2016年1月号

人間会議

少子高齢化対応先進国へ ―「自分で守る健康社会」の理想と実現

鄭 雄一(東京大学COI「自分で守る健康社会」副機構長)

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少子高齢化の課題の本質とは

本邦は、今後数十年にわたり総人口が8000万人程度まで減少するにも関わらず、高齢者人口は4000万人のまま推移すると予想されている。このような未来に、「病気になったら病院に、若者が高齢者を支える、高齢者医療費を削減したい」という従来の発想では、国家財政は破たんする。持続可能な社会を構築するためにはラディカルな発想の転換が必要である。

ヒトが最期を迎える際にかかる医療費はほとんど変わらないと試算されており、医療費の増加分の多くは介護によるものである。したがって重要なのは、単なる寿命ではなく健康寿命である。本拠点では、将来ニーズを、「自分の健康は自分で守る、高齢者も社会に貢献する、新たな医療産業を興して社会生産性をアップする」ことであると捉え、これらを実現するための研究開発を展開している。

「自分で守る健康社会」
国民の自分ごと化の定着へ

上記の将来ニーズを踏まえ、本拠点のコンセプトを「病院を外来に、外来を家庭に、家庭を健康に」と設定した。入院・通院をドラスティックに減らし、家庭で過ごす時間を増加させ、新健康医療産業を振興することで、健康寿命を延伸し、社会生産性を向上することができる。上記のコンセプトに基づき、「健康医療ICTオールジャパン標準化、予防・未病イノベーション、ユビキタス診断・治療システム」の3グループを設けて、具体的な研究開発を推進している。

図1 自分で守る健康社会

 

健康医療ICTオールジャパン標準化では、最先端の疾患科学に基づき診療を行っている東大病院電子カルテに蓄積した個人情報、投薬情報等の臨床治療情報、生活情報等の既存データの利活用を図り、生活習慣病・認知症・慢性腎不全・免疫疾患などのゲノム・バイオマーカー等の新規データベースを構築する。また、最先端の疾患科学に基づき新規データベースを評価し、電子カルテ(個人情報、臨床治療情報、生活情報等)と統合することにより、健康・医療データプラットフォームを構築する。

さらに、他のCOI拠点とも協力しながら、国家規模の健康・医療データベース構築を目指す。将来的にはユビキタス診断・治療システムの開発で取得される画像などのデータも統合し、身体から臓器、組織、細胞、分子へと生体情報の拡大・縮小が可能となるパワー・オブ・ボディ・マップの実現を目指す。このような国家規模の健康・医療データベースの実現により、人は誕生から乳幼児期、若年・成長期、成熟期、老齢期と変化する自身の健康・医療ログを蓄積することができる。

この健康・医療ログは個人の健康長寿に活用されるばかりでなく、次世代に引き継がれ蓄積されることにより、健康長寿社会を低コストで実現するための資産となる。健康医療ログはスポーツ、食品、アパレル、保養、企業の健康管理、保険、介護など様々な産業でも利用され、安価で上質のサービスを生み出す基盤となる。

ユビキタス診断・治療システムグループでは、医療機器と医薬品とのコンビネーション治療デバイス、情報処理と一体化したユビキタス診断・治療システムの開発、医薬品や細胞と組み合わせることで飛躍的に機能を高めたバイオマテリアル等を開発する。また、人体からの極微量試料の採取と生体分子・細胞異常等の精密計測技術を開発する。

これら「いつでもどこでも」通常の診断治療を受けられる小型デバイスは、車等に搭載することにより救急医療の高度化や遠隔地の巡回医療などにも応用可能である。また、医療やインフラ基盤の整備が遅れている新興国等における低コスト医療普及ビジネスにも展開が可能である。さらに、医療と見守り介護を繋ぐビジネスとしても期待される。

予防・未病イノベーショングループでは、家庭で健康状態の計測や検査を行い、予防・未病を自ら実践していくシステム作りと、国民一人ひとりが健康維持を “自分ごと化” していくことを目指している。これが健康サービスイノベーションであり、COI全体で取り組むべき課題である。

