2015年9月号
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地方創生の発・着・想

外からの「まちづくり」ではなく、内からの「まちおこし」へ

中嶋 聞多(事業構想大学院大学 副学長)

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福岡市近郊のちいさな港町で静かに進む「まちおこし」がある。人が移り住み、仕事が生まれ、まちが元気になっていく。津屋崎ブランチの取り組みは、自ら当地に移住することからはじまった。それは従来の「まちづくり」とはどう違うのだろうか。

東京から福岡、そして津屋崎へ

福岡市と北九州市の中間に位置する人口5万8000人の福津市。津屋崎町と福間市が合併して誕生した新しい市である。福岡都心部まで電車で1時間足らずという利便性の一方で、ウミガメが産卵する砂浜などの美しい自然が残っている。ここで、ユニークな発想と行動力で“まちおこし”に取り組むのが、津屋崎ブランチ代表の山口覚さん。移住のサポートや新しい働き方の提案、起業のコーディネートなどさまざまな活動に、全国から注目が集まっている。

山口覚(津屋崎ブランチ 代表)

山口さんは「いま地方に必要なことは、外からの“まちづくり”ではなく、内からの“まちおこし”です」と指摘し、自身の経験を話し始めた。

もともと北九州市の出身で、大学で建築や環境設計を学んで大手建設会社に就職し、国交省所管の財団に出向したりしながら、地方のインフラづくりに関わっていた。その間に出会った人々とのふれあいから地域の活性化に興味を持つようになり、9年間勤めた会社を退職し、地域活性に取り組むNPO法人の専従職員となった。いわく、飲み屋での語りが人生を変えたのである。しかし、いくら熱心に取り組んだところで、地元関係者からみれば所詮は「東京の人」。地元の人々との溝を感じずにはいられなかったという。

地方の“まちづくり”を東京を拠点におこなうことの矛盾。悩んだ末、おもいきって大学時代を過ごした福岡市に移住し、NPOの支部開設という形をとりながら九州一円での活動を開始した。だがそれでも、都会に住みながらの地域支援にどこか居心地の悪さを感じ、2009年、福津市からの依頼をきっかけに津屋崎に移住。津屋崎ブランチとして活動をはじめたのだそうだ。

この土地と人をつなぐ津屋崎千軒プロジェクト

津屋崎ブランチの最初のミッションは「津屋崎千軒プロジェクト」。かつては北前船も立ち寄り、津屋崎漁港一帯には多くの家々が軒を連ねたところから「津屋崎千軒(つやざきせんげん)」とよばれたこの地のにぎわいを再び取り戻そうと名づけられたプロジェクトである。よそもん、若もん、のぼせもん(博多弁で夢中になっている人の意味)が、この地で暮らし、人と人、人と土地をつなぐことで、持続可能な地域を築くことが目標だという。

津屋崎エリアは、かつて北前船が立ち寄り漁港一帯に多くの家々が軒を連ねたところから「津屋崎千軒」とよばれた

公募によって全国から集められた3人のスタッフはそれぞれユニークな経歴の持ち主(山口さんはデコボコの履歴と表現した)であり、まちづくりのプロはいない。熱意と移住が条件だったそうだ。こうして地域を内側から変えていく“まちおこし”をめざして、それぞれが津屋崎に居を構えた。

だが実際、昔ながらの町並みを歩いてみると、あちらこちらに空き地や空き家が目立つ。その空き家の有効な活用方法を見いだすことも、ブランチの重要な仕事の一つである。その一環として、築60年の古民家を再生するプロジェクトが持ち上がり、30年間も手つかずであった空き家を多くの人たちの力を借りてよみがえらせ、居心地のよい空間をつくった。今は、津屋崎ブランチが運営するゲストハウス旧河野邸として、津屋崎を訪れる人の宿舎兼「意味の学校」(古民家再生の支援をおこなった旦那衆が主催する交流と対話の場)の学舎になっている。

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