木造ビルの新時代へ 銘建工業がCLTとバイオマスで岡山から林業に革新を
※本記事は経済産業省が運営するウェブメディア「METI Journal オンライン」に2025年11月19日付で掲載された記事を、許可を得て掲載しています)
世界最大の木造建築物としてギネス世界記録に認定された大阪・関西万博のシンボル「大屋根リング」。岡山県真庭市に本社を置く「銘建工業」は、この壮大な構造物に使われた木材約2万7000m3の6割近くを提供した国内最大手の製材メーカーだ。なかでも、中高層ビルの構造材にも利用されるなど、近年、注目されているCLT(直交集成板)の製造では、国内トップシェアを誇る。
欧州で生まれたCLTにいち早く着目した中島浩一郎社長は、その将来性を確信して日本での普及に尽力してきた。また、地元では、木くずや間伐材などを燃料とする「バイオマス発電所」を市や林業関係者らと運営し、燃料の買い上げ代金や売電収入の一部を地域に還元。林業の未来を見据えながら、木材需要の拡大に向けて次の一手を模索している。
欧州発・木造ビルを可能にするCLT 普及へ国を動かす
CLT(Cross Laminated Timber)は、木の板を繊維の方向が直交するように重ねて接着したパネルで、鉄筋コンクリートの5分の1以下の重さで、同等の強さを持つとされる。断熱性や遮音性にも優れ、温度変化による伸縮が少なく、寸法の安定性も高い。また、工場であらかじめ加工して現場で組み立てるため、工期を短縮できるメリットもある。
1990年代にヨーロッパで開発されたCLTは、欧米で急速に普及した。中島社長は、オーストリアに合弁会社を持っていたこともあり、何度も渡欧するうち、90年代末ごろCLTを知ったという。「日本の建築は、柱と梁という“線”で組み立てる軸組工法が主流だが、CLTは木の“面”で建物を構成するという考え方。これは、日本でも必ず広がる。これしかないと思った」と振り返る。だが、当時の日本にはCLTの市場はもちろんのこと、建築材として使うための法的な枠組みすらなかった。
転機になったのは、2010年に発足した国土交通省の「“木の家づくり”から林業再生を考える委員会」(養老孟司委員長)の委員に就任したこと。ここで中島社長は、木材需要を掘り起こす新しい木質材料として、スギ材を活用したCLTを提案。2012年には同業2社とともに「日本CLT協会」を設立し、CLTの規格化への働きかけを始めた。
その後の展開は早く、2013年にCLTのJAS(日本農林規格)が制定され、2016年には、CLTを建築構造材として使用可能とする建築基準法告示が施行され、一般利用が本格化した。中島社長も「規格化までに5、6年はかかると思っていたが、想像以上に早く整備され、スタートを切ることができた」と笑顔を見せる。さらに2016年には、CLTの普及が森林資源の活用などにつながるとして、関係省庁が連携して施策に取り組むための連絡会議が設置され、CLTで地方創生の実現を目指す国会議員や全国の首長による組織も、それぞれ誕生した。
国内最大規模の供給体制に 全社挙げて万博へ
こうした動きに合わせて、銘建工業でも生産体制を充実させるため、2016年にCLT専用の量産工場を真庭市内に建設した。年間生産能力3万m3、最大で幅3m、長さ12m、厚さ27㎝の大型パネルを生産することができる国内最大規模工場で、これにより大型建築物への供給体制が整った。約2,600m3のCLTを提供した福島県いわき市の復興公営住宅(3階建て2棟、計57戸。2018年2月竣工)は、当時、1つのプロジェクトとしてのCLT使用量日本一とされ、大阪・関西万博では、大屋根リングのスカイウォークの床材だけでなく、日本館ではCLTパネル560枚(約1,600m3)が使われた。
完成した大阪・関西万博の大屋根リングを目の当たりにした中島社長は、その圧倒的な迫力に「本当に、うちがこれを作ったのかと改めて思った」という。万博という大規模プロジェクトへの挑戦は、社員の意識も変えた。リングの柱や梁の製造・加工は、全国の工場、材木店と協力して行ったが、各社との図面の共有や調整、配送、運搬など、全社挙げて取り組んだ。普段なら、完成した建物は、個人がそれぞれ見に行くが、今回は社員旅行で万博を訪れた。「みんなで協力して手掛けたものを一緒に見ることができ、一体感を感じた」と社員の一人は話す。
鉄筋コンクリート造から切り替え 認知度アップを実感
万博を機にCLTに対する認知度も一段と上がったといい、銘建工業にも様々な問い合わせが増えている。施主から、直接仕事の相談が来るようにもなり、中島社長も「これまでは、建設会社や設計事務所経由で仕事が来るのが当たり前だったが、随分、様子が変わってきている」と、“実物”に触れることでCLTへの理解が広がっていることに驚く。
