プロセス開発にもかかるコストと時間 製造・品質管理の課題を討議
生きた細胞を治療に用いる再生医療では、治験薬の生産ひとつとっても容易ではない。2024年9月の会合のテーマは前回に続いて「再生医療の製造・品質管理」。スタートアップと医薬品開発製造受託機関、レギュラトリーサイエンスを担う国の研究機関からの発表の後、全体の議論で解決策を模索した。
視覚を再生する遺伝子治療
ベクターの安定生産コストが課題に
「スタートアップから見た課題(実装に向けて)」を主題に講演を行ったのは、レストアビジョン代表取締役CEO兼CSO堅田侑作氏。同社は慶応義塾大学医学部と名古屋工業大学との共同研究成果をもとに設立された大学発ベンチャーで、網膜色素変性症の患者をターゲットに、視覚を再生する遺伝子治療の開発を手がけている。
堅田氏は「さまざまな治療法が開発されている中で、我々の治療法は唯一、進行を止めるのではなく視覚再生を目指しています」と戦略の違いを強調した。同社の治療法では、アデノ随伴ウイルスベクター(AAV)を使って、特殊な光センサーたんぱく質の遺伝子を眼内投与し、双極細胞などの残った細胞を視細胞化することで視覚の再生を図る。
堅田氏は、この治療を実用化するために欠かせない遺伝子治療製剤の製造上の課題として、「AAVベクターの製造方法が確立しておらず、搭載遺伝子やロットを変えた際の品質の振れ幅が大きいこと」を挙げた。米国の有力な医薬品開発製造受託機関(CDMO)の中には、安定した品質のAAVを製造するノウハウを持つ企業もある。一方で、そのような企業への製造委託には多額の費用が必要になる。これはスタートアップにとっては大きな負担だ。
米国では遺伝子治療が輸出産業として成功しており、必要な材料は米国内で調達できるエコシステムがある。日本にはそれが存在しないため、製品を開発しビジネスモデルを確立するためには助成金やサポートが欠かせない、と堅田氏は強調した。
再生医療の製造工程開発にも
国からの支援、補助金の整備を
続いて、遺伝子治療用ベクターの大量製造技術を持つタカラバイオ取締役副社長の峰野純一氏が「再生医療(細胞・遺伝子)の製造・品質管理の課題―CDMOから見た課題―」をテーマに発表した。同社は近年、遺伝子治療や再生医療の実用化を目指す研究機関や企業から請け負う、受託製造サービスに注力している。2010年代以降、大規模な製造施設を整備し、「遺伝子治療に使われるベクターはほとんど作っています」と話す。
再生医療で用いられるのは生きた細胞や遺伝子治療用ベクターだ。その製造の際には、規制を遵守しつつ複雑な工程を手順通り実施し、治療効果のある製剤を出荷しなければならない。原材料はもちろん、工程で必要とされる様々な素材も無菌状態を保つために、施設や設備も専用のものを用意する。製造に携わる人材育成も必要だが、現状ではトレーニングの機会は極端に少ない。
さらに、CDMOから見た大きな課題として「再生医療、細胞治療や遺伝子治療では、製造・品質試験方法が十分に確立していない状態で製造を委託されるケースがほとんど。その場合、CDMOは製造技術開発から取り組むことになるが、そこにかかるコストや時間への理解は少ない」と述べた。タカラバイオとしては日本発の遺伝子治療、再生医療等製品を世界に発信していきたいと考えているものの、治験薬に結び付かない工程開発だけでも相応の時間、資金を要することから、それらを考慮した補助金制度を整備してほしいと要望を述べた。
治療効果とリンクした
細胞の特性を評価対象にする
最後に、国立医薬品食品衛生研究所薬品部長の佐藤陽治氏が「細胞加工製品の品質管理・製造における細胞の特性の理解の重要性」について発表した。再生医療等製品(細胞加工製品)には、均質でないという特性がある。承認を得て出荷された製品でも、その中の個々の細胞にはばらつきがある。
完全に同一とはいえなくても、承認されたものと同等の治療効果があることを各ロットにおいて担保しなければならない。そこで、細胞製剤の品質管理・製造の際に求められるのは、品質の同等性・同質性の評価法だ。その説明のために必要なものが「再生医療等製品の有効性・安全性とリンクしている重要品質特性(CQA、Critical Quality Attribute)です」と佐藤氏は説明する。問題は、「細胞は複雑であるため、認識可能な品質特性だけ管理したとしても、より重要だが隠されている品質特性があるかもしれません。全てのCQAの同定は非常に難しいのが現状です」。
そこで同研究所は、治療の有効性を裏付ける細胞機能とリンクした細胞特性を探し当てる手法を開発しているという。「医薬品では、新規の作用機序、優れた有効性が見つけられないと、薬価においても有用性加算が得られず価値につながりません。再生医療の産業化の面からも、CQAの同定は重要です」。
また、再生医療等製品の原料細胞または製品細胞を産学間で共有すれば、大学・研究機関などで機能細胞集団や作用機序に関する研究を進め、新たな科学的知見を生み出せる可能性があるとも指摘した。こうすると企業側も、細胞の品質の同等性・再現性確保のためにアカデミアの知見を利用できる。このような協力のしくみがあれば、細胞製剤の製法変更はより容易になり、価値向上を狙えるのではないかと佐藤氏は提案する。
全体討議では、細胞医療・遺伝子治療に必要な治験薬の製造工程開発に対する資金確保の重要性や日米格差などについて集中的な議論がなされた。再生医療イノベーションフォーラム代表理事会長の志鷹義嗣氏は「バイオものづくりの谷を越えるために、補助金の配分でも、まとまった額を集中的に投下するようなことも考えていく必要がある。また、20年以上前からバイオエンジニアリングの人材育成をしているアメリカと同じやり方ではなく、日本の強みであるロボティクスを活かした別次元の製造で一気に追い抜くなども考えていく必要がある」と指摘した。
日本再生医療学会理事長の岡野栄之氏も「学会としても、就職に有利になるような資格を設けることで人材を育て、海外から人材が来るような環境をつくりたい」と話した。並行して、我が国としても、アカデミアあるいは企業において、ロボティクスを用いた細胞培養過程の自動化研究も進められているという。