会社の目標に合った変革で多様な働き方を実現

自社の製品を「世界一にする」という目標に合った働き方の提案なら、社員の意見を積極的に採用し、新たな制度を取り入れる。このようにして、ワークスタイルを大きく変革し、働き方の多様化を進めてきたIT企業が注目されている。それぞれの社員に合った多様な働き方を導入することで、離職率は大きく低下し、「働きがいのある会社」としても評価されるようになった。働き方の多様化は、経済合理性にも見合うものだという。

ダイバーシティ経営企業に「ブラック企業」から転換

企業や組織内の情報共有やコミュニケーションを支援するグループウェアの開発、販売、運用を行っているサイボウズは、「100人いれば、100通りの人事制度」というポリシーを掲げ、働き方の多様化を進めてきた。現在、43歳の青野慶久社長は3人の子どもの父親で、自ら育児休暇を取得し、短時間勤務の制度を利用している。

青野 慶久 サイボウズ 代表取締役社長

青野社長は、松下電工(現パナソニック)に3年間勤務した後、1997年に愛媛県松山市で起業した。サイボウズは現在、グループウェアで国内シェアNo .1となり、従業員約500人を抱え、国内外に9拠点を持つ一部上場企業に成長している。

多様な人材を活用し、企業価値を向上させるダイバーシティ経営を進めたことで、経済産業省の「ダイバーシティ経営企業100選」にも選ばれた。しかし、かつてのサイボウズの労働状況は、「ブラック企業」ともいえる状態だったという。「職場で死ぬことが本望」という青野社長は当時、「深夜や週末も仕事をするのは当たり前」と考え、自らそのような働き方を続けていた。

しかし、2005年には社員の離職率が28%となり、新たな社員の採用や教育にかかるコストを考慮すると、社員の流出を防ぐ必要があると考えた。その後、人事制度の大幅な改革に取り組んだのは、「社員思いだったためではなく、単純に経済合理性から方針を変えた方が良いと考えたから」だという。

変革に向けて社員の意見を聞くうちに、気づいたことは、それぞれの社員が異なる考えを持っているということだった。自分は会社で長時間働く生活が好きだったが、皆がそう考えている訳ではなく、モチベーションの源泉は多様だとわかった。このため、社員1人1人の考え方を確認しつつ、改革を進めなければ、離職率は下げられないと考えた。

在宅勤務や副業も可能に
「育自分休暇」で自分も成長

新たな人事ポリシーは、「100人いれば、100通りの人事制度」とし、多様な人材に対応する改革に着手した。「残業はきつい」、「子どもができたので、仕事時間を短くしたい」という社員は、短時間勤務や週3日勤務などを選択できるようにした。また、働く場所と時間を選べる「ウルトラワーク」の制度を導入し、在宅勤務も可能になった。育児休暇については、「子どもが小学生になる時期まで取得できれば」という社員の声に配慮し、最長6年とした。

さらに、多様な働き方を可能にするため、誰でも会社に断りなく副業できる「副業の自由化」や、「育自分休暇制度」も導入した。後者は35歳以下の社員を対象としており、転職や留学等、環境を変えて自分を成長させるため一旦退職した社員が、6年以内であれば復社できるというものだ。

特に、副業の自由化に関しては、「最初は抵抗があった」という青野社長だが、会社に損害を与えるようなことをしなければ、原則的に何をやっても良いと認めた。「実際に副業する社員が増えて、社外の情報が入りやすくなりました。また、仮に会社が倒産しても、社員が副業していれば、次の雇用も見つけやすいはずで、経営者にとっても良いと思います」と、青野社長はその利点を説明する。

改革を進めるうちに、一時は3割近くなっていた社員の離職率が4%程度に低下した。これによって、採用や教育に必要なコストも低下したほか、入社希望者が増え、採用にポジティブな効果があった。

サイボウズの改革は女性だけに注目したものではないが、現在は社員の女性比率が約4割に上昇した。役員も10人中2人が女性で、このうち1人の女性は、2人の子どもを育てながら短時間勤務している。また近年では、「働きがいのある会社」ランキングで上位を占めるようになった。

