った平泉の藤原氏。そして、豊臣秀吉と戦った二戸藩主・九戸政実。岩手は、正義感溢れ反骨精神に富んだ県民性から、中央権力と戦い続けてきた長い歴史を有する。中でも、戊辰戦争時、奥羽越列藩同盟に加盟し、維新政府から厳しく処罰されたことが明治以降の県土開発に著しい遅れを招いたとされる。その結果、岩手県は“日本のチベット”として自他共に認める存在になったのである。

しかし、それは同時に、多くの、そして極めて独創的な民間伝承・説話・文学を育むこととなり、「遠野物語」に留まらず、石川啄木、宮沢賢治らの個性豊かな文学作品を生み出し、岩手県のアイデンティティーを形成することとなった点は見逃せない。

高級ブランドである前沢牛・いわて短角牛を有するなど、岩手県は畜産業に強みを持つ

日本を代表する農林水産県

現在の岩手県は、もはや“日本のチベット”ではない。食料自給率100%を超える稀有な存在であり、農業就業人口は全国第1位(2010)だ。とりわけ、畜産業と穀類生産が盛んで、前沢牛・いわて短角牛は高級ブランドであるし、雑穀(稗・粟・黍)生産量は第1位となっている。生産量全国上位の品目は数多い。

また、山間部が県土の8割を占めることから林業も盛んで、特に木炭生産は、全国シェア23%で第1位である。

さらに漁業に関しても、三陸沖は“世界有数の大漁場”で、東日本大震災からの復興が十分ではないものの、鮑、養殖ワカメの1位をはじめ、多くの品目が漁獲高上位を占めている。

ただし、課題もある。近年の日本の1次産業においては、ブランド化・6次産業化・輸出振興が喫緊の課題となっており、各都道府県において精力的な取組みが行われている。ところが、岩手県は、その点での遅れが目立つ。多くの品目において日本トップクラスの生産量を誇りながら、全国的知名度があるのは前沢牛・いわて短角牛だけという点にも、それは明らかであり、早急な対応が望まれよう。

「集積」が活きない2次産業

1980年代以降、東北新幹線、東北縦貫自動車道の開通などを背景に、安価で広い土地と豊富な水資源を求めて、岩手県の「県南」「盛岡」地域に、自動車関連、半導体関連、弱電産業関連など、県外大企業の工場集積が進んだ(1998年から2007年までの10年間で189社)。2008年の経産省「企業満足度調査」で、「人材斡旋・育成に関する支援」部門で全国第1位、総合で第2位を獲得するなど進出企業からの評価も高い。

しかし、同県をめぐる2次産業には構造的な問題点が存在する。(1)集積数は多いが、技術的な独自性を有する企業、国際競争力を有する企業は少ない(2)誘致企業(工場)の部品調達の8割以上が「県外調達」である(3)県外大企業の「生産拠点」に留まり、地域資源を活かし、県経済をリードするような県内創業大企業、特に研究開発型企業が、過去も現在も存在しない(4)企業集積が、「県南」「盛岡」エリアに偏在し、「県北」「沿岸」エリアとの間の経済格差を拡大させている。

こうした状況は、「製造業界年収=全国第45位(2012)」という数字にも現われており、もちろん、上記(1)~(4)だけが原因ではないだろうが、同県の1人当たり県民所得は低く、平均所得242万円(全国第44位)に留まっている。

経済的困窮は、当然、子女の学力向上や進学にも影響を与え、岩手県の4年制大学進学率は、今なお、全国第45位(2013)と低い。結果的に、高卒で就職する若者の比率は高くならざるを得ないが、“高卒者の就職3年以内離職率5割”という“雇用のミスマッチ”が、その経済的困窮をいっそう過酷なものにしているのではないかと思われる。

社会基盤の整備は急務

戦後の高度成長期まで続いた“日本のチベット”状態から脱却した岩手県ではあるが、長い歴史の中で形成された“開発・発展の遅れ”は、現代にあっても色濃く残り、それが上記のような矛盾や歪みを生み出しているのだろう。

