2016年1月号

人間会議

「関係価値」―人と人とのつながりを重視する社会

阿部 健一(人間文化研究機構・総合地球環境学研究所 教授)

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しずかな変化

社会が大きく変わりつつある、と思う。この変化は目立たず、すぐには気づかれにくい。しかし、忙しいさなかにちょっと立ち止まって周りを見渡せばいい。日常生活のなかに、あるいは人々との会話のなかに、変化を感じることができる。ちょうど季節が移り変わるときのようだ。ゆっくりとしかし確実に変わっている。

変化は、特に若い世代で顕著だ。まず所有ということ。たとえば車も自宅も欲しいと思っていない。僕は昨年思うところがあって車を手放すことにした。研究所の若い同僚たちに譲ろうとしたが、誰も引き受けてはくれなかった。必要ないですから、ということである。自宅に関してもそうだ。家を建てるということは、僕らの世代では夢だった。しかし若い世代にこの願望は希薄だ。どこからか、居心地のいい借家を探してきて快適に過ごしている。

人生の目的に関しても、違ってきた。社会的な評価を気にするよりも、むしろ自分の好きなことをしたい。がむしゃらに社会の階梯を上がることなど考えていない。消極的あるいは内向きに思えるが、大切にしたいものが違っているだけである。社会的な成功よりも家族や友人とすごす時間に価値がある。立身出世という言葉は死語になったようだ。

消費のあり方も変わってきた。今では、無駄に物を消費することに心理的抵抗が生まれている。必要なものと欲しいものを明確に区別してきている。なんでも手当たり次第に安く手に入れたいというよりも、本当に必要なものなら「良いもの」を高くてもと考える。さらにいえば自己顕示欲を示すための消費でなく、生活の内面を豊かにするための消費へと変化している。

若い世代は、車や自宅を欲しいと思っていない。所有に対する価値観が変化している。©Liu Hua/123RF.COM

物質的豊かさと利便性の追求

こうした変化の底流には人々の価値観の変化がある。これまでわれわれは、ひたすら物質的豊かさと生活の利便性を求めてきた。高度成長時期を思い出せばいい。右肩あがりの経済成長を信じて疑わなかった。

経済白書に「もはや戦後ではない」と記されたのは1956年である。前年の経済水準が、20年間の停滞時期を経て戦前の水準を超え、「三種の神器」と呼ばれた耐久消費財ブームが生まれた。「大きいことはいいことだ」というコマーシャルがあった。となりの家がテレビや車を買えば、自分の家ではそれよりも大きなものを買う。競い合って物を購入し、そのことに何の疑問も抱かなかった。「消費は美徳」という言葉が流行ったのは1959年である。

1968年に国民総生産で世界第二位となった日本社会は、年を追うごとに便利になってきた。新幹線と高速道路の建設が進んだが、象徴ともいえるのはコンビニエンスストアだろう。70年代に日本の街角に出現して、今ではなくてはならない存在である。365日24時間開いていて、狭い店舗にもかかわらず、POSシステムと共同配送システムにより、商品は常に消費者の要求を満たすようにそろっている。まさに「便利な店」である。

振り返れば、われわれは物質的豊かさと利便性を大切な価値だと信じて、社会をデザインしてきたのである。そして今日、その価値観が変わってきている。人々はあらたな価値を求めている。

車はカー・シェアリング、家もシェア・ハウス。「自分も、みんなも」という「つながり重視」の新たな価値観を求めている ©Imagehit Limited | Exclusive Contributor/123RF.COM

新たな価値観とは何か

根本的な変化をもたらすあらたな価値観とは何なのか。公共心、公平性、清廉、誠実性などいろいろ言葉が浮かぶ。そのなかで僕は、つながりということに着目している。

高度成長時代には、仕事以外の人づきあい、親戚づきあい、近所づきあいは煩わしいものだった。豊かさを競い合い周りに目を配る余裕がなかったからだと思う。また村社会というのは、個人の自由や権利が制限されているという否定的な意味合いしか持たなかった。豊かさを求めて都市に来た人は、田舎のがんじがらめの人間関係から解放される自由を味わったのでないか。

その人間関係が、見直されている。地域のコミュニティが再評価されている。ソーシャルメディアの発達と拡がりは、だれもが誰かとつながっていたいことを示している。人は一人では生きられないという当たり前のことが、ますます大切になってきている。

所有ということに関しても、関係性は無視できない。近代主義の生んだ個人とその自立性を過剰に強調することで、私有することをいびつに崇めることになってしまった。家や車に限らず、私有することは絶対的な価値だと思い込んだ。しかし今日、共有することのほうに価値を見出す人は多い。カー・シェアリングにシェア・ハウス。共有の根底にあるのは「自分だけが」ではなく、「自分も、みんなも」という考えである。

