2016年1月号

人間会議

考える自由のない国―哲学対話を通して見える日本の課題

梶谷 真司(東京大学大学院 総合文化研究科 教授)

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哲学を求める時代?

ここ数年、私は「哲学対話」という活動を通して様々なところに関わってきた。哲学対話とは、子どもたちの思考力を養うために70年代にアメリカで始まった「子どものための哲学」に由来する。それは、哲学者の思想を教えたり抽象的な問題について議論したりするのではなく、各人が一人で思索にふけるのでもない。身近な問いから出発して、グループで一緒に問い、考え、話をしていくものである。中学校以上が一般的だが、小学校や幼稚園で行われることもある。いずれにせよ、共に話すことを通して共同で思考を広げ、深めていくのが哲学対話である。

哲学対話がどういうもので、たんなる対話とどこが違うのか、ここで詳しくは述べられないが(齋藤元紀編『連続講義 現代日本の四つの危機 哲学からの挑戦』(講談社選書メチエ)に所収の拙論「対話としての哲学の射程」を参照)、とりわけ重要なのは、「何を言ってもいい」「否定的なことは言わない」というルールである―何を言ってもいいからこそ、思考に広がりと深まりが出てきて、対話が哲学的になる。

これは、とくに教育現場では、思考力の育成につながる。また否定的なことを言わないことは、他者の尊重につながる。それゆえ哲学対話は、考える力を育てるだけでなく、他者との相互理解を促し、学校でのクラスづくりや、会社などの組織づくり、地域のコミュニティづくりなど、様々な集団内の人間関係や連帯感の強化にも貢献する。

私自身、ワークショップを開催するほか、小学校や中高、都市や地方の地域コミュニティ、高齢者の集まりの場など、様々なところで哲学対話を行ってきた。そうした活動を通して、これらに共通する問題が見えてきた。それは自由に話し、自由に考えられる場がないということ、そして、その結果、自分の行動、自分の生き方に責任がとれないということである。

数人で円になって行う哲学対話は、教育現場、地域コミュニティ、高齢者の集まりなど様々なところでできる。

考える力はいらない?

ずいぶん前から巷では、思考力やコミュニケーション能力が必要だと言われている。企業の国際競争力を上げるには、新しい発想を取り入れ、イノベーションを起こさないといけない。グローバル化が進む世界では、時に衝突もしながら、いろんな国や地域の人たちと一緒に働かなければならない。

そのために学校では、クリティカル・シンキングやコミュニケーション能力を向上させようと、ディスカッション、グループワークなど様々なことが試みられている。子どものうちから「自ら考える力」をつけ、異なる立場の人と意思の疎通を図り、協同していく資質を伸ばす。そうやって将来、社会に貢献でき、また自立した人生が送れるようになろう、というわけである。

こういう動きを見ていると、考える力は世の中で強く求められ、それを育てようとする動きも活発になっているように見える。しかし自由にものを考え、思考を広げ深めるには、上で述べたように、「何を言ってもいい」ということがきわめて重要である。ところが実際には、「何を言ってもいい」ということは、世の中でほとんどない。それは自由にものを考えられる場がないに等しい。

しかもそれは、子どもだけの問題ではない。大人や社会人、さらには引退した高齢者も同じ問題を抱えている。とはいえ学校教育は、社会全体で起きていることの正確な反映であり、その根源でもある。そこで以下、教育によっていかにして思考の自由が奪われていくのかを見ていこう。

哲学対話は「何を言ってもいい」場。何を言ってもいいからこそ、思考に広がりと深まりが出てくる。

思考の自由を奪う教育

学校という空間では、「何でも言っていい」ということが徹底して否定されている。学校で子どもたちは、正しいこと、いいこと、先生の意向に沿うことを言うように訓練される。間違ったことを言えば「違う」と言われ、悪いことを言えば怒られ、先生の意に添わなければ嫌われる。もちろん正しいこと、良いことを教えるのは必要である。人の気に入ることが何かを学ぶのも重要だろう。けれどもだからといって、それ以外を排除していいわけではない。