“開発・発展の遅れ”、それは、とりわけ社会資本整備において顕著だ。道路舗装率は全国最下位(2008)で、特に東西を結ぶ「横断軸」は極めて脆弱である。鉄道もまた典型的な過疎地ローカル路線化している。

県内の橋梁など社会資本の老朽化も深刻で、局地的豪雨による被害額は全国第2位(2008)だ。県民の生活基盤とも言える汚水処理人口普及率も70.2%(2008年末)で、全国平均84.8%を大きく下回る。

インターネット環境も未整備で、ブロードバンド契約数は全国第45位(2013)であり、それと関連してか、起業家数も全国最下位である(2012)。

高齢化率第7位(2011)の同県にあって医療サービスの充実は最重要ポイントだが、医師不足は深刻で、地域別・診療科別の偏在が目立つ。2015年、秋田県を抜いて自殺率第1位になったが、メンタル面でのケアの不十分さを物語るものであろう。

かつて“日本のチベット”として、日本人の心の琴線に触れる独創的な民間伝承・説話・文学を育んだ岩手県であるが、その間に決定的となった社会基盤整備の遅れと、それが現代にも及ぼすマイナス効果。一朝一夕に克服できる課題ではないが、しかし、早急な対応が期待されることは間違いない。

岩手県のSWOT分析

  1. (1) 豊富な農林水産資源
  2. (2) 自然・歴史・食・文学など個性ある観光資源
  3. (3) 南部鉄器・日本酒など伝統産業における老舗企業のグローバル展開力
  4. (4) 人材力(正義感が強く粘り強い県民性、今も残る「結い」の精神)
  5. (5) 「移住」「二地域居住」に関し最も高い関心を寄せられている県

 

  1. (1) 「人口減少+少子高齢化」の進行レベルは日本のトップクラス
  2. (2) 社会基盤の未整備+老朽化進行
  3. (3) 1人当たり県民所得の低さ
  4. (4) 1次産品の「ブランド化」「6次産業化」「グローバル戦略」の遅れ
  5. (5) 県経済をリードする地場創業大企業の不在
  6. (6) 生活習慣・慣習・しきたりに色濃く残る男尊女卑的傾向

 

  1. (1) 良質な農林水産資源のブランド化、6次産業化と、それを通じたグローバル展開
  2. (2) 日本有数の自然景観、縄文以来の独自性ある歴史遺産、妖怪など稀有な民俗的伝承、グローバルな認知度の高まる伝統産業などを活かした観光振興、特にインバウンド拡大
  3. (3) 「交流居住」(移住・二地域居住)の推進・拡大
  4. (4) ILC(国際リニアコライダー)の誘致・建設・運営を通じた“世界的な知の拠点”つくり
  5. (5) 人材力を活用し、地域コミュニティー機能の維持・再編

 

  1. (1) 「人口減少+少子高齢化」進行で、1次産業従事者の減少→1次産業の長期的衰退
  2. (2) 各種社会基盤の未整備ならびに老朽化進行による生活環境の悪化・災害リスクの上昇
  3. (3) 県外産業の“工場・下請け”の域を脱却できない可能性
  4. (4) 県内「経済格差」の一層の拡大による「県北・沿岸」の地域コミュニティー崩壊
  5. (5) 所得水準の低さ、旧弊な生活習慣・慣習・しきたりにより、強みである「人材力」が活きない可能性
    (→移住・二地域居住推進にも悪影響)

 

嶋田 淑之(しまだ・ひでゆき)
自由が丘産能短大・教員
文筆家

地方創生のアイデア

月刊事業構想では、「地域未来構想  プロジェクトニッポン」と題して、毎号、都道府県特集を組んでいます。政府の重要政策の一つに地方創生が掲げられていますが、そのヒントとなるアイデアが満載です。参考になれば幸いです。

※バックナンバーには、そのほかの都道府県も掲載されております。是非ご一読ください。

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