この考えは、コモンズという概念と重なり合う。共有資源と訳されることが多いが、その含意するところは、分かち合うことでより豊かになるということだ。そこにはつながりと信頼を重視する価値観がある。つながりを重視することで共有することができるし、共有することがあらたなつながりを生む。

経済活動も、次第につながりを重視するようになっている。利益のみを追求している企業は長続きしない。もともと企業は、世の中の役に立つ物を、それにふさわしい対価を得てつくるために存在していた。それが毎年、今年は去年よりもさらに大きな利益を得ることが目的となっておかしくなった。利益を過剰に追求しなければ、スケールメリットは重要でなくなる。小さなビジネスでも仕入れ業者と顧客との共通の利益を考え、深いつながりをつくることで十分にやっていける。つながりから得た情報や知識は、コストを最小限に抑え利益を最大限にしつつ、利益を伸ばすことになる。それに呼応する消費する側の変化はすでに述べたとおりだ。小さいがゆえ目立たないが、日本のあちこちで、生き生きと経済活動を行っている例はきわめて多い。どのビジネスでも、消費者と生産者は信頼関係でしっかりつながっている。

ブランドを大切にするようになっているのもその表れだ。ブランドは信頼関係である。農産物の例がわかりやすいかもしれない。食の安全・安心が揺らいでいたのも、関係が見えにくくなってきたからだ。消費者はどこのだれがつくったのかわからないものを口に入れるのは不安だ。生産者は、自信と誇りをもって生産したいと思っている。お互いが「顔が見える関係」でつながっていれば、食の問題は解決しやすい。ブランドとはこの「顔が見える関係」のことであり、生産者に自信と誇りを、消費者に安心と満足をもたらす。

「関係価値」
つながることで豊かになる

マルクス経済学では、価値を二つにわけて「使用価値」「交換価値」と名づけている。人にとってはなくてはならない水や空気が安くて、生存や生活に不要なダイヤモンドが高いのはなぜか。前者は使用価値が高くて、後者は交換価値が高いと説明される。名づけることでこの二つの価値は説明概念となる。

同じように、いま静かに社会を変化させているあらたな価値に名前をつけたい。名前を与えることで、一つの大きな動きとしてはっきり認識できるようになる。これからどうすべきなのか、方向性も見えてくる。

僕はそれを「関係価値」と名づけてみた。世の中にはつながることによってより豊かになることがある。逆に従来あったつながりがきれることで、思わぬ社会的コストがかかることがある。つながりは安心や安全の基盤でもある。東北の震災のあと、知り合いの漁師さんがつぶやいた言葉が忘れられない。「家も家財もみな流されました。しかし人と人との関係は流されません。多くの人から助けられました」

「自立」することは素晴らしいが、それはさまざまな関係を断ち切ることではない。つながりということが大切な価値であることを、名前をつけることで明確に主張したい。

すでに指摘したように、社会はつながり重視に変わり始めている。あとはその動きを社会全体として明示し、積極的に支援することである。関係に価値があることを意識すれば、老人の孤独も空き家問題も実は問題ではなくなる。

たとえば年配の人と小さな子どもがつながる場をもうけるということ。こうした動きはすでにあり、愛知県の長久手町には、幼稚園・特別老人養護ホーム・ケアハウス・福祉専門学校などが、雑木林のある敷地に併設されているところがある。分断して専門化・効率化を図るのではなくて混ぜこぜにして多世代間交流を図るのが目的である。老人にとって、子どもの姿を見てその賑やかな声を聞くことはこのうえのない幸せである。身の回りの事の出来る年配の人は、日中両親が仕事でいない子どもたちの世話を焼くことになる。

空き家も活用すればいいだけだ。他の人に貸すのは嫌だという人は、他人との関係づくりに積極的でなかった。現実にはさまざまな問題があることを承知しているが、人と人との関係性の網の目の中に放り込めば、空き家の活用の仕方など無尽蔵にある。

食の安全・安心の問題も関係が見えにくいから起こる。「顔が見える関係」でつながると解決しやすい

2025年の問題はこわくない。これまでの価値観の結果、分断され孤立してしまったものを再びつなげるという努力をおしまなければいいのだ。つなげることでまた価値を生むことができる。あるものと別のあるものを媒介することで生まれる価値がある。これからはつなげる役割をはたす人がますます必要になってくるだろう。「創造とはものごとをつなげることにほかならない」。アップル社の創始者スティーブ・ジョブスの言葉である。

阿部 健一(あべ・けんいち)
人間文化研究機構・総合地球環境学研究所 教授

 

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