「働くママ」をテーマにしたショートムービーを制作(2014年)。ワーキングマザーのワークスタイルについて問題提起をした。

新たな制度導入の基準は組織の理想との両立

新たな制度を導入する際、基準となるのは、その制度が組織として目指す理想と両立できるかどうかだ。

「サイボウズが目指すのは、優れたグループウェアを作って広め、世界一になることです。この目標に向かう制度なら導入可能ですが、目標に向かわない制度は、社員が喜ぶものでも導入できません」

例えば、育児休暇を最長6年としたことで、育児中の社員が復職しやすくなった。会社が必要とする知識を持つ人たちが活躍を続けてくれるのは、社の目標に合った制度だといえる。また、一度は会社を辞めた社員でも、社内では得られない知識や経験を身に付けて戻ってきてくれれば、会社の財産になるはずだ。

新たな制度の導入では、多様な社員の意見を取り入れることが重要となる。まず、社内のグループウェアなどを通じて提案されていることを人事担当者が見つけ、そのためのワークショップを重ねる。議事録はグループウェアで公表し、社員が誰でも意見を言える状態にする。そこで重要になるのは、「皆が共通のゴールに向かって制度を使おうという意識」だという。

働き方の変革で求められるツール、制度、風土

青野社長によれば、働き方を変えるための要件として、ツール、制度、風土という3つが挙げられる。ツールについては、便利なものは積極的に活用すべきで、具体的には、情報共有クラウドや遠隔会議システムなどが挙げられる。特に在宅勤務では、仕事の「見える化」が重要となるが、これもITの活用で可能になる。

また、働き方を変えるには、制度を整えることも必要だ。しかし、最も重要なのは風土だという。社内の制度を整えても、それが使われなければ意味がない。「男性も取得できる育児休暇などは、どの会社にもあるはずですが、なかなか利用されません。風土や価値観が整わなければ、働き方は変わらないのです。古い価値観は、経営者が率先して変えていくことが必要です」

また、多様な働き方をする多様な人材の評価は、従来と同様に行う訳にはいかない。このため、サイボウズでは社員の評価制度を相対評価ではなく絶対評価に変えた。給与の基準となるのは、各社員の「市場価値」と「社内における信頼度」だ。市場価値は、その社員の職種やスキル、実績、年齢、勤務地などから、一般的な転職市場を考慮して判断する。

一方、社内における信頼度は、「発揮しているスキル」や「覚悟度(組織の理想に対するコミットの度合い)」によって測られる。

図1 ワークスタイル変革の要件

「育メン」への負担を減らす価値観の変化も必要

社内のワークスタイル変革を進めると同時に、自ら育児休暇を取得してきた青野社長だが、元は会社人間で、育児休暇の取得は当初、「嫌々」だったという。しかし、育児休暇を取得したことで、多くのことに気がついた。

24時間365日、いつ呼び出しがあるかわからない育児は、大変な重労働だとわかった。そして、「このような仕事を女性1人に押し付けていれば、少子化が進むのは当然」と考えるようになった。

家庭を顧みずに働いてきた人たちだけが、政治や企業のリーダーとなっている限り、この状況は理解されない。また、働き方や価値観の変化は、女性だけでなく、男性にとっても重要だ。共働きの家庭が増加し、「男性も育児や家事で貢献すべき」という考え方が広がる中で、社会には今なお「男性は一家の大黒柱となり、会社の出世競争で勝ち残るべき」という価値観が根強い。

「このような価値観や従来のワークスタイルが続けば、『育メン』は負担が大き過ぎて倒れてしまいます」と青野社長は指摘する。「女性は転職したり、会社を辞めても良いと考えられているのに、男性にはそれが許されず、他方で『育児や家事も頑張りなさい』というのでは、重荷で続かないでしょう」。女性だけでなく、男性にも多様な働き方や生き方を認める価値観が、社会に求められている。

「テレビや洗濯機、冷蔵庫が家庭に来ることで皆が喜び、物が豊かさや幸せを与えてくれた昭和の時代と、今の時代は異なります」という青野社長は、次に幸せにしてくれるものを探し、それを生み出すことが重要な仕事だと考えている。ワークスタイルの変革にも役立つグループウェアを世界一のものにすることで、多様な人たちが仕事や人生を楽しめる社会の実現を目指す。

サイボウズは「100人いれば、100通りの人事制度」というポリシーを掲げ、働き方の多様化を進めてきた。

 

青野 慶久(あおの・よしひさ)
サイボウズ 代表取締役社長

 

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