世界で活躍する若手音楽家が見据える、音楽都市TOKYOの可能性とは

(※本記事は東京都が運営するオンラインマガジン「TOKYO UPDATES」に2025年2月28日付で掲載された記事を、許可を得て掲載しています)

2021年、第18回ショパン国際ピアノコンクールで日本人として約50年ぶりに第2位に入賞し、若くして日本を代表する音楽家となった反田恭平氏。ピアニストとしての演奏活動にとどまらず、ジャパン・ナショナル・オーケストラ株式会社(JNO)を設立するなど、指揮者としても活動の幅を広げている。世界の舞台で活躍を続ける反田氏から見た日本のクラシック業界、そして東京という都市が持つ可能性を語っていただいた。

ピアニスト、指揮者、そして経営者として多角的な視点から日本のクラシック業界の変革を目指す
ピアニスト、指揮者、そして経営者として多角的な視点から日本のクラシック業界の変革を目指す

伝統と国民性が表れる音楽文化

高校卒業を経てロシアへ留学、その後もピアニストとして世界各地を飛び、各国のオーケストラとの共演も経験してきた反田氏。2025年8月には、オーストリアのザルツブルク音楽祭に指揮とピアノで出演することが決まっている。世界のクラシック業界を知る反田氏に、海外と日本の音楽文化の違いを伺った。

「オーストリアのザルツブルク音楽祭は、モーツァルト生誕の地として知られるザルツブルクで1920年から続く、世界的に見て格式の高いコンサート。観客がタキシードやドレスで来場するようなコンサートは世界でも数少ないです」

一方で隣国のドイツでは、ベルリン・フィルのヴァルトビューネのように野外でのんびり音楽を楽しむようなコンサートもある。各々の個性を尊重するフランスでは、絵画などに起因する芸術的感性が音楽にも反映され、総合的な文化度が高いと反田氏は語る。同じ欧州でもそれぞれの歴史や伝統、国民性によって、その音楽文化は大きく異なるようだ。

日本の観客については、演奏者から見るとやはり礼儀正しさが際立つという。また、義務教育によって全国民がリコーダーと合唱を学んでいるというのは、世界でも珍しいレベルであり、音楽教育に関しては充実していると反田氏は考える。

業界全体が変わるためには、反田氏のようなリーダーシップを担う存在が求められる。©久保田光一
業界全体が変わるためには、反田氏のようなリーダーシップを担う存在が求められる。©久保田光一

世界で活躍できるプロの音楽家を育てるために

演奏者と経営者の顔を持つ反田氏には、日本の音楽教育の将来について明確なビジョンがある。全国各地に分散する音楽学部などの教育機関について、将来のさらなる少子化を見据えた再編と精鋭化を提案する。

「20、30年後には、全国の音楽学部は半分ほどになるかもしれない。そうした行く末の前に、指導者と言われる立場の方や、資金面などを一点集中させる必要がある」と話し、それによる教育の質の向上を期待する。

「今まで築かれてきた音楽教育は素晴らしい点もたくさんある。ただ、その先に踏み込めていないのも事実」

同じアジアの国々にこれ以上後れを取らないためにも、より専門的な教育の必要性を説いた。

具体的なアプローチとして、少数精鋭の強化プログラムやマスタークラスを設立するなど、世界で活躍できる音楽家を育てるためには「プロのエリート集団を作ることが必要」だという。自身がオーケストラを立ち上げたこともまた、最終的に理想の音楽教育機関を設立するためのステップでもある。教育機関にオーケストラを常設することで、オーケストラとの共演技術や楽器の聴き分け、スコアの読解など、より専門性の高い教育を目指したカリキュラムが実施できる。

とはいえ、教育機関の設立自体が目標ではない。反田氏が目指すゴールはさらにその先にある。

「卒業した子たちがカーネギーホールで演奏したり、国際コンクールで優勝したり、いろいろな場所でスポットライトを浴びた瞬間に目標が達成される」と語った。

世界中から憧れられる音楽教育機関をつくるためには、自身をブランド化することも重要だと考える反田氏。ショパンコンクールでの入賞も、反田氏の実力が世界的に知られる機会になったのは間違いない。多岐にわたる活動すべてが、大きな一つのゴールへと着実につながっているのだ。

「留学や国際コンクールへの出場は、世界中の仲間とつながるきっかけにもなる」と語る反田氏
「留学や国際コンクールへの出場は、世界中の仲間とつながるきっかけにもなる」と語る反田氏

音楽都市としての東京の可能性

2025年1月現在、公益社団法人日本オーケストラ連盟に正会員として加盟しているオーケストラは27楽団あり、そのうち9楽団は東京を本拠地としている。また、2,000席以上の大型ホールの数も、各都道府県に一つあるかないかという中で、東京には複数存在する。各楽団の定期演奏会や海外からの来日オーケストラ公演数も多く、東京はクラシック音楽に触れる機会が圧倒的に多い都市と言えるだろう。

「私たちが世界各国の音楽祭を訪れるように、海外からも日本のコンサートを見に来てもらいたい」と、反田氏はその可能性を語る。さまざまなクラシックコンサートが各ホールで日々開催されている東京では、外国人観光客の動員が大きなチャンスになる。実際に、反田氏が都内のコンサートホールからブランディングの相談を受けた際にも、インバウンド対応の重要性を提案したそうだ。反田氏自身、海外のファンからチケットを購入したいという問い合わせを直接受けることもあるという。

「まずはどんな音楽家も、英語のプロフィールを掲載するべきです。そして外国人の方がスムーズにチケットが買えるように、日本のクラシックコンサート情報をまとめた英語版ポータルサイトがあるといいですね」

反田氏の活動の一環として、日本国内で開催する国際コンクールの新設も数年以内に視野に入れているという。世界中からファンを集めるためには、受け皿となる仕組みが求められる。

YouTubeやSNSなどを通して、誰もが自身の活動を自由に発信できる時代。本来は職人気質の強い音楽家にとっても、積極的に自己をプロデュースして売り込んでいけることは、特にデジタルに強い若い世代にとっては大きなチャンスだ。一方で、個人がそれぞれの活動を伸ばすと同時に、クラシック音楽業界全体の成長とバランスを取ることが大切である。

「SNSを通して、幅広くクラシックを聴く機会が増えたと思う。しかし、クラシック音楽の芸術としての真髄を、オンラインで伝えるのは難しい」

デジタルで完結せず、実際にコンサートに足を運び生の演奏に触れてみたくなるような、聴き手の柔軟な変化を反田氏は期待する。

「音楽は人生を豊かにしてくれるもの」

子どもたちの演奏を聴く機会もある反田氏は、将来有望な若手の存在を見いだしつつ、やはり少子化による音楽家の減少は避けられないと話す。

「たとえ自分の才能に疑問を感じるときが来たとしても、諦めないで続けてほしい。さまざまな感情を味わうことで表現の引き出しが増えるし、音楽に救われるときが必ず来る」と、これから音楽家を志す若者たちにエールを送った。

「音楽は人生を豊かにしてくれるもの」と語る反田氏が見据える日本のクラシック業界の未来は、まだまだ課題が多いものの、一本の確かな道筋が輝いているようだ。

取材・文/加藤奈津子
写真/藤島亮

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