拠点間連携が必要な中、本COIでは、マイクロ流体技術のフル活用により家庭で採血を可能とし予防・未病バイオマーカーを高感度検出する自己計測・検査システムの確立と、音声病態分析により各種疾患を正確に予兆するデバイスの開発を行い、他の拠点の成果と連携させていく。

“自分ごと化”は、このような計測・検査のイノベーションだけでは達成できず、科学的エビデンスに基づいた健康指導マニュアルによる“気付き”を起こさせ、健康リテラシーの向上を同時に行わなければならない。健康指導に関しては全ゲノム解析技術も導入し、人工知能やロボットを活用した「次世代健康コンシェルジュ」を開発し社会実装することにより全国民の “自分ごと化” を定着させる。

図2 将来ビジョン「自分で守る健康社会」

COI事業の特徴

COI事業は、これまでの産学連携の仕組みとは大きく異なっている。従来の産学連携は、ともすれば学主導で企業は御付き合いの側面も強かったと推察されるが、それでは本当のイノベーションは生まれない。本事業では、まず、シーズを持つアカデミアと、事業戦略が合致する企業がプロジェクトを形成して参加の意思を示してもらう。この際、企業の経費(人件費、消耗品など)は、企業からの持ち寄り(ポットラック方式)とすることで、アカデミアのシーズに対して本気の企業だけを選別するようにしている。

COIは、産業界出身の機構長(本拠点では池浦富久機構長)がリーダーシップをとって、これらのプロジェクトに対してオープンイノベーションプラットフォームを提供し、触媒として働く。健康長寿を実現する未来型医療システムの構築と、国際的でコスト競争力のある産業化が必要であるが、医療ニーズと科学技術シーズのミスマッチ、認可までの規制の壁、新たな医療機器・医薬品の高い開発リスク、自ら健康を積極的に維持・増進するという国民の意識の低さ、国際的な規格化・標準化や高効率化のための技術開発が不十分、などの克服すべき課題がある。

東大COIの強みは、大規模な研究病院を同じ敷地にもつことで、臨床資源に対するアクセスと臨床展開へのインフラをもっていること、同じキャンパス内に医工薬理などの主な研究科が存在しトップシーズを集めやすいこと、UTECなど企業リスクを低減するファンドを保有していること、PMDAやNIHSやISOなどの規制・規格当局との密な人事交流と対話の機会があることで、上記課題を解決し、様々なセクターのステークホルダーを、アンダーワンルーフで一堂に会して、協奏を触媒できると考えている。この体制を通じて、企業が単独で行うよりも、研究開発の期間とコストを大幅に低減できると考えている。さまざまな製品を社会実装するとともに、ベンチャー企業も積極的に興していきたい。

豊富な科学シーズで少子高齢化対応先進国へ

最も大事なのは、生産世代の病気を未然に防ぐことである。また、高齢世代も、社会生産性に貢献できるようにすることである。これらを通じて、若年世代の負担は軽減し、その可能性を十分に発揮するチャンスが生まれるはずである。少子高齢化は健康医療の研究開発のチャンスでもあることを念頭に健康医療産業に積極的に参加して、社会貢献していくことが望まれる。本拠点はこれら全てに資する科学技術を提供していく。

このような試みを、少子高齢化の課題先進国であり、かつ豊富な科学技術シーズを有する日本において世界に先駆けて開発を進めることによって、将来の世界的需要を先取りし、新市場の形成が期待できる。

今が、日本において健康・医療ビジネスを一大産業へと成長させるチャンスであると考えている。こうすることで、「少子高齢化課題先進国」から、「少子高齢化対応先進国」へと進化を図る。

図3 研究開発グループとソリューション

  1. ■東大の豊富な科学技術シーズを東大ならではのオープンイノベーションプラットフォームで社会実装
  2. ■産産・産学連携を促進し、入通院を半減すると同時に新健康医療産業創生

 

鄭 雄一(てい・ゆういち)
東京大学センター・オブ・イノベーション(COI)「自分で守る健康社会」拠点 副機構長・研究リーダー

 

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