南部鉄器はcoolと再評価 沸かした湯の味と進化するデザインで国境世代超え

(※本記事は経済産業省が運営するウェブメディア「METI Journal オンライン」に2026年2月16日付で掲載された記事を、許可を得て掲載しています)

東北地方を寒波が襲った冬のある日、出張で盛岡市を訪れた。この日の最高気温はマイナス2度。盛岡駅を出てタクシー乗り場の列に並ぶと、底冷えに体が震えた。こんな日は熱い飲み物で体を暖めたくなる。そういえば、岩手県の盛岡市と奥州市は伝統的工芸品「南部鉄器」の産地だった。サッカー英プレミアリーグで活躍する田中碧選手や米メジャーリーグ・ドジャースの大谷翔平選手が愛用していることでも話題になった。南部鉄器の鉄瓶で沸かした湯は、他の材質で作られたやかんの湯とは全く違うという。どんな違いがあるのだろうか。

「お茶の味が違う」 鉄瓶ならではの作用

「鉄瓶で沸かした白湯を毎日飲むのが日課です」と、主に南部鉄瓶を製造する「薫山工房」会長で、伝統工芸士の佐々木和夫さんは語る。伝統工芸士とは、伝統的工芸品産業の振興のため、1975年に誕生した称号。一般財団法人伝統的工芸品産業振興協会が、伝統的工芸品の製造に満12年以上従事し優れた技術を持つ職人を認定している。優秀な職人であるだけでなく、産業振興の中心的存在として期待されており、伝統的工芸品産業振興協会によると現在全国で約3300人の伝統工芸士が活躍しているという。

職人が根気よく鋳型に文様を描いていく(薫山工房で)
職人が根気よく鋳型に文様を描いていく(薫山工房で)

南部鉄器協同組合の理事長も務める佐々木さんは、まさに南部鉄器を代表する職人の一人。「以前に、ある和菓子屋さんでお茶をいただいたことがあります。ところがその湯はアルミ製のやかんで沸かしたもの。とてもまずくて飲めませんでした。これではせっかくおいしい和菓子を台無しにしてしまいます。ぜひ鉄瓶を使ってみてください、と勧めました。後にその和菓子屋さんからは、おかげでお客さんが増えました、と感謝の言葉をいただきました」という。

厚さ約2ミリと薄くて軽い薫山工房の鉄瓶の模型を手にする佐々木さん。「手作りだからこそ、この薄さで作れます」と言う
厚さ約2ミリと薄くて軽い薫山工房の鉄瓶の模型を手にする佐々木さん。「手作りだからこそ、この薄さで作れます」と言う

どうして味が違うのだろうか。佐々木さんは、「それは、鉄瓶でお湯を沸かすと、わずかに溶け出す鉄イオンが、水道水に含まれる残留塩素を除去してくれるからです。だから鉄瓶のお湯はとてもまろやかで、かすかに甘みを感じるほどおいしくなります」と解説してくれた。

また、「鉄瓶のお湯に含まれる鉄分は、体内に吸収されやすい『二価鉄』と呼ばれる鉄分です。毎日使うことで、現代人に不足がちな鉄分の補給が自然にできます」とも。おいしいだけでなく、健康のためにも有効なのだ。そういえばサッカーの田中選手も、南部鉄瓶を愛用する理由について鉄分補給の大切さを強調していたようだ。

南部鉄瓶|棗型 荒糸目 1.6L
南部鉄瓶|棗型 荒糸目 1.6L

ネット販売にひと工夫 口コミで全国区に

現在80歳の佐々木さんは、28歳のとき、やはり南部鉄器の伝統工芸士だった妻の父からの勧めでこの世界に入ったという。「一人前の職人になるには、少なくとも10年以上の経験が必要」というが、佐々木さん本人は、弟子入り後、わずか2年で師匠である義父が他界してしまった。「当時は、職人たちの作業場が6軒ほど集まった、長屋のような場所が仕事場でした。未熟な私は、まわりにいた先輩たちに教えていただくことができ、なんとかやってこられました」と語る。

長く販売業者からの注文で製品を作っていたが、約30年前、当時普及が始まったばかりのインターネットを利用し始めた。ネット販売のさきがけである。「私自身の仕事、モノ作りをより多くの人に知ってもらいたい」との思いだったが、初めは見てくれる人がほとんどいなかったという。どうやったら見てもらえるか、いろいろ工夫したが、「懸賞はすごく反響がありました」。企業や団体の懸賞の当選品として提供したところ、問い合わせが殺到するようになったという。「今のようにスマホで手軽に見られる時代ではありません。懸賞で存在を知ってくださった方々の口コミで南部鉄器の良さが広まりました」。それまでは、地元での販売しかなかったが、全国の人たちがお客さんになった。

「鉄瓶は生活用品。売れる物、使ってもらえる物が良い物」と言い切る佐々木さん。利用者の反響、意見を参考に、その時代に合わせた工夫を重ねてきた。高熱になるふたのつまみを木製にしたり、持ちやすいように柄にカラフルな木綿糸を巻いたり。