大分県別府市の老舗旅館では、女将が銘建工業の本社事務所を訪れ、鉄筋コンクリートでの建て替えをやめてCLTのパネル工法に切り替えた。本社事務所はCLTを使って2020年に建てられており、吹き抜けの空間は木の地肌が見える「現(あらわ)し」という仕上げになっており、木のぬくもりに包まれているのが特徴だ。気密性と断熱性にも優れ、電気代は同規模のオフィスの3割以下に抑えられている。
端材でバイオマス発電 木を使い切り「山の循環」を
銘建工業の企業理念は「木を使い切る」こと。丸太の製材で生じる木くずや端材も無駄にしない。1984年には、工場内に175kWの自家発電設備を導入。木くずなどを燃やして蒸気でタービンを回して発電し、排出した蒸気は木材乾燥の熱源にする。発想の原点はアメリカの製材所で見た小さな発電小屋。太陽光発電もない時代に、中小企業が自家発電するという発想は新鮮で、「これならできるかもしれない」と、国内でタービンが作れる業者を探して、実現した。
その後も、生産量の増大に伴い木くずなども増えたことから、1997年に1,950kW、2021年には4,990kWの発電所を稼働させた。2003年からは電力の売却も始めた。中島社長は、「電気が売れたことより、社会に使ってもらえるのがうれしくて」と、電力会社から来た最初の請求書を額に入れて、今も事務所に飾っている。
地元の真庭市にも、2015年4月、発電出力1万kWの「真庭バイオマス発電所」が完成した。バイオマスタウン構想を掲げ、地域資源を生かした循環型の街づくりに取り組んでいた市や、銘建工業、森林組合、林業関係団体などが出資し、地域ぐるみで「木を使い切る」仕組みを作った。市内には木を伐り出す素材生産業者や約30の製材所、3つの原木市場などがあり、そこから出る林地残材や製材端材などの木質バイオマスを燃料とし、年間約19億円の売電収入を上げている。生産業者らへは、燃料購入費として年間約13億円が支払われており、捨てたり産廃処理したりしていたものを有償で引き取ることで、利益向上につながっている。さらに、木材の流通履歴を追跡し、山林の所有者までさかのぼって把握できるシステムを構築したことで、山主に収入の一部を還元できるようになった。
これまでの還元額は累計約4億円に上る。「自分の山から出たものがエネルギーに変わっていることを山主が意識してくれれば、山の手入れも進み、伐採から植林という“山の循環”がよみがえるかもしれない」と、発電所の社長も務める中島社長も期待を寄せる。
また、銘建工業では、発電で使い切れない木くずなどを木質ペレットにして販売しており、生産量は国内総生産量の約6分の1に上る。このペレットの販売とバイオマス発電による売電収入は経営の大きな助けになっており、「木を使い切る」という理念が環境にも経営にも貢献している。
CLTの生産効率と性能を上げ、次世代の木材産業へ
CLTを使った建築物等の竣工件数は2025年度中に累計で1,700件を超える見込みだ。これは、前年度比21%増、5年前に比べると2.75倍にあたる。都心では、CLTを部材に使った18階建ての木造賃貸オフィスビルなどが建設中で、低層の共同住宅や事務所などだけでなく中高層ビルへも利用が広がっている。だが、国内のCLT生産・供給量は2024年時点で2万1000m3と、銘建工業1社の生産能力にも満たない。また、2024年の新設住宅着工戸数は2年連続で減少しており、市場の先行きは見通せない。
銘建工業では、「木材需要の落ち込みが見えている以上、今までの延長線上では立ち行かなくなる」(中島社長)との危機感から、経済産業省の「大規模成長投資補助金」(2024年10月採択)を活用して集成材の新工場建設に着手した。平屋建ての増加や住宅の小型化に対応し、長さ2m前後の「短尺」と呼ばれる製品に特化して顧客の需要に即応し、端材などの無駄も減らす仕組みを構築するのが狙いだ。工場内はフォークリフトを使わない製造ラインとし、生産効率を上げる試みにも挑む。
また、不燃処理を行わない、木材だけで燃え止まる木質建材の研究も進めており、実用化されれば、現在、コンクリートや石膏ボードと一緒に構成している高層ビルの壁や床を、すべて木材だけで構成できる可能性が開ける。
地域とともに成長するという姿勢を貫きながら、銘建工業は、木材業界のリーディングカンパニーとして次世代の木材産業を切り開こうとしている。中島社長は「これまでとは全く異なる製材方法の導入を準備している。歩留まりが向上し、品質も高まる画期的な方法だ。競争力もある。うまくいけば、地域の他の会社とも一緒に取り組んで、地域を盛り上げていきたい」と意気込んでいる。
【企業情報】
▽公式サイト=https://www.meikenkogyo.com/ ▽代表者=中島浩一郎社長 ▽社員数=359人(2025年7月現在) ▽資本金=3780万円 ▽創業=1923年
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