この「それ以外」の余地が日本の学校ではほとんど禁じられているため、子どもたちは、その場にふさわしいこと、その場で期待されていることしか言わなくなる。それがうまくできれば優秀な生徒として評価され、さもなければ出来の悪い生徒とされる。許されているのは、与えられたことを決められたルールの中で行うことだけで、そのルールを守らせるために、教師は成績評価をアメとムチとして活用する。学校において考える力は、そうやって枠をはめた状態で育成される。しかし発言の自由がないところには、思考の自由も自発性もない。

問題はそれだけではない。学校は教育の場と言うより、本来は学びの場である。そして学びの主体は生徒である。生徒こそが、学びの当事者である。学びとは他の誰でもない生徒にとっての問題であるはずだ。

しかし与えられたものを受け取るだけの学校では、学びの主体である生徒自身は、何をどのように学ぶかについて発言権がない。学ぶべきことは教員が渡す教材、教科書のなかにある。ある日突然教科書を渡され、それを学べと言われる。そこに意見をさしはさむ余地はない。「なぜそれを勉強するのか」「もっとこういうことを学びたい」というのは、けっして言ってはならないこと、考えるべきではないことだ。

自ら考えていないということは、自分のやっていることを自分で決めていない、選んでいないということである。そうであれば、やったことの責任は本来とれないはずである。

にもかかわらず、結果に関しては、生徒が責任を負う。たしかに生徒は、自分の成績が悪いことを教員のせいにすることもできる。また良心的な教師なら、教え方のつたなさを反省し、自分の責任を認めるかもしれない。しかし生徒がどんなに教員を非難しようが、教師がどれほど謝罪しようが、成績や受験の結果は生徒自身で引き受けるしかない。要するに、学ぶということから見た場合、生徒も教師も、とれない責任をとろうとしたり、とらされたりしているのである。

哲学対話で使われるコミュニティボール。

教育の延長としての社会

こうしたことは、社会に出てもほとんど変わらない。最近の若い社員は自分で考えない、主体性がないと批判されるし、たしかにそういう面もあろう。しかし実際には、ほとんどの会社や組織で、それは歓迎されず、むしろ禁じられているのではないか。学校と同様、発言は求められるが、そこで許容されるのは、正しい答え、よい答え、上司や会社の意向に沿う答えである。

そこから外れることを言えば、怒られ、笑われ、諭され、無視される。そのように自由にものが言えないところに考える自由はない。結局学校と同じく、仕事も与えられたことを決められたやり方で遂行するよう期待される。時に創意工夫は必要だろうし、仕事によっては個々人の裁量が認められていることもある。けれども、「なぜそうするのか」という質問や「こんな仕事をしたい」という希望は、なかなか受け入れられないだろう。

同様のことは高齢者になった後も続く。生涯学習にせよ、養護施設での生活にせよ、高齢者は、自分でどうするかについて考える余地を与えられていない。医療関係者や福祉関係者が彼らに必要なものを考えて提供する。

しかし、高齢者自身の生き方が重要なら、当事者である彼ら自身が何をどうしたいのか発言をし、考える自由が与えられなければならず、また彼らはその自由を行使しなければならない。そうでなければ、学校教育と同じく、自分で自分の人生の帰結に責任をとることなどできない。人生の締めくくりの段階が、そんなことでいいのだろうか。

地域コミュニティでも同じことが繰り返されてきた。地元住民が当事者として地域をどうするか考えなければならないはずなのに、それを国や自治体、もしくはどこかの企業が代わって考え、決めてきた。何か問題が起きたら、住民は行政や企業を非難するが、彼らは責任をとらない。当たり前である。それは彼らの人生ではないからだ。しかし当事者である住民は、自分たちで考えも決めもしなかったから、責任がとれない。しかしその結果は引き受けるしかない。まさに学校教育と同じである。

私たちは、自分の生き方に関わることを誰かに委ねるべきではない。また誰かに代わって考えて決めてあげることもやめなければならない。人間は自ら考えて決めたことにしか責任はとれない。私たちに必要なのは、考える自由である。そしてそのためには、何でも話していい場が、つねにではなくても、どこかで絶対に必要なのである。しかもそれが対話を通して行われれば、自由が自分勝手になることも、責任が個人で背負う重荷になることもない。お互いの間で承認され、共に享受するものになるのである。

梶谷 真司(かじたに・しんじ)
東京大学大学院 総合文化研究科 教授

 

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