本格実装を前に議論が白熱 再生医療の価値と国民負担のあり方

日本が再生医療で世界をリードしていくための構想を考える「再生医療で描く日本の未来研究会」の第4回会合が2023年11月24日、東京都内の事業構想大学院大学で開催された。「再生医療の価値と国民負担のあり方」をテーマに、4氏が講演を行い、ディスカッションを行った。

再生医療と公費負担のあり方

今回の研究会では、まず日本総合研究所理事長の翁百合氏が「再生医療と公費負担のあり方」のテーマで講演。国民医療費は増加傾向にあるものの、再生医療については「大きなリスクへの対応である医療保険制度の性格を考えると、本来は公的医療保険の対象とすることが望ましい」と語った。ただ、再生医療等製品の製品製造費や薬事承認プロセス対応による人件費などから高価な治療になるとみられ、すべての保険収載は難しいであろうとも述べた。

翁 百合
日本総合研究所理事長

また、保険収載を前提にした保険外併用療養費の中の「評価療養」として再生医療を収載する場合の課題については「長期にわたる保険外期間で上乗せ分の自己負担が発生すること、対象が限定的で収載が認められるまでのスピードが遅い」と指摘した。

そのうえで、「多くの再生医療等製品がドラッグロスに陥らないようにするためには、保険外併用療養費制度のうち、短期での保険適用を目的としないが、安全性と一定水準以上の有効性の審査を通ることを条件とする新しいタイプの選定療養制度の創設を検討してはどうか」と提案。その場合においても民間保険による個人の負担をサポートすることが望ましいとの考えを示した。

民間保険の活用で
イノベーティブな産業を育成

iPS細胞を用いた網膜再生医療の開発を進めている、ビジョンケア代表取締役社長(日本再生医療学会常務理事)の髙橋政代氏は民間保険の活用の重要性を語った。2014年に世界で初めてiPS細胞から作製した網膜シートを患者に移植して以来、実用化の先頭を走ってきた髙橋氏はまず「再生医療は外科系の開発であることから、手術法の発達などで効果が変わるため従来のように最初から決め打ちでRCT治験を経て価格を決めるやり方はなじまない」とし、安全性は医薬品医療機器総合機構(PMDA)が、有効性は学会が評価を担う2階建てのしくみを提言する。

髙橋 政代
ビジョンケア代表取締役社長(日本再生医療学会 常務理事)

2023年に遺伝性網膜ジストロフィーの遺伝子治療「ルクスターナ」が日本でも保険収載され、その価格(片目あたり約4960万円)が話題になった。一方、投与にかかる手術代は10万円とされた。高橋氏は、「製品には対価が支払われるが、投与の対象者を選ぶ診断やその検討を含め治療全体でみると病院側が赤字になる構造」と指摘する。

髙橋氏は現在、iPS細胞を用いた細胞治療で初めて、先進医療を申請していることにも言及。「世界では医療は5年で30%成長する産業であるにもかかわらず、日本は医療費を抑制してその伸びを押さえている。イノベーティブで質を担保する治療に対しては、別の財源が必要」と話した。そして先進医療特約のような新たな互助的民間保険がイノベーティブな医療の財源として実現すれば「患者、各省庁、企業、保険会社すべてにメリットをもたらす」と説いた。その実現には「保険会社と学会が協力し、保険商品として成り立つデザインを考えることが重要」という。

続いて、慶應義塾大学大学院経営管理研究科/健康マネジメント研究科教授の後藤励氏が「再生医療の価値と価格について」をテーマに講演した。消費者にとっての価値(効用価値)と生産者にとっての価値(労働価値)が市場価格のメカニズムにより調整され、効率的な資源配分がなされるというのが標準的な経済学の前提となっている。ヘルスケア領域は市場での調整がうまくいかない傾向にあることから、価値の尺度として、質調整生存年(quality-adjusted life year: QALY)の改善と追加費用バランスを考える医療経済評価が用いられてきたことに触れた。また「希少な疾患については費用対効果を高く評価しても良いという議論がある」ことを紹介。英国では2022年より重症度によりQALYの価値に重みづけをしているという。

後藤 励
慶應義塾大学大学院経営管理研究科/
健康マネジメント研究科教授

再生医療や遺伝子治療の効果の不確実性については、条件付き償還で値引きしたり、効果に合わせた支払(Pay For Performance)をしたりする手法が一般的であるとも話した。「へルスケアの価値については長年QALYと費用で測ってきたが、研究開発のインセンティブ配分などの分析はこれからの課題」と述べた。

費用対効果評価制度の概要

最後に厚生労働省 保険局医療課 医療技術評価推進室室長の木下栄作氏が費用対効果評価制度の概要を解説した。同制度は試行的導入を経て2019年4月から本格運用を開始し、これまでの実績等を踏まえ、制度の見直しを行っている。

木下 栄作
厚生労働省 保険局医療課 医療技術評価推進室 室長

費用対効果評価では、市場規模が大きい、または著しく単価が高い医薬品・医療機器を評価の対象とし、評価対象品目の比較対照品目に対する費用及び効果の増加分の比(ICER)を算出して評価している。諸外国(英国、オーストラリア、フランス)は、費用対効果評価の結果を収載時の償還可否判断や価格交渉に用いるのに対し、日本では、いったん保険収載したうえで、費用対効果評価の結果は「価格調整」のみに用いる。そのため、「医薬品等への患者アクセスは確保されている」と説明した。

現在進められている制度見直しの論点は、分析対象集団及び比較対照技術の設定、品目指定、分析プロセス、価格調整の対象範囲(加算部分のみでよいのかなど)や介護費用の取り扱いについて等である。「本格運用を開始してまだ5年目であり、少しずつでも良いものにしていきたいと考えている」と述べた。

治療の質の担保は
学会ガイドラインで

続いてディスカッションに移った。髙橋氏が「手術代以外の診断や患者への説明などを価格に含めないと、病院が赤字になる」という現状に触れたことに対し、後藤氏は「価値をしっかり保持するためにも積み上げて計算すべき」と述べた。また、再生医療イノベーションフォーラム会長の志鷹義嗣氏は「コストだけでなく、定性的、定量的なものも含め多様な価値を価格に反映させたい」、参議院議員の古川俊治氏は「今後、使用する細胞の量が多い治療が実用化すればコストが跳ね上がる。再生医療等製品に関する新しいプライシングのあり方について考えるべき時期に来ている」と述べた。

さらに、後藤氏が「費用対効果がよくない治療を民間保険でという考え方は理解できるが、質の担保についてどう考えるべきか」と問うたのに対し、髙橋氏が「そこは学会がガイドラインを作り、施設、症例まで絞り込んでいきたい。ガイドラインに載らないものは対象外とすれば抑止力になると考える」と応じた。