宮大工の伝統技術を継承し、循環型建築の実現を目指す

木材を巧みに活用し、寺社仏閣など時代を越える建築物を造り上げる宮大工の技術。日本の伝統的建築物は海外からの評価も高いが、人口減少による後継者難が課題となっている。価値ある伝統技術を継承し、さらに自然と共生する建築の確立を目指す構想が動き出している。

50歳を前に「学び直し」で
大学院へ

パナソニックグループからカーブアウトしたPHCで、研究医療支援機器を開発・製造・販売するバイオメディカ事業部に所属する松原東吾氏。営業パーソンの経験を活かし、自社製品との相乗効果を生むようなシーズ開拓などによる新規事業企画を担当してきた。同社では新型コロナワクチンの保管用として話題になった『超低温フリーザー』も開発・製造・販売している。松原氏自身も社会に貢献する事業環境で働けることに働きがいや仕事の面白さを感じていた。

松原東吾(まつばら・とうご)
PHC バイオメディカ事業部 営業企画課、事業構想修士
(事業構想大学院大学 大阪校2期生〔2020年度修了〕)

一方で、50歳を迎えるにあたり周囲では早期退職などの言葉を聞くこともあり、「会社に選ばれる人財でなく、会社を選ぶ人財になれれば」と考え、そのために新たなことを学び直そうと事業構想大学院大学への入学を決めたという。

入学当初は業務との折り合いを付けるのに四苦八苦しながらも、終末期を迎える人に向けたホスピス旅行サービスを構想していたというが、1年次後期の『リーンキャンパス』の授業で大きな転機があった。

「5人くらいのチームで、1人10個ほど事業のアイデアを考えてこなくてはいけませんでした。まず量を出すことが求められ、その中で考えたアイデアの1つが、『宮大工グローバル塾』でした。発想のきっかけは宮大工や、大阪にある世界最古の企業である金剛組が今ひとつ知られていないのでは、という思いでした。テレビなどで紹介されたとしても、世界最古の企業は金剛組、という豆知識的な扱い。本来の価値と現状に乖離があるのではと感じてこのアイデアを出しました」

多くのアイデアを出し続ける過程で、松原氏のなかに『宮大工グローバル塾』に感じる面白さや追究してみたいという意識が強まり、こうした自身の気持ちとアイデアを批評しあう同期メンバーからの反応が一致する感覚もあったという。

松原氏は、八十八ヶ所霊場などの仏教文化が息づく四国出身。熱心な寺社仏閣ファンというわけではないというが、幼い頃から身近に寺や神社がある環境で育ってきたことも、この構想に取り組み始めた背景のひとつといえそうだ。

熱い思いで宮大工・金剛組と
つながる

こうして『宮大工グローバル塾』を自身の構想と定めた松原氏はさっそく行動に移る。持ち前の営業スピリットを発揮して金剛組にコンタクト、当初は色よい反応はなかったものの粘り強くアプローチを続け、取締役本店長や棟梁などと面会が叶っただけでなく、金剛組、そして金剛組の親会社である同じ髙松コンストラクショングループの髙松建設と一緒に課題解決に向けて取り組むことに成功した。

現在松原氏が進めている構想は次の3つを柱とする。1つ目は宮大工の知名度を上げ、構想のシンボルとする『五重塔プロジェクト』。2つ目は宮大工の建築技術のひとつでもある『木組』をアカデミックな立場から研究し後世に残すための学会・木組学会の設立。3つ目が次世代に宮大工の技術を継承する『次世代金剛組学校』の開校だ。

『木組』は、木材の年輪などからその木の“癖”を見抜く宮大工の伝統的知恵のひとつ。年を経てその木材がどのように変化するかも考慮したうえで建材として活用する。新たな木造建築を造るときだけでなく、今ある歴史ある木造建築を修復したりするときなどにも必要な知識だ(画像は法隆寺五重塔の一部)

1つ目の『五重塔プロジェクト』は、金剛組・髙松建設関係者とのフィールドワークのなかで生まれたアイデア。金剛組の棟梁みずからが「日本で五重塔を建てたい」とつぶやいた一言がきっかけだったという。五重塔には宮大工の『守破離』が全て詰まっており、五重塔を建設することで『匠の技』を継承できる、と金剛組の棟梁は考えていた。

「最初のアポイント依頼から、実際にお会いするまでには半年近くかかりました。この間、寺社建築に関する書籍を読んだり、大阪府周辺の寺社仏閣を回って実物を見学するなどしながら、金剛組さんとこんなことができたら、というアイデアも書き溜めてきました。それを見ていただくなかで棟梁からこういう言葉があり、私の構想の骨子が固まりました」

五重塔建立が実現するのは貴重な技術の伝承や日本文化の発信という面で素晴らしいことだが、松原氏は事業構想の立場から、単に塔を建てるだけではなく、木材を森で育て、廃材は別に活用するような循環型ビジネスにできないかとも提案している。

2つ目の『木組』は、木造建築の強度を上げ、長期間存続させるために必要な宮大工の知恵のひとつ。木材の年輪などからその木が育った場所などを推測して木の“癖”を見抜き、さまざまな癖をもつ木材を組み合わせることで建物全体の強度を上げていく。この知恵を次世代に残すため、学術的な面から研究を行う場として、学会を立ち上げる考えだ。さらに、前述の循環型ビジネスにつながるよう、自然と共生する『共生建築』の研究・普及なども進めていきたいとする。

3つ目は宮大工の技術を次世代につなぐ学びの場としての学校で、技術の継承だけでなく、日本の伝統文化を世界に発信する役割も担う予定だ。『五重塔プロジェクト』においては、技能の伝承を兼ねて学び手に参画してもらうことも想定している。

日本の伝統発信と
循環型建築の確立を目指して

現在、コロナ禍の影響もあってプロジェクトの進行は遅れ気味だが、2025年に開催される大阪・関西万博で大阪・関西地域に注目が集まる機運もあり、この時期に五重塔が建立できればインパクトは大きいと松原氏は語る。また、これらのプロジェクトを進めるためには事業資金も必要となるため、観光・リゾート関連の事業を行う事業者を中心にプレゼンを行い、ビジネス面でのパートナー拡充を進めているほか、資金調達の手段としてクラウドファンディングの活用も視野に入れている。

構想の3つの柱のうち、まずは学術的な裏付けとなる学会の設立に向け、『宮大工技術 継承研究会』を年内に数回開催する予定だ。

「まずは小規模に研究会として立ち上げ、学会への布石とするつもりです。長年京都で社会的資源の創造的継承に取り組んでこられた方ともコラボレーションでき、アカデミアや行政の有識者とのネットワークもできつつあります。五重塔建立は2025年に間に合わないかもしれませんが、私の最大の目的である『自然循環をしながら伝統文化を残す』を実現させるため、どんなかたちであれ、諦めずに時間をかけて取り組んでいきたいと考えています」