南部鉄瓶|珈琲ドリップポットA 肌 1.0L
南部鉄瓶|珈琲ドリップポットA 肌 1.0L

「IHヒーターが出始めると、それに対応する製品もすぐに作りました」。佐々木さんは、「機械を使って大量生産しているところもありますが、うちはすべてが手作り。お客様の好みやニーズをすぐに取り入れて1個から対応できます。鋳鉄の伝統的な技術は変えることなく、皆様に日常的に使っていただける現代的デザインの作品作りにこれからも取り組んでいきます」とほほえんだ。

カラフル・多用途の製品開発 ヨーロッパで支持

南部鉄器は、国内だけでなく、世界からも注目が集まっている。1902年創業の老舗「岩鋳」は、早くから海外販路の拡大に力を入れており、海外への販売割合は全体の約4割を占めるという。

フライパンなどの調理器具も好評だという
フライパンなどの調理器具も好評だという

職人たちが鉄器作りをする姿が間近で見られるテーマパーク型工場「岩鋳鉄器館」には、広い販売スペースも併設されており、昔ながらの黒い鉄瓶だけでなく、カラフルな急須、鍋やフライパンといった調理器具、さらには香炉、キャンドルスタンド、風鈴などさまざまな鉄製品が並んでいる。中でもピンクや空色など色とりどりの急須は、黒光りがする重厚な従来の南部鉄器とは異なり、モダンで華やかなムードを作り出している。

「海外に輸出し始めたのは1980年代半ばくらいから。約30年前から特に海外販路の開拓に力を入れ始めました」と四代目の岩清水弥生社長は語る。

職人が、伝統的手法で鉄瓶を手作りする様子(岩鋳提供)
職人が、伝統的手法で鉄瓶を手作りする様子(岩鋳提供)

「日本で好まれるものが、必ずしも海外でも売れるわけではありません」という岩清水さん。カラフルな急須が生まれたきっかけは、フランスの顧客から「フランスの生活様式にあった色を作ってほしい」と要望を受けたことだった。「黒くて重々しさがあることが南部鉄器らしさでしたが、当時の社長が『お客さまが望むものを作ろう』と開発に乗り出しました」と岩清水さん。

独自の技術で着色に成功。ピンクや白、空色、若草色など彩り豊かな製品が誕生した。「カラフルな急須はすぐに欧米諸国に受け入れられるようになりました」。特にヨーロッパでは南部鉄器イコール「IWACHU」と呼ばれるようになっているという。

急須5型アラレ(銀/空色) ツル金
急須5型アラレ(銀/空色) ツル金

若い女性がSNSで「かわいい」 末永く愛して

海外での人気がテレビなどで取り上げられると、今度はそれが日本でも評判になった。「国内では以前は、南部鉄器のお客さまは比較的高い年齢の方が中心でしたが、今は若い世代にも広く支持されるようになっています」と岩清水さん。「特に若い女性たちの間で『かわいい』と好評で、SNSなどで発信してくださる方もたくさんいます。そのSNSを見て問い合わせをいただくことも増えています」という。

ごはん鍋 3合炊
ごはん鍋 3合炊

岩清水さんはまた、「前の世代から次の世代へと末永く使っていただけるのも南部鉄器の魅力の一つです。実家を整理していたら古い鉄瓶が見つかったので直してほしい、という依頼もたびたびあり、喜んで引き受けています」と話す。

「私は、長く使っているうちに独特の色合いになってくる革製品が好きです。鉄瓶も同じように、使い込んでいくことでそれぞれの鉄瓶独特の風合いが生まれてきます。家族から家族へと世代を重ねて使われてきた思い出を大切にしたい。南部鉄器は飾り物ではなく、実用品です。お客様に選ばれるもの、使いやすいものを追求していきたい」と語った。

海外だけでなく国内の広い世代に人気のカラフルな急須を手にする岩清水さん
海外だけでなく国内の広い世代に人気のカラフルな急須を手にする岩清水さん

南部鉄器のすばらしさを教えていただいた旅の帰り。予定していた新幹線の出発まで少し時間があったので、岩手県の特産品を集めた店に立ち寄った。そこで目についたのが容量1.1リットルの小さな鉄瓶。自分用に購入した。これから毎朝出勤前に、この鉄瓶で沸かした湯でコーヒーをいれて飲むとしよう。

#南部鉄器とは?

岩手県の盛岡市、奥州市で作られている鉄鋳物のこと。岩手県はもともと、鉄のほか、川砂や粘土、炭といった製鉄に必要な素材が豊富な土地だった。盛岡市の鉄器は、400年以上前の江戸時代初期に、現在の岩手県中部を治めていた南部藩の藩主が京都から釜師を招き、茶道で使う湯を沸かすための茶の湯釜を作らせたことが始まりとされている。一方の奥州市水沢地区の鋳物作りはさらに古く、平安時代末期から鍋や釜などの日用品が作られ、江戸時代に伊達藩の保護で発展したという。

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