求められる「人的資本」の情報開示と、人材を軸にした経営戦略

中長期的に持続的・安定的な事業成長を重視するESG投資の流れの中、投資家から企業経営者に対して「人的資本の開示」を求める動きが強まっている。単なる人材管理にとどまらず、従業員に高い生産性・創造性を発揮してもらうにはどのような打ち手を講じていくべきか。

香川 憲昭 一般社団法人 HRテクノロジーコンソーシアム 代表理事

「人事DX」が足踏み状態の日本

人事領域のHRテクノロジー活用と「人的資本の開示」の普及のため、業種業態を越えてディスカッション・調査研究を行っているHRテクノロジーコンソーシアム。活動の原点は、代表理事の香川憲昭氏が大手眼鏡メーカー・JINSで総務人事担当執行役員となった2012年頃にまで遡る。

「組織の急成長によってリーダー人材の重要性が増してきたタイミングで、新産業創出や技術志向経営(MoT)を専門とする慶應義塾大学大学院経営管理研究科 岩本隆特任教授をお招きして産学連携で勉強会を始め、人事組織が果たすべき機能について経営視点から学ぶ場として活動を続けてきました」と香川氏は振り返る。

その後、デジタル技術が急速に浸透し、HR領域でもテクノロジー活用が当たり前の時代に。2017年からは『働き方改革』の波に乗って活動領域が広がったことで、2020年には一般社団法人へと活動ステージを引き上げた。

「日本におけるHRテクノロジーは、オフコンで給与計算をしていた第一世代から、データを統合していく第二世代、そしてモバイル機器などを活用して従業員自らがデータをインプットする第三世代へと発展したものの、生産性向上を図る第四世代の手前で足踏みしています。HR関連データを活用可能なかたちで蓄積できれば、単なる“管理”から脱し、従業員の生産性・創造性を高めることが可能になります。EX(従業員体験の向上)への意識が高い米国では、テレワークの推進や業務の自動化などにより、従業員がより生産性が高い業務に時間を割けるようになっています」

人事戦略の開示にも定量データが必要に

投資の世界では10年以上前から、企業にコーポレートガバナンス強化等、人的資本の開示を求める動きが高まっていた。そして、その流れは2018年に世界初の人的資本開示の国際基準『ISO30414』に結実した。人的資本開示の国際標準ガイドラインには非常に細かい測定基準が提示されており、経営者はリーダーシップ、企業文化、人的資本の生産性、人財開発投資といった『人的資本に関する情報』に関して継続的にデータを蓄積し、経営・組織戦略をふまえた人事戦略としてナラティブに説明する責任が生じた。

「日本の『健康経営』にあたる領域では、安全・衛生や事故防止など法令遵守の指標の他、リーダーシップへの信頼、人材開発への投資、人材の定着率、人材流動性などもチェックされます。成長性が高い企業なら先行的に人を採用しているはずなのに、入れ替わりが多かったり定着率が悪かったりすれば、経営者と最高人事責任者はその理由を追及されるでしょう」

モノでなくコトのサービスが付加価値を生んでいるいま、重要なのは個々の社員の生産性・創造性向上。『ISO30414』と人的資本の開示が当たり前となるこれからの時代では、社員の生産性や人材の活用・育成方針なども投資の際の重要な指標になっているというわけだ。成長戦略と紐づけた人事戦略を開示できない企業は、投資マーケットの土俵に上がることすら許されなくなる可能性が高い。

人材を資産として生かすシステムと物語が必要

従業員にとっても、HRテクノロジーは重要な意味をもつ。リーダーの選抜基準や、人材開発にどれだけ時間・費用を投資するかが見えない企業で働きたいと思う人は、まずいないだろう。

図 世界のHRテクノロジービジネスの変遷

出典:デロイト トーマツ『劇的に変化するHRテクノロジー 2018』

 

「明確なキャリアパスを示せる企業には、より優秀な人材が集まるようになると確信しています。米国では、タレントマネジメントをHRテクノロジーを活用して定量的に把握し、事業規模の拡大にあわせた人材確保や人材活用のパーソナライズといった人事の科学的な意思決定を行っています。また、採用・選考、エンゲージメント、給与計算アウトソーシングなど多様なジャンルでクラウドテクノロジーを使ったHR関連サービスが急増中です。一方、日本では、特に大手企業でHR・人事領域のデータシステムがレガシー化しており、単なる効率化にとどまっているのが極めて残念な状況です」

Rテクノロジーを活用するには、従来のレガシーな人事システムをクラウドに移管するための業務プロセス標準化とジョブ型の人事制度への改革が必要不可欠だ。しかし、業務プロセスの再構築は手間がかかるうえにITスキルも必要で、文系中心の人事部門にとってはハードルが高い。まずは経営トップが「人事はコスト」という意識を改め、ROI(投資対効果)の概念を人事にも採り入れて経営計画との連動を進めるのが先決。数字を見るときも、単年度の損益計算書の中で人件費=管理コストをコントロールするという古い常識を捨て、バランスシート上で『人的資本=企業価値向上の源泉』として人財を捉えるマインドセットへの転換が求められる。経営戦略と人事戦略を紐づけ、『ヒューマンキャピタルレポート』の形で社内外のステークホルダーに成長戦略を物語り、業績をV字回復させたドイツ銀行の事例は、日本企業にも参考になるだろう。

「経営者の皆様には、将来を見据えて次世代経営リーダー人材へ先行投資をしてほしいと思います。また、HRテクノロジー投資により余剰時間が生まれれば、生産性と創造性の高い労働環境を実現でき、結果として企業価値向上につながるはずです」

 

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